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◆婚姻の自由だの男女平等だのは、皇室の歴史の前では風の前の塵に同じだ

 安倍内閣が旧皇族の皇籍復帰と同時に女性宮家について検討するとの報道が流れた。いまだに国民の大半は女帝と女系の区別もついていない。皇室史の基本的な議論の方法を知らないから仕方がない。

 そもそも他人の家の相続の方法に口を出すなど、失礼である。ましてや臣下が皇位継承に容喙(ようかい)するなど、不敬の極みである。だが、皇室の存続は国家の最重大事である。特に、政府が皇室を蔑ろにしている場合には、声を上げねばならない。多くの新儀を繰り返してきた安倍内閣に対しては、なおさら。

 では、皇室を語る際に最も重要な原則は何か。先例である。「先例など、どうでもよい」と言った瞬間、その者に皇室を語る資格は無い。そんなに先例が不要なら、「民間人天皇」でも「外国人天皇」でも構わないのか? 皇室の歴史において、新儀は不吉である。少なくとも、無理矢理やるものではない。

 だいたい、先例を抜きにして何を基準に語るのか? 「ボクが思いついた理想の皇室」か? 「アタシが考えた合理性」か? そういう論者に限って、婚姻の自由だの男女平等を持ち出すので、はっきり言っておく。婚姻の自由だの男女平等だのは、皇室の歴史の前では風の前の塵に同じだ。

 現代で多数派の価値観を持ち出せば、誰もが黙るとでも思っているのか? ずいぶんと傲慢な議論の態度だ。結局、皇室を自分の考えた形に作り変えたいだけではないのか?

 合理性を求めるべきなのは言うまでもないが、それは歴史の中に発見するものであって、誰かが発明するものではない。

 皇室は何度も存続の危機に陥ってきたが、常に先例の中に知恵を求めてきた。そして一度の例外もなく続いてきた先例は、皇位の男系継承である。最も重要な先例よりも重要な価値観とは何なのか? 誰かの安易な思い付きに頼るほど、我が皇室は弱くない。これが議論の前提だ。

 さて、政府が進めようとの女性宮家である。これは、江戸時代に先例がある。淑子(よしこ)内親王が当主となられた、桂宮家(かつらのみやけ)だ。一部の絶対反対派は、「当時の桂宮家を内親王殿下が継いだだけであって、女性宮家創設の先例ではない」と主張する。

 厳密に事実を特定すればそうだが、人間界の出来事なのだから、「まったく同じことが起きなければ先例にはできない」では困る。だから、解釈の幅は許されるので、桂宮家を女性宮家の先例としても構わないし、絶対にやってはいけないものではない。

◆先例にも、嘉例と悪例がある

 だが、先例だから何でも良い訳ではない。先例にも、嘉例(吉例)と悪例がある。たとえば「平清盛は先例にあらず」のように。淑子内親王は婚約者だった閑院宮愛仁(かんいんのみやなるひと)親王に先立たれ、生涯独身だったので、桂宮家は断絶した。嘉例とは言えまい。

 また、何が何でも女性宮家を創設しなければならない理由は、無い。

「皇族の減少に際し、ご公務軽減の為」が大義名分だが、別に内親王殿下が皇籍を離脱しても、ご公務は続けられる。その代表が、「さーや」の愛称で親しまれた黒田清子(さやこ)様(紀宮=のりのみや)だ。

 今は伊勢の祭主をお勤めになっておられる。将来は、愛子殿下にお勤めいただきたいと望まれている極めて重大な役割だ。現行の制度で何の問題もない。

 また、女性宮家創設は、皇位継承とは何の関係もない。理由を説明しよう。

 問題となるのは、女性宮の配偶者だ。配偶者の男性が民間人の場合、准皇族の身分となる。民間人から、准皇族となった先例は、少なからずある。敬称は殿下。これも先例が数多(あまた)ある。中には、農民の子供から殿下に成り上がった、豊臣秀吉(太閤殿下)の例もある。

 ただし、その子は皇族にはなれない。当然、天皇になる資格は無い。だから、女性宮家を創設しても、皇位継承とは何の関係もない。

 なお、女性宮の子供が皇族になる方法はある。皇族と結婚した場合だ。だが、男性皇族が激減している今、どこにいるのか。旧皇族の方々に親王宣下した場合のみだろう。あえて女性宮家を創設したいとの論に立てば、旧皇族の方々と内親王殿下の方々の婚姻を推進するしかない。ここで、人権だの、婚姻の自由だのを言い出せば、偽善だ。

 そもそも、今でも古い家の子女は一族が決めた結婚を強制されている。政治家や高級官僚の子供が閨閥でつながっているなど、少し調べればわかる。日ごろは義務だけあって何の権利もない皇族の方々に、結婚だけ自由や権利を言い出すなど、偽善の極みにすぎない。

 ただ、女性宮家を創設して旧皇族の方々と結婚していただいても、無意味に厄介な問題が生じる。仮に女性宮家に子供が生まれたとしよう。継承順位は、どうするのか。年齢順ならば、新儀の発生である。どういう理由で、わざわざ新儀をやるのか。男子優先なら、わざわざ女性を当主にする必要はない。

 だったら、旧宮家を復活して内親王殿下に輿入れしていただく方が話は単純だ。皇族と結婚された場合は、現行制度でも女性皇族は皇籍離脱をする必要はない。皇族どうしの結婚は、無数の先例がある。また単純な算数だが、女性宮の配偶者が民間人の場合よりも、皇族の数は多くなる。

◆皇室は男女平等の原則を排し、男女分業を守ってきた。皇室の男女不平等は、男性差別なのだ

 現在、悠仁親王殿下がおわす以上、女系天皇が通る環境にはない。女系論者でも賢い者は主張を取り下げ、女性宮家、女性天皇(女帝)を目指している。一方で「男女平等」の価値観を持ち込み、皇室を作り変えようとしている。その為には先例が邪魔だ。では、その先例とは何か?

 皇室は男女平等の原則を排し、男女分業を守ってきた。なぜ平等を排したのか。民間人の男を皇室に入れない為だ。民間人の女性で「陛下」となった方は数多いが、男では一人もいない。排除してきたからだ。皇室の男女不平等は、男性差別なのだ。

 一知半解に皇室での男女平等を唱える者は、中途半端な学をひけらかす。その最たる例は、「秋篠宮は皇太子ではないので、祭祀の継承ができない。だから今上陛下の直系の愛子様を天皇に……」などと言い出す。ならば、大嘗祭や伊勢の式年遷宮は一度も途切れなかったのか。祭祀は重要だが、絶対ではない。最も大事なのは、皇室の存続だ。

 皇位の継承は常に不安定だ。いつの時代も、皇室を守ろうとする国民の努力が続いてきたから、歴史は続いてきたのだ。だから、先例に学ぶ姿勢が何よりも重要なのだ。

【倉山 満】
憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。現在、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を行っている。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数。最新著書に『13歳からの「くにまもり」

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即位の礼と大嘗祭の期日を報告する「奉幣(ほうべい)の儀」に臨む黒田清子さん。「女性宮家の容認」をせずともご公務は続けられる。ならば、その意味はどこにあるのか(写真/時事通信社)