舞台は、遺伝子操作・再生医療・医療用ナノマシン・万能特効薬という4大医療革命を経て死を克服した“昭和111年”の東京。全国民が繋がる「ヒューマンネットワーク」からロストした人間が異形化・暴走する事件をきっかけに、薬物に溺れ怠惰な暮らしを送る大庭葉藏(おおばようぞう/CV:宮野真守)が、暴走集団と行動する謎の男・堀木正雄(ほりきまさお/CV:櫻井孝宏)、対ロスト体機関“ヒラメ”に属する不思議な力を持つ少女・柊美子(ひいらぎよしこ/CV:花澤香菜)らと出会い、生と死と絶望的な運命に翻弄される――。

劇場アニメーション『HUMAN LOST 人間失格』は、太宰治の名作『人間失格』を原案としながらも、現代日本が突きつけられる社会問題と向き合い、世界に向けた痛快でクレイジーなジャパニーズアクションエンターテインメントとなった。個性あふれる本作を監督したのは、『アフロサムライ』や『バジリスク甲賀忍法帖~』など独創的な演出力と映像センスで海外にもファンの多い木崎文智。ストーリー原案・脚本を手がけたのは、時代小説天地明察』では吉川英治文学新人賞など数々の賞を受賞し、アニメ攻殻機動隊ARISE』や『蒼穹のファフナーシリーズなどのシリーズ構成・脚本でも知られる小説家・SF作家の冲方 丁。本作のオリジナリティを生んだふたりに、制作秘話を語ってもらった。
※「木崎文智」の「崎」は、たつさきが正式表記

取材・文 / 阿部美香
構成 / 柳 雄大 撮影 / 増永彩子


主人公が人間を失格した話ではなく、“人間全体が失格した”話にしよう!

ーー 太宰治の著名な作品を原作にもつ『HUMAN LOST人間失格』ですが、制作の経緯はどういったものだったんでしょうか。

冲方 丁 『人間失格』を「SFダークヒーローものにしたい」という企画書から始まったプロジェクトでした。「どうやって!?」と思いましたよね(笑)

木崎文智 僕に企画書が渡されたのも、冲方さんとほぼ同時期でしたね。最初は「とんでもない無茶ブリをしてくるな」という印象でしたが……。ただ、今回初めてご一緒する形になりましたが、冲方さんがいるから、なんとかしてくれるだろうと(笑)

冲方 僕も同じですよ。クリエイティビティの高い方ばかりの集まりなので、「きっとどうにかなるだろう、どうにかするだろう」みたいな感覚。

木崎 「誰かがなんとかしてくれるんじゃないか」くらいの軽いノリだったかもしれないですね、最初は。

ーー アニメーション制作担当のポリゴン・ピクチュアズも、“なんとかしてくれる”方々だったと。

冲方 脚本読みの段階で、CGは作るのが大変ということで制約がいろいろあったんです。キャラクターを10人以上出さないでくれとか、あまりアクションさせないでくれ、服装は変えないでほしいとか。「そもそも無理だろ?」とも思ったんですが、蓋を開けてみたら、ダメだと思われていたアニメーションポリゴンさんが全部やってる(笑)

木崎 結果的には、ポリゴンさんが相当頑張ってくれて、スタッフとのめぐり合わせも奇跡的に良く、作りたかった映像ができましたね。

ーー ……という出発点から、太宰治の『人間失格』をSFダークヒーローにしようというオーダーに応えるため、冲方さんは『人間失格』から、何をどうピックアップしようと考えましたか?

冲方 太宰先生の小説は、今でこそ“勉強の対象”ですが、発表当時はただの“かっ飛んだエンタメ”だったはずです。文学者や批評家から滅多打ちにされながら大ベストセラーになる、典型的なエンタメ。まずはそのかっ飛んだところを汲もうと思いました。

ただ、本来の『人間失格』のまま、破滅していく個人の生き様の話をしても、「原作を読もう」で終わってしまうんですよ。それをSFにするには、個人の物語ではなく“人類の物語”にしなければならない。ですから、主人公が人間を失格した話ではなく、“人間全体が失格した”話にしよう……というブレイクスルーがひとつあって、企画が一歩前に進んだ感じでしたね。あくまで僕の実感ですけど。

