演劇界で相当に引っ張りだこの演出家の一人、森新太郎(演劇集団円、モナカ興行)が今、長野県松本市に滞在している。自身初めての子ども向けの舞台作品、『モンスターと時計』の演出をしているのだ。出演は、串田和美まつもと市民芸術館芸術監督を含めたTCアルプのめんめん。しかもパペット(人形)を駆使した作品。直球でビシビシものを言うからか「怖い演出家」のイメージがある森新太郎、主演の下地尚子と武居卓という顔合わせの鼎談を企画した。まずはTCアルプの二人の話からスタート。きっと森が現れたら話せなくなるだろうから――

――どうですか、森さんとの稽古場は。

下地 串田さんとの現場の雰囲気とはまったく違いますね。とにかくチャキチャキしていらっしゃる。

武居 稽古前に事前ワークショップをやってくださったんです。詩を読むという時間があって、自分がこんなにもできないんだということをまざまざと突きつけられたのが衝撃で。「全然ダメ」「ここはこうやって」みたいな指摘をどんどん受けるんですけど、わずかな間に明らかに言葉が違って聞こえるようになったのがさらに衝撃でした。

下地尚子

下地尚子

下地 「3匹のやぎのがらがらどん」をチーム分けして2日間で仕上がるという課題もやったんですけど、森さんは言葉をものすごく大事にされていて、その文章、そのセリフとしっかり向き合いなさいというアドバイスをいただきました。私はどうしても自分の中に湧いた気持ちに合わせた表現になりがちなんですけど、文章とセリフから見えてくる世界観をどストレートに伝えるということがとても新鮮です。

武居卓

武居卓

武居 そういう前提があっての稽古ですから、今もビクビクしながらやっています(苦笑)。今回は森さんの色に染まろうと覚悟をしていたんですけど、いざ始まると森さんも普段やらないやり方、意識的に一緒につくるという挑戦をされている感じですね。

下地 目の前で起こることを大事にし、そこから面白いものをチョイスして組み立ててくださっています。

――『モンスターと時計』はどんな作品ですか?

下地 私が演じるトビーはモンスターと呼ばれて、みんなから怖がられたり、奇妙だと言われているんです。そのトビーは心優しい親方のもと、時計の修理屋で修行をしているんですけど、何者かにさらわれてしまった親方を探しにいくという話です。親方から言われた時計職人としてもっとも大事な最後の修行と、時間の謎を解くという二つのミッションを抱えて。

武居 その二つの答えを冒険しながら考え、見つけていくわけですね。

――下地さんは、こんな素直な役は珍しいですよね?

下地 そうなんですよ! ほんとに。子供向けにやってても、人を罵倒したり、かと思えばお色気担当だったり。一番意外な役が回ってきて戸惑いました。

――武居さんの役は?

武居 僕は時の翁という役です。時間というものを擬人化したような、いえ人ではなくて精霊とか神様みたいな感じですね。少年を成長させる役どころ。

【森新太郎、登場!】

武居・下地 お疲れ様です!

――森さんは松本は初めてですか?

 この作品のためのワークショップに来たのが初めてでした。ワークショップはキャスティングをしなければいけないというのもありましたが、作品自体もこれが本当にやれるかどうか、メンバーを見てから考えようと思ったんです。

森新太郎

森新太郎

――『モンスターと時計』は森さんがアイルランドに留学したときにご覧になったものだとか?

 そうです。5、6年前かな。小さい教会でCollapsing Horseという劇団が子供向けにやっていたんですけど、ほかに何にも芝居がやっていないから期待せずに見たんです。装置も材木むき出しで、お金かけてませんという感じでした。でも、汗だくになりながら熱演している人形遣いの姿にガツンと目を覚まされて。子供を夢中にさせるには大人の方こそ夢中にならないといけないんだなと。子供って本当にパワーのないものからは目を逸らすと思うんですよ。光り輝くものしか見ない。このくらい本気でやらないと、という気づきがあった。翻訳・訳詞のフジノサツコさんも一緒に観ていて、いつか日本でも上演すべきだとことあるごとに言ってくれたんですけど、どこでつくったらいいのか思いつかなくて。そんなときに、たまたまTCアルプに呼んでいただけることになって、もしかしたらここでやるべきかなと閃いたんですよ。串田さんのスタイルと合っているように思えたんです。それでワークショップをやってみたら予想した通りで、これをやるには一番ふさわしい劇団だと思いました。僕がアイルランドで見てすごいと思ったものとは違う魅力あるものを彼らはつくり出してくれるだろうって確信が持てました。

――責任重大だ!

