覚せい剤、大麻、MDMA……有名人の薬物事案での逮捕が相次いでいる。年末に向け、まだ有名人の摘発があるだろうという報道をいくつか目にしたが、実際はどうなのか。「薬物」と「著名人」の組み合わせはインパクトがあり、メディアも好んで取り上げる。

 しかし、ネットで拡散されるそれらの記事に対しては単なる批判目的のコメントも多く、薬物の危険性自体よりスキャンダラスな面が強調されすぎているようにも見える。実際、薬物事案の裁判を556日に渡り傍聴し、その法廷劇の全文を書き起こした斉藤総一さんの手記を読むと、判決は似たり寄ったりでも、薬物事件にはさまざまな顔があることがわかる。

 今回の被告は覚せい剤の使用と大麻の所持容疑で逮捕された人物。被告の尿からは覚せい剤の成分が出て、部屋からは100g近くの大麻が見つかった。さらに被告は過去にも覚せい剤取締法違反により逮捕歴があり、逮捕時も保護観察中だったという。つまり、心証は「真っ黒」だ。

 当然のようにすんなり判決が下されるものかと思いきや、この裁判の担当弁護士はそうはさせなかった。法廷に登場したのは、扇子片手にシルクハットを被った舌鋒鋭い弁護士。まるで芝居か?と見紛うキャラの立ったいでたちだが、彼の弁護もまさかの方向に進んでいった……。

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※プライバシー保護の観点から氏名や住所などはすべて変更しております。

◆部屋から大麻が見つかったが、そのことを知らなかったと供述

 最初に起訴状の朗読から見ていきましょう。

検察官「まず9月2日付について朗読いたします。公訴事実、被告人は法廷の除外事由がないのに、平成28年7月中旬ころから同月25日までの間に、東京都内、千葉県内、埼玉県内、群馬県内または、その周辺において覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンまたはその塩類若干量を自己の身体に摂取し、もって覚せい剤を使用したものである。罪名および罰条、覚せい剤取締法、同法41条の3第1項1号19条。

 続いて9月30日付けについて朗読いたします。公訴事実、被告人はみだりに平成28年7月25日東京都荒川区南尾久10丁目48番25号、マッソーYAGU1107号室において大麻である乾燥植物片97.10gを所持したものである。罪名および罰条、大麻取締法、同法24条の2第1項。以上の事実につき、ご審議願います」

 続いて、裁判官がお決まりの言葉を述べます。

裁判官「あなたには黙秘権があって、言いたくないことは何も言わなくていいということ。それによって黙秘権を使ったからといって、不利益な扱いは受けないということ、それから逆に言いたいことがある場合には、法廷内で発言をしてもらうことになりますけども、この法廷内で話したことは、あなたにとって有利にも不利にも、証拠となる可能性となることがあります。これらについては前回の時に詳しく説明したとおりです」

 通常の法廷とは趣が変わってくるのは、ここからでした。裁判官がさらに続けます。

裁判官「では以上の説明を前提に、検察官が読んだ起訴状の内容について、順に聞いていきますけども、まず9月2日付けの起訴状です。あなたが平成28年9月中旬ころから同月25日までの間に、覚せい剤を使用したという内容でしたけれども、先ほど読まれた内容に間違いがないか、それか、どこか間違っているところはありますか?」
被告人「私は、覚せい剤なんか使用していません」
裁判官「うん。わかりました。では9月2日の起訴状について、私は覚せい剤を使用していません。と書いておきますね。ほかに何かこの事実について何か言っておきたいことはありますか? 今の段階ではこれでよろしいですか?」
被告人「はい」
裁判官「それでは続けて次の事実についても聞きますね。9月30日付けの起訴状です。あなたがマッソーYAGU1107号で、7月25日に大麻である乾燥植物片を所持していたという事実ですけども、これについてはどうですか? 間違いないか、それかどこか違うところはありますか?」
被告人「私の物ではありません」
裁判官「私の物ではありません。持っていたということはどうですか? 人の物でも持っているということはありま――」
被告人「持ってなかったです」
裁判官「私は大麻を所持していませんし、私の物でもありません。ということですか?」
被告人「はい」
裁判官1107号室の中に大麻である乾燥植物片97.10gがあったかどうかということについては、存在は知っていましたか?」
被告人「いえ、知りませんでした」
裁判官「知らなかったけど、存在はしたということですか?」
被告人「はい、部屋にあったみたいで……」
裁判官「部屋にあったようだけれども、私はそのことを知りませんでした、ということですかね?」
被告人「刑事さんが、テーブルの下から見つけていました」
裁判官なるほど……私は大麻を所持したことはありませんし、私の物でもありませんと。1107号室から見つかったんですよね?」
被告人「はい」
裁判官1107号室から刑事さんが大麻を見つけたようですが、ってことですかね?」
被告人「はい」
裁判官「聞かされたってことですかね。私がそこにあったことを知りませんでしたということかな?」
被告人「はい」

