9人の証人で浮き彫りになった
「権力の乱用」
ドナルド・トランプ米大統領の「ウクライナゲート疑惑」を巡る弾劾調査公聴会(米下院情報委員会)は20日、1974年の上院ウォーターゲート公聴会を彷彿させる場面を再現した。
2016年の大統領選の際に100万ドルの選挙資金をトランプ氏に提供し、その見返りとして欧州連合(EU)大使に指名されたホテル経営王のゴードン・ソンドランド氏がトランプ大統領が「ウクライナゲート疑惑」に直接関与していると証言したからだ。
リチャード・ニクソン第37代大統領がウォーターゲート事件に直接関与していることを暴露したジョーン・ディーン大統領法律顧問(当時)を彷彿とさせた。
ソンドランド氏によれば、トランプ大統領はウクライナのウォディミル・ゼレンスキー大統領との電話で対ウクライナ軍事支援を再開するために「交換条件」(Quid pro quo)としてジョン・バイデン民主党大統領候補(前副大統領)の息子に関するスキャンダル捜査をすることを宣言するよう要求したという。
大統領は電話会談よりかなり前から個人弁護士のルディ・ジュリアーニ氏(元ニューヨーク市長)にゼレンスキー大統領周辺とすり合わせるよう指示。
大統領の意を受けたソンドランド氏はウクライナ側と接触したという。
さらに同氏は、このことは大統領は無論のこと、マイク・ペンス副大統領もマイク・ポンペオ国務長官も知っていたはずだと証言した。
この証言にトランプ大統領は記者団を集め、真っ向から否定、「私はソンドランドなどよく知らない」と吐き捨てるように言い切った。
その際、大統領が記者団に話すために書かれたメモはカメラマンに盗撮され、メディアに一斉に流れた(右上の写真)。
大きな字で「私は何も(ウクライナに)要求していない」「交換条件などはなかった」などと書かれている。
ペンス副大統領もポンペオ国務長官も直ちに全面否定のステートメントを出した。「オレたちは何も知らない」というわけだ。
「ウクライナゲート疑惑」はついにトランプ大統領の本丸にまで迫ってきた。
11月19日から始まった弾劾公聴会第2幕は国家安全保障会議(NSC)のアレクサンダー・ビンドマン陸軍中佐、マリー・ヨバノビッチ前駐ウクライナ大使ら軍人やキャリア外交官らの証言、そしてソンランド証言でいよいよ疑惑の核心へと迫ってきた。
召喚された証人が出てきて証言するたびにトランプ大統領の関与の深さが明らかになっている。
下院情報委員会は、トランプ大統領の裏工作を取り仕切ってきたジュリアーニ氏とジョン・ボルトン前大統領国家安全保障担当補佐官を召喚し、疑惑の全容を明らかにする構えだ。
劣勢に立たされた共和党は「ウクライナゲート疑惑」発覚の発端となったホィッスルブロワー(内供告発者)や汚職が取り沙汰されたウクライナ企業の役員だったバイデン氏の息子ハンター氏の召喚を要求。民主党は「内部告白者保護法」をタテに退けている。
ジュリアーニ、ボルトン両証言が焦点
上院は共和党多数という状況下でたとえ下院が弾劾決議案を可決しても上院で弾劾承認に必要な議席の3分の2を確保するのは困難だ。
それでも民主党は年内にも下院での弾劾訴追に向けて勢いづいている。
実際の弾劾は無理でも弾劾審議を継続させることでトランプ大統領と共和党を徹底的に叩き、2020年の大統領選、上下両院選で勝利を狙う戦術だ。
トランプ大統領が弾劾公聴会で相当グロッキーになっているようだ。その様子は、11月19日の閣議の冒頭、記者団と即席で行った質疑応答に如実に表れている。
トランプ大統領の発言はテーマも次から次へと変わって支離滅裂。精神状態が安定していないことがうかがい知れる。
ご関心のある方は以下の質疑応答記録をお読みいただきたい。
(https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-cabinet-meeting-16)
例によって好調な経済情勢に触れた後、米中通商協議の第1段階合意が来年以降になるとの報道が出ている中で「2016年以降、米国は中国との取引で11兆ドルも儲けた」「日米通商協定で年間400億ドルのカネが農民や製造業者に入る」と自画自賛。
米中合意が遅れている点を記者団に突かれると、「私は中国とは良好な関係にある。どうなるか見ていたまえ。もし中国との交渉がうまくいかなければ、関税をさらに上げるだけだよ」
次は突然、弾劾公聴会の話になる。
「USMCA(米加メキシコ自由貿易協定)を合意したのにナンシー・ペロシは協定承認を遅らせ、弾劾調査しか頭にない。無能としか言いようがない」
「胡散臭いシフ(下院情報委員会委員長)はカンガルー裁判(イカサマの人民裁判)をやっている。我々の弁護士も証人もいない。我々には(反論する手立ても)何もない」
そうかと思うと、今度はメディア批判へ。
「昨日、健康診断にウォーターリード陸軍病院へ行ったのを知ったCNNは私が心臓発作で担ぎ込まれた」と報道する始末。私の妻は『ダーリン、あなた、大丈夫なの』と心配していたよ」
弾劾に重大関心を示す韓国
任期切れまで後1年、レイムダック化(通常任期半分を超えた頃から政治遂行能力が弱まるが、トランプ氏の場合就任当初から波乱の連続だが)が進むトランプ大統領。
強気の言動とは裏腹にその政治力は日増しに弱まっているように見える。
世界の目がトランプ大統領の一挙手一投足に注がれている。主要シンクタンクの上級研究員は、中でも下院の弾劾の動きを一番注視している外国は4つあると指摘する。
イランとか、欧州諸国も強い関心をもっているが、この4か国とは比較にならないとしている。同研究員は言う。