下地・武居 。。。。

――いかがですか、TCアルプのめんめんは。

 一言で言うとフレッシュなチームだと思いましたね。それも当然で、リーダーの串田さんが稽古場で相当にフレッシュな方だから。あまり違和感がないんですよ、若い彼らと一緒にいても。珍しいチームですよね。

武居 串田さん、今回は本当に役者モードになっていて、楽しそうですよ。

 いつもと違うんだ?

武居 まったく違います。

『モンスターと時計』稽古場より

『モンスターと時計』稽古場より

――ワークショップはいかがでしたか?

 まず子供向けの芝居をやってみたいなと思っていたので、ワークショップで「3匹のやぎのがらがらどん」をテキストに、チームを分けて2日で仕上げてくださいと。身体一つでどういうことをやるのか見ていたら、こういう創作に慣れているのでいろいろなアイデアが次々出てくるし、こっちから新たにつつくと「そういう解釈ですね」とまたすぐに相談してつくり直してくれる。相当鍛えられているなと思いました。その場で臨機応変に対応できる瞬発力がないとたぶん串田さんのもとではやっていかれないんだろうなと。本人たちは気づいてないかもしれないけれど、これは並大抵の能力じゃない。(取材時は)稽古は始まったばかりなんですけど、やること満載なのですごいスピードで進んでいるんですよ。僕は僕で初めからこのチームの発想力を遠慮なく借りようと思っていたので、例えばさっきやっていた大きな布を使った影絵のシーンでも、「影を使いたいんだけど、どんなことができるだろう?」と投げさえすればあれやこれや試してくれる。それを見て僕の方もアイデアが湧くんです。このチームとやるからにはそういう手法がベストだと実感しています。

――逆にもう少しこうした方がいいのではというところはありますか?

 今回あえてうるさく言っているのは、ともすれば演技が一色になりがちだから、一行一行のセリフの意味をもう少し注意深く掘り下げてということ。それを経ずに、役の複雑な感情は発見できないと思うので。下地が演じるトビーなんか、少年ならではの心情の機微が大事なんだけど、そこを大雑把なパターン演技でやってしまうんですよね。

下地 ……はい。

 そんな、「はい」でいいの?

森新太郎(右)と下地尚子

森新太郎(右)と下地尚子

一同 笑い

下地 ほんと、その通りですから。

 孤独な少年ってこんな感じ、というパターン演技からはリアルな表情や発声は生まれてこない。お客さんは心から信じられるトビーの一挙手一投足にこそ痺れるだろうし、応援もしたくなるんだよね。

下地 頑張ります!

 目下、みんなが苦労しているのは、人形にしゃべらせるということなんです。どういう関係性で、どういう身振りをしているかなど考えることは、若い役者にとっていい勉強になる。例えば首をなぜ傾けるのか。普段自分が何気なくやっていることを人形を通してやることで、客観的に人間の身体を捉え直すことができる。時間のかかる地道な作業です。僕はてっきりすでに人形劇もやっているチームだと思ったら、やってなかったんだよね。

武居 人形が登場してわーっとやることで、場面が飛ぶみたいな手法としては使ったりするんです。でもまさに今おっしゃったことですね、やってはいけないこと。

一同 笑い

 いやいや(笑)。目指したいのは人形にちゃんと魂を込めること。お客さんには人形を通して演じている人の心を感じてほしい。役者は片時も人形から目を離さずに、繊細の限りを尽くして操らなくてはなりません。一瞬たりとも適当にやってはいけないんですよ。かなりの重労働だと思います。

――人形を遣うことで気づきはありますか?

武居卓

武居卓

武居 いや、すごいありますよ。ただやればやるほど、すごく人形が魅力的だから、こいつがやった方が僕がやるよりずっと面白いなあと思ったりして。

 リスペクトしてるわけ、お前やるなあって(笑)。

武居 そうですね、今は負けているなあって。こうやれたらいいなあというところは、うまく人形の力を借りられたらいいなって思うんですけど。

――コアラライオンなどさまざまな動物の人形が登場しますが、人形も美術の大島広子さんがデザインされたんですか?