木崎 たしかにそうでした。当時は、スーパーバイザーとして会議に本広(克行)さんも参加されていて、プロデューサー陣も含めて、みんなでアイデア出しをしたんです。皆言いたい放題で(笑)それを全部、冲方さんに投げたので、まとめるのはとにかく大変だったと思います。

ダークヒーローは、正義のヒーローよりもずっと手間がかかる存在なんです
ーー そこから冲方さんが、医療の大幅な進歩により、国家機関「S.H.E.L.L.(シェル)」が国民の健康を管理する、国民平均限界寿命120歳の無病長寿大国・日本という、この先あり得ないとは断言できない近未来SF設定を練り上げられたわけですね。

冲方 そう、僕がでっち上げました(笑)

木崎 SFなので、用語が難解なんですよ。ちょっと難し過ぎやしないかと思うくらい(苦笑)。

冲方 でもね、こんなものは理解しなくてもいいんです、じつは(笑)。難解な用語は、SF的な世界観を構築する上での肥やしみたいなもの。それ自体を味わうんじゃなく、そこに実ったものを味わうのがSFなので。

木崎 なるほど、完全に理解できなくてもいいと。

冲方 そうそう。逆に、木崎さんによるフィルムでその世界観を、ちゃんと説明してくれてるのがすごいです。

ーー 医療の飛躍的発達により人間が死なない世界というのは、冲方さんが以前から構想していたものですか?

冲方 少子高齢化社会という日本独特の社会問題をSFで料理し直し、何度も自殺を試みては死ねない人人たちを主役とした社会全体に置き換えました。いろいろな形で、本来は死んでるはずなのに、ずっと生きて働かされ続ける人々。本来の『人間失格』よりも絶望的な部分を、社会全体にボーンと敷衍(ふえん)した感じですね。

木崎 現実の社会問題とちゃんとリンクしてるんですよね。社会保障も年金も現実に破綻しかかってるじゃないですか。今と通ずるものが、意識して入っている。

冲方 今の時代における、ある種のマイルストーン的なSF作品を目指しましたね、結果的に(笑)ダークヒーローって結局そうなっちゃうんですよ。『バットマン』もそうだし、話題の映画『ジョーカー』もそう。ダークヒーローは、時勢や時代を読み取って作らなくてはいけないものなので、正義のヒーローよりも一段手間が掛かるんですよね。


人間失格』の原案がありつつも、実際はほぼオリジナル作品である難しさ
ーー 世界観で面白く感じた部分がもうひとつありまして。いわゆる近未来SFアニメというと、デジタル社会をメインモチーフにした作品が多いですが、『HUMAN LOST人間失格』はリアルな未来社会を描いていながらも、電脳vs人間という縮図ではない。もっと生々しい生と死が迫ってきますね。

冲方 SFのネタっていろいろあるんですけど、意外にもバイオ系、医療系というのは少ないんです。デジタル系やインターネット系など、デジタル技術をフィーチャーすることはあるんですけど、もうちょっと生身の人間をクローズアップしたかった。そしてダークヒーローなら肉弾戦じゃなきゃいけない。肉々しい設定を作ったほうがいいだろうと思ったんです。デジタルが前面に出ちゃうと、描くものがなにもなくなるんですよ。サーバーの中で何か電子的なものがカチカチいってるだけですから(笑)

ーー そこを汲み取った木崎監督が、肉弾戦バリバリの映像に仕上げていかれたと。

木崎 ダークヒーローものでやろうっていうのが企画の最初にありましたからね。あとは、肉弾戦に辿り着く前に、どういう特徴のあるダークヒーローなんだろう?という議論も最初はありました。

冲方 そうなんですよね、何がダークなんだと。ヒーローの定義は簡単なんですよ。社会を守る代表的存在。でも、それがダークヒーローとなった途端、社会から憎まれながらも社会を助けるという矛盾が生じてくる。なので今回は、社会全体に本当は守る価値はないのだけど、それでもなお未来に期待して守る、みたいな定義に落ち着いたのかな。さんざん話し合った結果。

木崎 話しましたね。脚本だけで1年以上はかかってると思う。

冲方 めちゃくちゃ手間がかかりました。逆に、そこまで突き詰められて良かったです。どこかで妥協して、「こうしちゃおうか」じゃなく。

木崎 そうですね。とにかく今回は脚本のハードルが高かった。『人間失格』という原案があるとはいえ、ほとんどオリジナル。いわゆる原作ものとは、まったく違う感覚でしたね。