◆体から成分が出たが、本人は摂取したことはない

 自室に大麻はあったようですが、それを被告は知らなかった。そんなことがあり得るのでしょうか? 裁判官はそれについて弁護人に意見を求めます。

裁判官「それでは2つの起訴状について、弁護人のご意見をうかがいます」
弁護人「被告人と同意見です」
裁判官「そうすると9月2日付の起訴状については、使用したという行為自体を争われるということですかね?」
弁護人「“不確知”です。そういうことがあったことは記憶にございません」
裁判官「被告人による摂取行為があったかどうかについての認否が知りたかったんですが、そうすると摂取行為があったかもしれないし、あったとしても認識がないということですかね?」
弁護人「ないと思います。不確知ですから!」

 弁護人は何度も「不確知」という聞きなれない言葉を叫びますが、これはつまり「認識していない」という意味です。続きを見ましょう。

裁判官「あと9月30日付けの争いについて、証拠意見とあわせて詳しくお聞きしますが、被告人と同じでよろしいですかね?  7月25日の事件で、大麻である乾燥植物片97.10gが存在したこと自体は争わないということでよろしいですかね?」
弁護人「はい。今のところ証拠上は争いませんが、鑑定自体は争うものです。なんというか大麻葉(たいまよう)があったのは事実なんだけれども、大麻であったかどうかは、ちょっと……」

 体から成分が出たが、本人は摂取したことはない。警察は部屋で大麻を見つけたかもしれないが、被告が所持したことはない。

……まるで狐につままれたような話です。検察の冒頭陳述を聞くと、不可解さはさらに増します。

検察官「検察官が立証する事実は以下のとおりです。第1、被告人の身上経歴等です。被告人は浦安市で出生し、高等学校を中退しました。婚姻歴はありません。犯行時は住居地にて暮らしていました。平成25年9月17日、東京地方裁判所、立川支部において、覚せい剤取締法違反により、懲役2年、4年間の保護観察つき執行猶予に処せられ、犯行時は保護観察中です。

 第2に犯行に至る経緯および犯行状況等です。まず平成28年9月2日付公訴事実についてです。犯行状況等は公訴事実に記載のとおりです。被告人は平成28年7月25日に、尿を任意提出しましたが、その尿から覚せい剤成分が検出されたため、本件犯行が発覚しました。

 次に平成28年9月30日付の公訴事実についてです。被告人は平成27年11月から平成28年1月頃、勾留されている友人である熊倉和幸の自宅マンションの鍵を、前記熊倉の弁護人経由で受け取りました。その後被告人は前記熊倉のマンションを使用していました。犯行状況は公訴事実に記載のとおりです。

 被告人は平成28年7月25日、前記マンションについて刑事事件で捜索を受けましたが、その際に本件大麻を発見され、大麻所持の現行犯人として逮捕されました。大麻が入っていた箱から被告人の指紋が検出されました。第3にその他情状等です。以上の事実を証明するため、証拠等関係カード記載の関係各証拠の取り調べを請求いたします」

