ネットを利用している人は、みんな意見が過激で極端になっていくのか? けっしてそんなことはない。10万人規模のアンケート調査で分かったのは、思想や政治スタンスが過激化しているのはネットを使わない中高年であり、ネットを頻繁に利用する若者はむしろ穏健化しているという意外な事実だった。『ネットは社会を分断しない』(角川新書)に調査結果をまとめた慶応義塾大学経済学部教授・田中辰雄氏に、私たちの思い込みを覆す“ネットと現代社会の知られざる関係”を聞いた。

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過激で極端な意見の若者は増えたのか?

──ネットが社会を分断しているかどうかについて、調査を始めた時点ではどんな問題意識や仮説があったのでしょうか。

田中 辰雄氏(以下、敬称略) 「ネットのせいで世論が分断化される。人々の視野がどんどん狭くなっている」という指摘があります。ネット上が不毛な論争ばかりになっているという状況を踏まえて、「ネットは社会を良くすると思っていたのに、そうはなっていない」という声も広がりつつありました。そんななか、富士通総研の浜屋敏さん(富士通総研経済研究所 研究主幹、『ネットは社会を分断しない』の共著者)から実際はどうなのか調査してみないかと話を持ち掛けられ、2017年にネット上で10万人規模のアンケート調査を行いました。

 調査を始める際、私自身は「ネットが社会を分断する」という見方には疑問がありました。なぜなら周りの若い人を見ているとそんなに意見が過激じゃないんですよ。私が知っている慶応の学生を見る限り、大変穏健で、極端な意見の人はなかなか見つからない。ネットのせいで意見が過激になって社会に分断が起きるのなら、若い層にその現象が出てきているはずなのに、出てきているようには思えない。そこで調査してみたところ、私の予想通りでした。「ネットは社会を分断しない」という結論が明快に出たんですね。

分極化しているのは中高年だった

──『ネットは社会を分断しない』に「選択的接触」という言葉が出てきます。「人は情報に接するとき、すでに持っている自分の考えに合う情報を選ぶ」という現象ですね。その結果、自分の考えが増幅されて、だんだん見解が過激になっていくとされています。確かに、ネットに浸かっている人は選択的接触によって自分とよく似た意見ばかり読み、その結果、どんどん意見が過激化して先鋭化していく、というイメージがあります。

田中 単純に相関をとると、ネットメディアの利用と分極化には確かに正の相関があります。ネットメディアを利用している人ほど政治的に過激で、極端な意見を表明する傾向があります。その原因として「ネットを利用する人は自分の意見を強化するものばかり読んで、だんだん意見が強くなるからだ」と言われます。

 でも、そうだとすると、ネットを利用している若い人の方が過激になっているはずです。ところが実際にはそうはなってない。調査では「フェイスブックやツイッターなどネットメディアの利用を始めた人ほど分極化が進行する」という結論は出ませんでした。

 調査で分かったのは、逆にネットを利用する若い人ほど穏健化しているということです。分極化しているのは中高年なんです。過激な書き込みをするのも調べてみたら中高年が多かった。若者よりも中高年のほうが政治的に過激な人が多く、分極化していることが分かりました。

──そうだとすると「ネットを利用する人ほど意見が過激になっていく」とは言えなくなりますね。

田中 そのとおりです。因果関係が逆なんです。つまり、ネットを利用するから過激になるのではなく、過激な人がネットを利用するのではないかと考えられます。社会には一定程度政治に強い主張を持っている人が存在します。彼らは世の中に自分の主張を伝えたいという意欲も強い。それゆえネットメディアを他の人よりも熱心に利用して情報発信を行います。それは中高年が多いので、結果として、ネットメディアの利用者には過激な意見の中高年が多くなり、分極化するのではないかということです。

──でも若者の中にも過激な意見の人はいるはずですよね。

田中 ネット上で意見を言いたい、主張したいという人は、年齢に関係なく存在します。しかし調査の範囲内で分かることは、ネットを利用する若い人たちは、片方の意見だけじゃなくて両方の意見を読んでいる可能性が高い。意外とバランスよく情報に接しているんです。