冲方 そこにまた、企画側からのリクエストもありましたからね。『人間失格』(原作)にあるセリフがもうちょっと欲しいとか(苦笑)。なので、欲しいと言われた要素はとにかく一度入れてみて、ここはこうしよう、こう直そうと相談しながら、後からバシバシ僕がカットしていくという方法を取らせてもらいました。なので、そこに生き延びていくアイデアにはかなり力がありましたよね。

木崎 そうですね。

冲方 霊柩車で暴走しよう、とか(笑)。死がない世界なので、宗教がない、墓もない。精神的な支柱がないから、テロリズムまがいの暴走集団が跋扈してるという背景があっての霊柩車の暴走。アクションも素晴らしかったです。



昭和のイメージ+SFらしいディストピア感、そこから生まれた“ジャパニーズ・クレイジー”
ーー 主人公の大場葉藏以下、キャラクター像はどう原案から汲み取っていきましたか?

冲方 登場人物に関しては、“構造”を反映しています。葉藏の周囲には、自分のことしか考えない堀木がいて、他人のことしか考えない美子がいて、竹一という少年時代に影響を与えた友人がいるという四者関係プラス、社会的な働きをする際の窓口になる澁田がいる。

そうしたとき、もうひとりいないと話にならないぞと思い、本作オリジナルの人物として厚木を、また葉藏に住処を提供するマダムと恒子を置いた。そして葉藏は、非常に現代的な主人公像を担っています。彼は影響を与えられやすい人。本来、社会というのは人々に「影響を受けなさい」と命令し、国民は父権的な命令に対して、すごく従順に従います。現代でも、マーケットの対象になるのは、ちょっとしたメッセージで動いてしまう人たち。何かを成そうとすると、流されていく現代人の象徴が、葉藏ですね。

ーー その構造を知って観ると、より深く本作を味わえますね。映像制作で、木崎監督が最も苦労されたのは?

木崎 僕は3DCGアニメを監督するのが初めてだったので、作画(セルアニメ)よりちょっとは楽できるんじゃないかと思ったら……まったくそんなことはなく(苦笑)。

3DCGは作業工程が複雑に分かれているので、作画のように何度かチェックして終わりじゃなく、いくつもの工程を重ねていくごとにフィルムがブラッシュアップされていくんですね。そこはすごく新鮮でしたが、CGはとてつもなく手間のかかる作業なんだなと。また、ポリゴン・ピクチュアズの若いアーティストさんの「良いものを作ろう!」という熱量が非常に高く、僕もとても刺激をもらえましたね。

ーー 画作りで木崎監督が最もこだわられたのはどこでしたか?

木崎 富安(健一郎)さんの描かれたコンセプトアートが起点でもあり、太宰治が生きていた時代の昭和のイメージ、空気感ですね。我々と地続きの昭和の雰囲気にSF要素としてのディストピア感を出す。そこは最初から決めていました。なので、観ていただくとそこまでSF、SFした世界ではないと感じられるのでは。

冲方 それよりも、ジャパニーズダークヒーロー感をどう出すかですよね。世界観もキャラクターも、正しい日本像ではないから、「S.H.E.L.L.」の中の五重塔とか、なぜか室内に鳥居があるとか。日本人が全力で日本を間違えて描いているという、最高の画作りだと思います(笑)

木崎 完全に狙いですね。ジャパニーズ・クレイジー感を出していこうという。「やっぱり日本人の発想って独特だよね?」というのを、外国人の方に逆に楽しんでもらいたい。そこは意図してやってます。

ーー 人間が異形化した「ロスト体」のキャラクターデザインもクレイジーですよね(笑)

木崎 そうですね。本作ならではのオリジナリティーが出てると思います。ロスト体は、有名なホラーゲームの『サイレントヒル』のクリーチャーデザインを担当されていた伊藤暢達さんがやられているんです。最初はみんな、びっくりしてました。変態すぎて(笑)

冲方 不気味なのに、歩き方が妙に楽しげだったりね(笑)

ーー 随所にクレイジーが仕込まれていると(笑)

木崎 そうですね(笑)コンセプトアニメーションの熊本周平さんの考案した体がひっくり返る動きなども、斬新すぎて、今思うとほんとに濃いメンバーが集まっていたんだなと。

