マリファナって本当に悪いの?」日本では違法薬物とされるマリファナだが、世界各国では合法化が進んでいる。その筆頭であるアメリカの歴史といまを追った『真面目にマリファナの話をしよう』より「日本のこと」を公開する。

◆◆◆

なぜ長く禁じられてきた「麻薬」が解禁されたのか

 この本を書いた最大のモチベーションは、アメリカや他の国々でなぜ長く禁じられてきた「麻薬」が「奇跡の薬」として解禁されたのか、そのパラダイム・シフトが起きた理由と背景を理解することだった。

 ところが調べれば調べるほど、日本における認識と、海外とのギャップは広がるばかりだった。世界の先進国のなかでも医療マリファナを禁じている国は日本くらいである。マリファナ解禁の波が、早晩、日本にも押し寄せてくる可能性だって否定できない。実際、2007年大塚製薬が舌下投与で服用するガン疼痛治療剤「サティベックス」のアメリカにおける独占的な販売・開発権を取得したことが大きな話題になった。日本では開発できないが、アメリカなら合法的に認められる。いわゆる企業としての先行投資だったのだろう。しかし、舌下投与が難しく、臨床試験の結果が芳しくなかったため、FDAの認可は下りず、2015年大塚製薬はその販売・開発権をGWファーマシューティカルズに返却した。とはいえ、マリファナを使った医薬品は将来、大きく利益を生む可能性があることはたしかだ。今後も大塚製薬に続いて海外での開発を目論む企業が出てくる可能性もあるだろう。

 日本では、約3千年前の弥生時代から、布を作るためにアサが使われていたことがはっきり分かっている。「後漢書東夷伝」「魏志倭人伝」「万葉集」など数々の古典に、日本でアサが栽培され、布や縄などに広く使われていたことが描かれている。

GHQがアサを麻薬に指定した

 アサは神道でも、神聖な植物として扱われ、伊勢神宮のしめ縄などに使われてきたが、日本に植生するアサは、カンナビス・サティバ・Lの一種でありながら、向精神効果をもたらすTHCはごくごく微量しか含まれないヘンプと呼ばれるもので、含有するTHCは0.3%以下であるために、ハイになる効果はほとんどなかった。1940年には、繊維の需要拡大によってアサの栽培が奨励され、当時の農林省が日本原麻株式会社を設立した。

 ところが、戦後日本は、アメリカマリファナ政策に巻き込まれることになる。連合国軍総司令部(GHQ)が、降伏の条件を明文化したポツダム宣言ベースに、1947年に大麻取締規則を、そして産業大麻を規制するために起案された大麻取締法を公布し、アサを麻薬に指定したのだ。神事のために許可を受けて栽培される一部のアサを除き、アサの栽培や所持は事実上、違法になった。

アサを吸う、という文化はほとんどなかった

 つまり、元々「ハイになる」という習慣すらなかったのに、アメリカと同じ扱いを迫られたというわけである。このあたりの文化ギャップに詳しい佛教大学の山本奈生(なお)准教授(文化社会学・犯罪社会学)はこう語った。

「(戦後までの)日本で愉しみのためにアサを吸う、という文化はほとんどないに等しかったんです。戦後直後も日本国内でアサを吸っていたのは、進駐軍の米兵くらいで、1950年代は、ほとんど逮捕者は出ていません」

 山本先生によると、当時のアサを扱う繊維業者や政府関係者は大麻取締法でなぜアサが「麻薬」として厳しく取り締まりの対象にされなければならないのか理解に苦しんだ。実際に日本で「大麻を吸う」というカルチャーが広がるのは1960年代以降のことだった。ビートニクの詩人たちがマリファナを作品に描き、またアメリカのヒッピー文化の影響もあって、マリファナを「吸う」という行為が日本の若者の間に限定的に広まっていったのだ。

マリファナテーマの記事は1970年が初めて

「ヒッピーカルチャーが入ってきた60年代の新宿で、いわゆる新宿ビートニクと呼ばれる若者が登場して、アメリカから渡ってきた米国ビートニクの友達と集まって夜な夜なジャズを聴いたりしていたわけですよ。その過程と並行して芸術界隈ではハプニングといって、裸体を展示したり公序良俗を挑発したりするような、センセーショナルなパフォーマンスが登場するようになった。その界隈で行われた全裸の舞踏会に警察がガサ入れに入ったら、タバコのようなものがいっぱい落ちていたので、それを調べてみたら大麻だったという。それが60年代後半のことです」

 大宅壮一文庫などで当時の雑誌や週刊誌を調べてみると、おもしろいことにマリファナに関する記事はほとんど出ていない。そのリストを見ながら、山本先生が続ける。

「いわゆる真正面からマリファナテーマに取り上げたのは、1970年の平凡パンチが最初なんです。『これがマリワナの幻想世界だ』(2月16日号)を皮切りに、『マリワナ・パーティ体験ルポ これがトリップなのだ 幻想世界なのだ』(8月24日号)、『マリワナ料理はいまや常識』(8月31日号)と立て続けに特集を組んでいます。

