アニメ映画「幸福路のチー」が、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、京都シネマで公開されている(以降も全国で順次ロードショー)。

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 現在アニメ映画では「アナと雪の女王2」が歴代トップクラスの特大ヒットとなっており、年末に向けて多数のファミリー向け大作映画も公開予定という大渋滞を起こしているため、この「幸福路のチー」に(公開劇場の少なさもあって)注目できていない、それどころかタイトルも存在も知らないという方も多いかもしれない。

 しかし、同作を知らないままでいるのはあまりにもったいない。2019年アニメ映画では「映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ」や「スパイダーマン:スパイダーバース」などと並び評価されてほしい、人によっては一生大切にしたくなる尊いメッセージも投げかけられた、素晴らしい作品だったからだ。以下、ネタバレのないようにその魅力を解説していこう。

●“昔の日常”を「この世界の片隅に」のように

 「幸福路のチー」は台湾で製作された作品だ。主人公の“チー”は1975年まれの30代半ばの女性であり、アメリカに住んでいた彼女に祖母が亡くなったという連絡が入ったことから物語は始まる。そこから過去にさかのぼり、台湾で生まれ育ったチーの天真らんまんな子ども時代を描くことになる。

 作品の主な特徴は、以下の3つになるだろう。

 ・1. ファンタジックな空想を描いている

 ・2. 日常生活をリアルに切り取っている

 ・3. 現代と過去を並行して描くという構成

 子どもの頃のチーは空想好きであり、頭の中で思い浮かべる“世界”はファンタジックに描かれている。アニメという表現を最大限に活用した、滑らかに動く、バラエティ豊かで、奇想天外な空想の数々は誰にとっても楽しく見られるだろう。

 その一方で現実の描写は、アニメであることを忘れるほどリアリティーに満ちている。台北郊外に実在するという“幸福路”の下町の情景、小学校での児童たちの様子、現状は貧しくはあっても高度経済成長期で未来に希望が持てたという世相、そして爆発的に起こった民主運動など……台湾の歴史に詳しくなくても(むしろそのほうが)「こうだったんだ」と当時の出来事や舞台、何より“昔の日常”を追体験できる感動がある。

 この印象は、もはや説明の必要がないほどに高評価を得たアニメ映画この世界の片隅に」に近い。こちらでは戦時中の日常がリアルに描写される一方で、絵を描くことが好きな主人公の女性・すずさんの“空想の力”も描かれていた。そのなんでも可能にする空想は、相対的に現実の過酷さを際立たせていた。そんな「この世界の片隅に」の特徴に魅入られた人は、「幸福路のチー」もきっと気にいるはずだ。

 なお、監督のソン・シンインが同作の参考にしたのは、高畑勲監督の「おもひでぽろぽろ」や今敏監督の「千年女優」、フランスアニメ映画「ペルセポリス」などだったという。同じく女性の半生をつづった(人生の一部を切り取った)これらのアニメ映画からのエッセンスも、十二分に感じられるだろう。

●ままならない人生を肯定する

 「幸福路のチー」には多層的な構造があり、人それぞれで作品から受け取るものも違ってくるだろう。その中で1つ挙げるならば、「ままならない人生を肯定する」というメッセージがある。

 物語は前述した通り、現代と過去を並行して、1人の女性の30代半ばまでの人生を描くことになるのだが……観客は物語の要所で、「あれ? 子どもの頃に言っていたことと現在の人生がつながらないぞ?」と気付かされる。

 例えば子ども時代での母は、かい性なしの夫への文句を言いながら、主人公のチーに良い大学に入って医者になってもらうため、必死で働いていた。しかし、現代で大人になったチーは医者にはなっておらず、なぜか両親と別居してアメリカにいたりする。

 彼女ははっきりと、かつて目指していたものとは違う人生を歩んでいるのだ。この他にも、子ども時代の親友との関係、恋人との馴れ初めと顛末など、「あの頃とは変わってしまった」ことに胸が締め付けられる方はきっと多いだろう。