◆「人間の尿か確認できません」

 この冒頭陳述を見る限り、なかなか被告が否認することだけで覆すのは難しいことのように思われますが、弁護人が繰り出した論拠は、まさかの内容でした。

裁判官「いま鑑定嘱託書、鑑定書も不同意となっています。これはどういう主旨になりますかね? 例えば違法収集証拠とか、もしくは鑑定の正確性を争われるものですか?」
弁護人「鑑定には尿のpH(水素イオン指数)が付いていません」
裁判官「尿のpH……」
弁護人「だから人間の尿かどうか確認ができません。人間の尿のpHは約6.5から7。弱酸性でございますので。過去の例ではpH8という例がありまして、水道水であった例が確認されています。最近のASKAの例もそうです」
裁判官「弁護人の主張は、となると……」
弁護人「pHがないから人間の尿か確認できないということです」
裁判官「被告人の尿が鑑定されたかもわからないということですか?」
弁護人「そうです。水道水はpH8程度です。そして古い尿はpHが上がっていきます。したがって他人の尿を使った場合もわかります。これは千葉県の科捜研だからかもしれませんが、東京のほうの科捜研はpHは書くことになっています。それはもちろん尿であるという証拠ですから」
裁判官「検察官、そういう証拠を開示できますかね?」
検察官「ちょっと今お答えすることはできないです」
裁判官「調べてください。いま弁護人の疑問点として、尿のpHがついていないのが問題であるとの指摘がありましたので、場合によって新たな証拠として作成されるのか、それとも今の証拠で請求されるのか、まあ疑問がある場合は請求されたほうがよいかもしれませんね。ちょっとご検討ください」
検察官「あと、領置調書(押収した証拠に関しての調書)についても不同意があるんですけど、この点にはどういった意図で?」
弁護人「過去には、鑑定のところに持ってこられた尿が冷凍されていた例があったんです。つまり古かった他人の尿だったんです。だから、その尿が、どこに保存されて、誰がどうやって持ってきたかが大事なんです」
裁判官「pHがないことで、被告人の尿との同一性が疑わしいと?」
弁護人「そうですね。他人の尿を持ってきたんじゃないとか」
検察官「では、尿の採尿過程で、ご自身が尿を任意提出したこと自体は争わない主旨ですよね?」
弁護人「任意提出の行為はありました」
裁判官「そこは尿を出したってことですね。場合によってはご自身が尿を出さなかったという主張もあり得ると思うんですけど」
弁護人「それはないですね。それと鑑定された尿が同一であれば問題ないです」

 裁判開始早々の証拠調べから「尿」についてハードな論争が繰り広げられることになりました。裁判傍聴をしたことがない人からすれば「何を大真面目に争っているんだ?」と思われるかもしれませんが、過去にはASKAが尿検査の際に「お茶」を出した例もあり、本件に関しても他人の尿であることは否定できないのです。

 とはいえ、この弁護士はこの後もこうした論戦を挑みますが、判決は「主文、懲役2年6ヶ月。未決勾留日数270日をその刑に算入するものとする。大麻没収」の実刑。大麻の所持と覚せい剤の使用の容疑をくつがえすことができなかったようです。

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 弁護人の抗弁にも関わらず、被告が実刑判決を受けた大きな理由は、被告には前科があったということだろう。もし、前科がなければ判決は変わっただろうか。もちろん弁護人とて、本当のところ被告が真っ白とは思っていなかっただろう。とはいえ「pH」という証拠の記載がなかっただけで、これだけのツッコミどころを作ってしまうのが、薬物裁判である。次々に逮捕される有名人の法廷劇では、弁護士たちはどんな突破口を探るのだろうか。

<取材・文/斉藤総一 構成/山田文大 イラスト/西舘亜矢子>

【斉藤総一】
自然食品の営業マン。妻と子と暮らす、ごく普通の36歳。温泉めぐりの趣味が高じて、アイスランドに行くほど凝り性の一面を持つ。ある日、寝耳に水のガサ入れを受けてから一念発起し、営業を言い訳に全国津々浦々の裁判所に薬物事案の裁判に計556日通いつめ、法廷劇の模様全文を書き残す

―[薬物裁判556日傍聴記]―


イラスト/西舘亜矢子