 そのあとしばらくブランクがあり、7年後の1977年、大麻論争に発展した『たかが大麻で目クジラ立てて…』と題する、関元という編集委員の署名記事が毎日新聞で発表され、当時大変話題になりました。井上陽水が大麻で逮捕されたことを受けて、日本の厳しい取り締まりに疑義を呈していて、週刊文春や週刊朝日でも取り上げられました。ただ、この時期のマスコミは『マリファナを吸引するのは反社会的行為として許されない』というよりは、まだ『マリファナは本当に悪なのか?』と懐疑的なんです。面白そうだ、のぞき見したいというミーハーな欲望が垣間見えます」

日本マリファナ取り締まりはタブーめいた先入観

「たかが大麻で目クジラ立てて…」で関氏は、「マリフアナ(大麻)で挙げられた井上陽水は警察にとって金星か、マスコミにとって堕ちた天使か、ファンにとって殉教者か。彼がそれらのいずれにもならぬことを願いたい。いまどき有名スターがマリフアナで捕まって全国的なスキャンダルになるのは世界広しといえども日本ぐらいのものだ。たかがマリフアナぐらいで目くじら立てて、その犯人を刑務所にやるような法律は早く改めたほうがいい」と書き、マリファナおよび薬物乱用に関する全米委員会(134135頁を参照)が出した報告書を紹介しながら、日本のマリファナ取り締まりは科学的というよりタブーめいた先入観に立脚していると批判している。興味深いのは、井上陽水を逮捕した警視庁の河越保安二課長のコメントだ。「マリフアアナはひと握りの隠れた愛好家が吸っている程度で、覚せい剤犯と違って彼らは他の犯罪に走らず、社会に迷惑をかけてもおらず、暴力団の資金源にもなっていない」として、日本の大麻取締法が所持に五年以下、密売に七年以下の懲役刑を定めながら罰金規定を欠いているのは「意外と重い」と感じていることが記事中に紹介されている。

 井上陽水が逮捕された同年1977年には、京都で活動するアーティスト芥川耿氏も自宅で大麻を栽培して逮捕されるが、大麻取締法自体が憲法違反であると主張して、国を相手取り裁判を行った。この裁判には、かつてはティモシー・リアリーのもとで修業し、のちに『ナチュラルマインド』など多数の著作を残した医学博士のアンドリュー・ワイル氏も来日し、大麻の臨床実験データをもとに、大麻に対する独自の見解を証言している。

 しかし、日本の大麻取り締まりは時代とともに厳しくなっていった。1966年に176人だったマリファナの逮捕者は、1970年には487人、1979年には1000人を超えていた。

「ダメ、絶対」キャンペーンで世論は「アンチ大麻」

 こうした過去の事例から、マリファナが違法物質とはいえ、ある時期までは、ある種の寛容さをもって受け止められていたことがうかがえる。しかし1980年代に入ってから、明確な世論のシフトが起きた。レーガン大統領が始めたアンチドラッグキャンペーン「ジャスト・セイ・ノー」に追随する形で、日本でも「輸入」された「ダメ、絶対」キャンペーンが功を奏し、芸能人による度重なる大麻関連の逮捕報道によって、世論は急速に「アンチ大麻」に傾いていったのだ。アメリカでは、大麻取り締まりの開始とほぼ時を同じくして反対運動が起きたが、日本では目立った反対運動は起きなかった。それは今にいたるまでも大きく変わっていない。

どうダメなのか、検証する余地もない

「大麻について語るとき、日本では『古来アサをしめ縄や布に用いてきた』とよく語られますよね。それは産業用の『アサ』は『伝統文化』であって大麻ではない、と自分自身で意図的に切り離して納得させてきたんです。もともと『ハイになる』文化がほとんどなかったわけで、愉しみのために吸引するという歴史は海外諸国と比べるとあまりない。だからこそ、大麻はダメなんだ、法で取り締まられていることは良くないというキャンペーンがうまく作動したのでしょう。もっと言うと、アメリカではマリファナ問題は人種差別そのものであり、マリファナを解禁するかしないかは色々な選挙で幾度となく争われてきた。大統領選挙では、良くも悪くもマリファナ吸引経験があるかないかが候補者に問われる。それくらい、アメリカでは社会的・政治的に根深い問題であって、問題の俎上にのせられるたび民意が問われてきた。しかし、日本にはそうした歴史もなければ、土壌もない。だから法律上だめだという事だけが、外形的に残っていって、実際にどうダメなのか、検証する余地もないわけです。対象物が覚せい剤であろうが大麻であろうがどうでもよく、『全部だめ、ダメ絶対』になってしまう。大衆的なマジョリティも意味規範も同時に規定した警察のキャンペーンが、意味内容を宙に浮かせたまま、法律だけが循環的に回っているという構造だと思うんです」(山本氏)

 日本に大麻を違法指定することを指示したアメリカですら、大麻に対する科学的・医学的エビデンスがこれだけ積み上げられて、立場の変更を余儀なくされている。伝統的に「ドラッグ」に厳しい傾向のあるアジア圏でも、韓国、タイでは既に認可され、フィリピンマレーシアなどが大麻の医療使用を前向きに認めようとしている。

佐久間 裕美子)

©iStock.com