冲方 この映画で大事なのは、ディストピアの閉塞感を描くことではなく、閉塞した社会の中で生きる人たちの生命力が、閉塞を突き抜ける感覚を味わわせることだと思うんですね。その点では、葉藏という超絶テンション低い主人公が、最後はかなりテンション高めなバトルアクションをするというのも最高だと思っています(笑)

葉藏と美子の「実は噛みあっていない会話」のシーンは要注目!
ーー この作品はアフレコではなく、声優さんのお芝居に合わせて画を作るプレスコ方式が採られたそうですね。

木崎 はい。画がない状態で自由に演技していただきました。最初から演者の皆さんは、バッチリ役に入り込んでいただいていて、宮野真守さんは最初から「もう葉藏だよね」と思えましたし、皆さん素晴らしい演技をしてくださいました。

冲方 声の演技に対する“画の演技”もすごかったですね。CGアニメグレードが一段上がった感じがしましたよ。

木崎 そうですね。役者さんの細かい芝居、心情の機微を全部アニメーションに落し込んでくれて、よりグッとくるものになったんじゃないかなと思います。今回、アニメーションディレクターの大竹広志さんのこだわりでアクション含め、モーションキャプチャーを一切使わず、全て手付けでアニメーション付けていることにも驚きましたね。ここまでできるのかと。

冲方 キャストさんの顔ぶれもね。並んだお名前を見た時点で、もう言うことなしで。実際、芝居の全部が素晴らしかった。

ーー 中でもお気に入りの場面、キャラクターは?

冲方 強いて挙げるなら、澁田とかマダムとか。竹一も素晴らしかったですね。ある状況での柊美子とマダムのやり取りのシーンも印象的です。ふたりとも徐々に表情が変化していって……わかりあえないという結論になる。絶妙です。会話ということだと、葉藏と美子にも人間の距離感を感じさせる場面があります、かなり後半になりますが。

木崎 ヒント東京タワーですかね。あそこで二人の距離が。

冲方 縮まるんですが、会話はまったく噛み合わないんですよ。そこもじつは、すごく現代的な人格として描いています。SNSでも何でもメディアがどんどんパーソナライズされていくと、同じことを話題にしても厳密には見てるものが違うから、各自の中での意味が違ってくる。だから、噛み合う会話っていうのがなくなっていくんです。それが今後のコミュニケーションだと思いますね。

ーー そういう将来のコミュニケーション不全を示唆していると。

冲方 うん……結果的にそうなった感じです。

誰が観ても楽しめるアクションエンターテインメントとして

ーー 『HUMAN LOST人間失格』は『人間失格』から始まった映画ではありますが、冲方さんが最初におっしゃったように、太宰文学のぶっ飛んだ要素を抽出し、現代社会に警鐘も鳴らす、とてもユニークダークヒーロー物語になったのではないかと思います。

冲方 『人間失格』を知らずに観てもいいですしね。

木崎 そうですね。読んでなくてもまったく問題はなくて、逆にこれを観て面白いと思った方に、原案はどんな話なのか?と興味を持ってもらえたら嬉しいです。先入観として『人間失格』は暗くて重い話ですが、それとは今回まったく違う。誰が観ても楽しめるアクションエンターテイメントとして作っています。原案をベースにはしていますが、まったくのオリジナル作品だということは、ぜひ知ってほしいですね。

冲方 冒頭から、クレイジー・ジャパニーズ感が滲み出てますからね。ちょっと気分が落ち込んだ時には、暴走シーンだけでも観に来てほしい(笑)

木崎 狂った感じを出そうというのは、テーマとして、スタッフみんなの共通認識でしたからね。

冲方 そうですね。社会自体がどんどん狂気の極みに行くのを、誰も止められない。それにただ絶望するんじゃなくて、弾けてしまおうと。僕らもただただ、弾けたかった映画なので、それが『HUMAN LOST人間失格』の正しい見方だと思いますよ。

(c)2019 HUMAN LOST Project

太宰治の原案をSFダークヒーローアニメに再構築…どうやって!? 『HUMAN LOST 人間失格』が抱えた狂気と“生命力”【対談:木崎文智×冲方 丁】は、【es】エンタメステーションへ。
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掲載:M-ON! Press