 誰でも多かれ少なかれ、人生を振り返って「うまくいかなかった」「こんなはずじゃなかった」と思ってしまうことがあるはずだ。この「幸福路のチー」では、過去と現在を並行して描く特殊な構成を持って、その普遍的な葛藤や後悔を浮かびあがらせる、ある意味では残酷な作劇になっている。

 しかし、物語は最終的にそのままならない人生を、思いもしなかった形で肯定してみせる。それは激動の時代の台湾を過ごした主人公に限らず、世界中の全ての人が共感しうる、これから未来を生きる希望がもらえる結末であった。

 全ての物語が集約する、涙腺決壊必至のラストを見届けてほしい。

●4年の歳月をかけた労作

 この「幸福路のチー」の製作期間は約4年、製作費は約1億8000万円だそうだ。監督のソン・シンインは、まず12分の短編をわずか200万円の予算、大学を卒業したばかりの無名のスタッフたちと共に作り上げた。長編映画化が決まってからは、ソン監督は貯蓄を崩し方々に借金をして制作費を工面。画風も意見も主張も異なるスタッフたちを統率する監督業は、並大抵の苦労ではなかったという。

 本編を見れば、その“労作”ぶりは間違いなく伝わる。シンプルにも思える絵柄ながら、キャラクターたちは生き生きと動き回り、現実のシーンリアルに感じられ、空想のシーンファンタジックで楽しい。何より、1人の女性の半生を111分という上映時間をたっぷりと使い追体験でき、“ぜいたくなアニメ映画を見た”という多幸感が得られるのが、この「幸福路のチー」なのだ。

 同作は東京アニメワードフェスティバル2018ではグランプリを受賞している他、2019年アカデミー賞長編アニメーションの25作品にも選出されるなど、すでに各所で評判となっている。その評価を信用して、とにかく劇場に足を運んでほしい。

 なお、本作は日本語吹替版も上映されており、安野希世乃LiLiCo高森奈津美沖浦啓之(「人狼 JIN-ROH」「ももへの手紙」の監督で知られる)、宇野なおみ(「ホーホケキョ となりの山田くん」の“のの子”役など)といった豪華なキャスティングとなっている。

おまけ海外アニメ映画をもっと知ってほしい!

 最後になるが、2019年は海外製のアニメ映画が小規模であるがいくつか劇場公開(または配信)され、高い評価を得ていたことをご存じだろうか。ここでは筆者が厳選した、絶対に子どもから大人まで楽しめる3本の作品を紹介する。

 ・「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)」

 ・「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」

 ・「クロース」

 「羅小黒戦記」は中国製作。クールだけど間の抜けている美青年と、ツンデレかわいいケモノ男の子が冒険するロードムービー。まるで「ドラゴンボール」や「NARUTO」のような大迫力ハイスピードアクションも満載。

 「ロング・ウェイ・ノース」はフランスデンマーク合作。14歳お嬢様行方不明になった大好きなおじいちゃんを探すために北極点を目指す冒険アニメ映画。その旅路がガチ過酷であるがゆえの感動がある。

 「クロース」はスペイン製作、Netflixで配信中。自己チューでだらしないおぼっちゃまが争いが絶えない村で手紙配達員の仕事に就く。“サンタクロースの誕生譚”であり、“本当に欲のない行動は人の心を動かす”というメッセージも秀逸。

 この他にも、フランスの「ディリリとパリの時間旅行」、イギリスルクセンブルク合作の「エセルとアーネスト ふたりの物語」、フランスベルギーカナダ合作「アヴリルと奇妙な世界」なども公開されている。Netflix11月29日より配信開始となったフランスの「失くした体」や、12月20日公開のアヌシーで観客賞に輝いたアイルランドカナダルクセンブルク合作「ブレッドウィナー」も見逃せない。

 ぜひ、海外アニメ映画の今を知るという意味でも、「幸福路のチー」をまずは見てほしい。未知の歴史とぜいたくなアニメーションが、忘れがたい映画体験になるはずだ。

(ヒナタカ)

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