 一方、中高年の人たちはあまりネットを使いません。ネットを使わずに新聞や雑誌、テレビから情報を得ています。すると、情報への接し方がむしろ選択的になります。

──ネットより新聞や雑誌、テレビの方が選択的接触が強くなるというのは意外です。

田中 例えば「週刊金曜日」「週刊朝日」「朝日新聞」などを読むようなリベラルな人、左寄りの人たちは、わざわざ「Hanada」や「WiLL」などは買わないでしょう。一方、「産経新聞」「正論」「Hanada」などを読んでいる人が、「週刊金曜日」や「週刊朝日」を読むとは思えませんよね。ネット以外で情報を得ている人の方がどうしても視野が偏ることになります。

 それに対してネットは情報の収集にコストも時間もかかりません。クリックするだけで簡単にさまざまな立場の意見を読むことができます。ツイッターでも勝手にいろいろな意見が流れてきます。つまり、若い人たちのほうが、自分とは反対の意見にも接しているんです。

目につくのは一部の人の書き込みばかり

──ネットの世界は過激な意見ばかり目に付きますよね。ネットだけ見ていると、世の中がまるで完全に分断しているように思えます。

田中 ネットの特性として、極端な意見が目立ちやすいという仕組みがあります。それは、極端な意見を持つ限られた一部の人が何度もネットに書き込むからです。

 今回の調査では、憲法9条改正について賛成か反対かについてネットに書き込んだ回数を調べてみました。すると、書き込んだことがある人は全体の2.56%しかいませんでした。特筆すべきは、書き込みの多くが一部の「ヘビーライター」に書かれているということです。全体の中のたった0.23%のヘビーライターによる書き込みが、書き込み全体の約50%を占めていたんです。

──「ヘビーライター」とは、どれくらい書き込んでいる人ですか。

田中 過去1年に60回以上書き込んでいる人のことです。基本的にネットに何か書き込む人というのは、強い意見を持っている人が多い。そのため、実際には数としては少ないのに、ネットの世界は極端な意見ばかりのように見えるわけです。

──そういう一部の人の書き込みを見て、中間層は引いてしまうわけですね。

田中 引いていると思いますね。最初から結論が決まって相手を倒すことしか考えてないような人たちのところに入って普通の議論をするのは非常に難しい。中間層の人たちは黙っていて、過激な意見の人、強い意見の人、何か言いたくてしょうがいない人たちが、ひたすら発言する。今のネットはそういう構図になっています。

侮れない若者の情報収集力

──ネット上の論調と世の中はかなり乖離していると思った方がよさそうですね。

田中 非常に乖離していると思います。

──その乖離はどうすれば解消できるのでしょうか。

田中 1つの方法としては、中間層の人たちの言論空間を作ることでしょう。過激な議論に辟易としていて、もう少し落ち着いた議論を聞きたい、もしくは議論に参加したいと思っている人は多いはずです。そういう人たちが遠慮せずに意見交換できるようなメンバー制の言論空間、一種のサロンを作るという方法はあり得るかなと思います。

──ネット上には姿を見せない、穏健で冷静な人たちがいるということですね。

田中 若い人たちと議論をしてつくづく思うのは、彼らは右も左も両端のことをよく知っていますよ。彼らの情報収集力を馬鹿にしてはいけません。だから適切な議論の場所を設定してあげれば、冷静で建設的な意見がどんどん沸き上がってくるのではないでしょうか。

──今回の調査では、ネットの将来について希望の持てる結果が出たと言っていいのでしょうか。

田中 ネット上で自分の考えと似た情報ばかり見ているのは、確かに居心地がいいでしょう。けれども理性的な人は、「冷静に考えると自分の考えは間違っているかもしれない」「やっぱり反対の意見も聞かなければ」と考える。人間にはそういう賢さがあったということなのかなと思います。あまりにも極端な意見に対しては「いや、それはどうかな」という気持ちが働くんですね。人間には、バランスを取ろうとする気持ちがあるということなのでしょう。今回の調査でそれが分かったのは大きな発見であり収穫でしたね。

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