 そうです。彼女も、島の先住民だったらアフリカのお面っぽい顔にしようとか、哺乳類ばかりではなくて爬虫類や虫っぽい生き物を登場させようとかいろいろ凝ってくれていますよ。かなりにぎやかなビジュアルになっていて、それだけでもワクワクします。人形づくりには役者も参加させていて。自分の肉体を生まれ変わらせるくらいの愛情を持ってつくってほしいと。そして、なんと串田さんまで1日工房にこもってずっと作っていらっしゃるんですよ。誰よりも没頭して。串田さんの思いつく人形のアイデアがまた面白い。うらやましいくらい「童心」を感じます。僕は今回、子供の劇を初めてやるんです。けっして自信があるわけではなくて、毎日、子供の世界がわかってねえなあという情けない気持ちになる。子供のころはあんなに自由に遊べたのに、想像力でいくらでも補えたのに、今はどうしても大人の発想になってしまう。串田さんの無邪気なエネルギーを見ていると流石だなって思いますね。石ころ一個にも魂込められるんだろうな、でもそれが子供の世界だと思うんです。

『モンスターと時計』稽古場より

『モンスターと時計』稽古場より

『モンスターと時計』稽古場より

『モンスターと時計』稽古場より

――物語自体は、子供だけじゃなく大人も考えさせられるような話ですよね。

 そうなんです。ストーリーは単純なので間口は広いけど、考え始めると奥が深い。要は「自分の時間」をどう使うのか、ただただ長く生きることと人生の味わいを知ることは違うんじゃないかということを言っているんです。稽古してみて驚いたんですけど、この主人公は本当にいろんなところに行くんだなって。すごいんですよ、最初深い森に入っていって、海に飲まれて、異文化の島に流れ着いて、雲の上にもいって、最後は機械の都市へ。冒険物としてかなり欲張り(笑)。時計いじりしか知らない引きこもりの少年が、無理やり未知の世界へ投げ出されるわけですが、不安と恐怖が丁寧に描かれていて、それがいいなって。巻き込まれ、揉まれているうちに、おのずとたくましくなっていくトビーの姿に、大人も勇気づけられるんじゃないかな。

――下地さんの演じる少年の姿が最初と最後では全然変わって見えているということですね。

 そうですね。

下地 そうですねえ。

 あと僕が好きなのは、頼まれてもいないのに、トビーの腕をぐいぐい引っ張ってくれる大人たち。時の翁とか、船長とか、トカゲのココとか、みんな優しいよね。困っている人を放って置けないというお節介なキャラクター設定に、アイリッシュの香りをプンプン感じます。いい意味で田舎ならではの人間模様だと思うし、そこがいいなぁ、あたたかいなぁって。

下地尚子

下地尚子

下地 私は川崎出身なんですけど、松本に来た時にそういう状況だったんですよ。思い出すことがいろいろある芝居ですね。

 なるほど。確かに松本でやっていたら、いたって自然な光景かもしれないね、東京でやるほどほろっとしないかもしれないなあ。

下地 声かけるよそりゃ、みたいな。

 こんなの当たり前ってなっちゃうかな(笑)。

――では最後に、この作品への思いをお願いします。

武居 やりやすいようにやる、言いやすいようにやる、そこに関しては串田さんは自由だけど、今回はそうではないやり方で勝負したいと思っています。子供もパワーを受け取るし、子供を連れてきてくださった親御さんが何か食らう芝居になるんじゃないかなと、今、未来、完成形を見ています。そのためにはもっともっと頑張ります、汗ダラダラになって。

下地 TCアルプで子供芝居をやったときに、子供に対してど直球でやるんじゃなくて、すごく斜に構えた戦法でやったんですよね。でもこの作品は、大人がこの言葉や物語が自分の子供のころを振り返ってしまうような、すごくピュアな題材を扱っていると思うんで、ストレートな気持ちでやっていきたいと思います。

 演劇集団円で「円こどもステージ」を立ち上げた(故・女優の)岸田今日子さんがよく「子供を楽しませるには大人を楽しませるものをつくらなきゃいけない」とおっしゃっていたんです。まさにそうで、宮崎駿さんのアニメにしても大人が十分に感動できる。惹きつけられる秘密は、ファンタジーの大胆さもありながら、やっぱり繊細なところのつくりだと思うんですよ。ものすごい観察眼で細かい部分がつくり込まれている。こういう涙の出方するよね、こういう指の使い方するよねとか。今回は人形を使っているし、合唱もあるし、一見、派手な舞台に思えるかもしれないけれど、実際にはとても繊細なところで大人も子供も胸を打たれるような、そんな作品をつくれたらと思います。

取材・文:いまいこういち

『モンスターと時計』稽古場より