「すべてをカネに換算するトランプ氏にとって今頭にあるのは韓国、そして日本だ。誰が何と言おうともトランプ氏は、『これまで安保ただ乗りで豊かになったのは韓国と日本だ』という考えを変えようとしない」
そこで槍玉に挙げているのが韓国の防衛分担金。
「米韓防衛費分担金協定(SMA)交渉では米側は年間50億ドルの分担金を要求した。ジェームズ・ディハート防衛分担金交渉代表はこの額を『公正かつ公平な負担』だと言ってのけた」
「米側は今年初めから陰に陽にこの数字をちらつかせてきた。これはトランプ大統領から国務、国防両省官僚たちへの命令だった」
「しかし、ワシントンの軍事外交専門家の間でも法外な要求だという声が支配的だ。さすがに韓国はこれには応じられず、交渉は無期延期になっている」
「特に、最終的には在韓米軍撤退を望んでいる左派民族主義者の文在寅大統領も、当初はこの要求をブラフと見ていた」
「それに、弾劾の動きを注視しながらトランプ氏の足元を見ていたのだろう。いずれ50億ドル提案は取り下げるだろうと高を括っていた」
「ところが米側交渉は超強硬姿勢を崩そうとしない。今後交渉がどう再開し、米側がどう出るか分からないが、今のところ文在寅大統領にとっては誤算だろう」
最後の最後で対韓圧力
米政府官僚・軍制服組
その文在寅大統領が別件では動いた。別件とは日韓軍事情報保護協定(GSOMIA)だ。
元々日韓の問題だが、米政府が同協定の延長期限が迫ってきた段階からしゃしゃり出てきた。
文在寅大統領が一方的にGSOMIA破棄を言い出したのは今年春。韓国政府が正式に日本に破棄決定を通告したのは8月だ。
米政府がGSOMIA問題を重視したのは、「同協定がただ日韓間の情報共有という次元だけではなく、中国に対抗する日米韓安保体制の『シンボル』とみなしてきたからだ」(米外交筋)。
ところが文在寅大統領がやったことは、米国から見れば、こうだ。
ハリス駐韓米大使は韓国の聯合ニュースとのインタビューでこう述べている。
「韓国は、歴史認識問題を米国の安全保障と条約上の義務である朝鮮半島防衛に関する我々の能力に影響を及ぼす安保領域に拡大した」
「(日韓対立の)核心の争点は、結局、日韓の歴史認識問題だ。これが経済的な問題に拡大した。(日韓の間に)大きな違いがあるとすれば、韓国がこの問題をさらに安保領域に拡大したことだ」
(https://en.yna.co.kr/view/AEN20191119008800325)
ワシントン駐在の韓国メディア筋によると、文在寅大統領は当初、日韓対立問題ではトランプ大統領が何らかの形で仲介役を買って出ると見ていたという。
ところがいくら待ってもトランプ氏は動こうとしなかった。GSOMIAが米国の東アジア戦略にとっていかに重要か、などといったことには全く関心がなかったからだ。
それに降って湧いたような「ウクライナゲート疑惑」と下院の弾劾調査とで、トランプ氏にとっては「日韓問題」に気を配る余裕などなくなっていた。
ヤキモキしたのは国務、国防両省の官僚たちと制服組幹部たちだった。
11月以降、国務、国防各省の高官たちが訪韓し、韓国側に圧力をかけたのにはこうした背景がある。
GSOMIA問題では文在寅大統領が最後の最後まで強硬姿勢を見せた理由について、前述の韓国メディア筋はこう言い切る。
「トランプ氏が弾劾の動きへの対応に忙殺され外交どころではないと、同氏の足元を見たことが一つ」
「その一方でカネ、カネ、カネのトランプ氏が、韓国にとってはもう一つの懸案である防衛費分担金にGSOMIA問題を絡ませてくるのでないか、という危機感があったのだろう」
その文在寅大統領はGSOMIA破棄の期限だった23日直前になって対日通告の効力を停止した。
「韓国政府は最終段階ではGSIOMIA破棄決定を一定期間、凍結(Freeze)し、日本が輸出規制で譲歩すれば延長する案を米側に伝えていた」
「ところが日本が輸出規制で譲歩するとの『確約』を得たために破棄決定を取り下げたのだ」
むろん、これでGSOMIA問題が解決したわけではない。
長年にわたり米政府当局者として日韓問題を立案・実施してきた元高官の一人は筆者にこんな感想を漏らしている。
「文在寅大統領がトランプ氏の足元を見て強硬姿勢を貫いてきたとは思わない。だがトランプ氏が言い出したと思われる(韓国に対する)50億ドル要求は酷すぎる」
「これを呑めというのは文在寅大統領にとっては政治的に死ねというようなものだ。自殺行為だ。最近の世論調査でも国民の96%が米国の法外な要求に屈するなと言っている」
「国内政治的に見ても文在寅大統領としては絶対に受け入れられない。だからここは踏ん張って、トランプ政権内の官僚たちがトランプ氏の安保認識を変えてくれるのを待つ構えなのだろう」
「だが今続いている下院の弾劾公聴会でも明らかになってきたトランプという人間の行動心理は複雑怪奇だ」
「違法だろうと非論理的だろうと、目的のためには手段を選ばない。正規の外交チャンネルを使わずに独自のルートで外国首脳を恐喝するのだから」
そう考えると、トランプ大統領は、相手に足元を見られば、それを逆手にとって強硬策に出る可能性は十分ある。
そのトランプ氏がこれからGSOMIA問題にしろ、防衛費分担金問題にしろ、対韓でどう出るか。こればかりは誰も分からない。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] 急転直下、韓国GSOMIA延長の舞台裏
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