「首長」は、英語でいうと「チーフティン」。デンマークの巨匠、フィン・ユールによる名作椅子のひとつである「チーフティン・チェア」の名前の由来になっているそうです。

そんな堂々たる名をもつデザイナーズチェアについて、インテリアコーディネーターの深澤将さんに紹介してもらいます。

「首長の椅子」という名前をもつ「チーフティンチェア」

人間が社会を構成する過程

チーフティンチェア

「人間は社会的動物である」という言葉を、どこかで聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。「人はひとりきりで生きていくことはできない。周囲の人間との関係の中でしか生きていけない動物なのである」という意味です。

これは古代ギリシャの哲学者、アリストテレスの言葉とされています。アリストテレスは2400年近く昔に活躍した哲学者ですが、テクノロジーが発達した現代でもなお通じる考え方といえます。

そんな人間ですが、社会を形成するにはいくつかの過程をたどるという学説があります。

アメリカの人類学者、エルマン・サーヴィスはその段階を4つに分けました。
・血縁(親族だけの集団)
・部族(いくつかの親族が集まり、政治的権力の行使がみられる)
・首長制(大規模な集団。中央集権・官僚組織の萌芽がみられる)
・国家(堅固な政治権力によって統制された集団)

家族だけで始まった人間の社会は、徐々に近隣の家族にもに広がり、やがて政治的権力が生まれて大集団へ。そして規模が拡大したのが、私たちが現在暮らす「国家」という社会組織であるという、社会進化論の考え方です。

神聖視されている「椅子」という場所

チーフティンチェア

「首相の座につく」「社長の椅子に座る」という表現があります。日常で何気なく使う言葉ですが、私たちはどうやら「椅子に座る」ということに対して、何かしら畏怖の念を覚える傾向があるのかもしれません。

日本だけではないのです。『英国王のスピーチ』という映画をご覧になったことはあるでしょうか。

きつい吃りに悩む王のスピーチセラピストとなった、ジェフリーラッシュ演じるライオネル・ローグ。しかし、どうにも王のやる気が感じられない。
すると彼は急に、ある椅子に腰掛けます。それは「王の椅子」と呼ばれる、王以外は絶対に座ることが許されない神聖な椅子。

コリン・ファース演じるジョージ6世は「その椅子に座るな!」と、我を忘れて大激怒。これをきっかけに、吃りの治療にスイッチが入るというコミカルなエピソードが描かれます。

「椅子」というのは、やはり国が違えど神聖視されやすい場所のようです。

さて、先にご紹介した「人間社会の進化過程」のうち、3番目の首長制。この社会のトップの座にいるのは、その名の通り「首長」です。

「首長の椅子」という名前をもつチーフティン・チェアは、フィン・ユールが発表する三次曲面を多用した家具。シンプルで機能的なデザインが多かった北欧家具業界に衝撃をもって迎え入れられます。

のちに「家具の彫刻」と呼ばれ、遠目からでも一眼で分かる優美なデザインは現在でも唯一無二の存在です。

広すぎて落ち着かないかも?

チーフティンチェア

さて、このチーフティン・チェアの座り心地は? 一言で表現すれば、「すべてがオーバースペック」。

奥行きの深い座面、幅の広すぎる背もたれ。片腕を肘掛けに乗せたら、もう一方の腕は意識して伸ばさなければ反対側の肘掛に乗せられません。
どうあがいても、体と椅子の間に不可抗力的に空く隙間。なんとなくそわそわした気持ちになってきます。

しかし、ここで動揺するようでは首長の座はつとまりません。椅子の上で落ち着かなくモゾモゾ動くリーダーに、誰がついて行きたいと思うでしょう。

人間の体格に合わせたサイズ感を大きく超えた、チーフティンチェア。権力者の象徴に相応しく、ただ者ではない威圧感がたっぷり。
大勢の民を率いるには、威圧的でオーバースペックなこの椅子を、気後れすることなく座りこなせるくらいの肝っ玉は不可欠なのかもしれませんね。

CGイラスト・文 深澤将(インテリアコーディネーター)

【参考】
※『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰翻訳)

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