いま女性誌の表紙を飾るのは筋肉質な「ハンサム胸」。10年ほど前まで理想とされていた「ふっくら美乳」はトレンドから外れてしまった。なにが変わったのか。甲南女子大学教授の米澤泉さんは「セクシー&ガーリーな下着で人気だった『ピーチジョン』も不振だ。女性たちは他者の視線よりも自分の心地よさを追求するようになっている」という——。

※本稿は、米澤泉『筋肉女子 なぜ私たちは筋トレに魅せられるのか』(秀和システム)の一部を再編集したものです。

■美乳が意味するもの——オンナのカラダからハンサムなカラダへ

女性たちはいつからヘルシーでサステナブルな美を求めるようになったのだろうか。美容整形などの「禁じ手」だけではなく、自らの努力によって、主体的に健康的な美しさを手に入れるようになったのだろうか。ここでは、今やすっかり定着しつつある美乳(美しい乳房)に焦点を当て、女性たちの身体観の変化と健康的な美を手に入れるまでの変遷を見ていこう。

取り上げるのは、美乳ブームを牽引する雑誌『an・an』である。巨乳という言葉は80年代後半から90年代にかけて、グラビア雑誌などの男性向けメディアを中心に一般化したが、美乳という言葉は2010年代に入って『an・an』などの女性向けメディアによって広まった。

今や『an・an』では美しい乳房、美乳特集が欠かせないものとなっている。「うっとり美乳」「おしゃれ美乳」「ハンサム美乳」今年の美乳はどんな美乳なのか。毎年秋に特集される今どきの美乳から目が離せない。

それにしてもなぜ、美乳が注目されるようになったのだろうか。それはどんな乳房なのだろうか。『an・an』で美乳特集が始まったのは2009年のことである。2009年当初は男性の編集長だったこともあり、「ふっくら&まるくてカワイイを手に入れる! 美乳&美尻」「イケメン76人の本音大調査巨乳より美乳?」(2009年10月14日号・表紙ほしのあき)というように、どちらかと言えば男性目線の美乳が提案されていた。

■男性目線の美乳から完全に女性目線へとシフト

しかし、年を経るごとに、「おもわず触りたくなる、美乳・美尻のつくりかた オンナノカラダ」(2011年5月11日号・表紙小嶋陽菜)「美乳は、大きさではなく高さでした!」(2012年10月31日号・表紙仲里依紗)という具合に、身体はますますマニアックパーツ化されるようになっていく。

完全に女性目線へとシフトしたのは、女性編集長に代わった2014年からだ。「誰でも美乳になる! うっとり美乳の作り方。」(2014年9月17日号・表紙小嶋陽菜)。この頃から、男性にモテる美乳よりも私自身がうっとりと満足する美乳が理想となるのである。

その後は、「今、欲しいのはおしゃれ美乳。」(2015年9月16日号・表紙佐々木希)「形を整え、素の質感を上げる ふんわり美乳。」(2016年9月14日号・表紙マギー)と質感を含めて、ますます自分にとっての心地よさを追求する方向へと向かう。

さらに近年は、「理想の胸は、自分でつくる! 美乳強化塾 おいしい胸のつくり方」(2017年9月20日号・表紙田中みな実)「美乳強化塾2018 かっこいい! が時代です。ハンサムバストのつくり方。」(2018年9月19日・表紙内田理央)という具合によりシンプルニュートラルに自分スタイルを確立することが求められているようだ。

■乳房は男性や赤ちゃんのものではなく、自分のもの

それはもちろん、ファッションのジェンダーレス志向や自らの心地よさを追求する傾向と重なっている。もちろん「ハンサム胸」などは筋肉女子のジェンダーレスな身体にも通じるだろう。

「ふっくらまるくてカワイイ」美乳からかっこいい「ハンサム胸」へ。それはいったい誰のための美乳なのか。誰のために美乳を作るのか。同じ美乳の「つくり方」でも、10年間でその対象は大きく変化したのである。男のための美乳から、自分のための美乳へ。私が心地よいと思える私のための、ヘルシーかつ、意志的な美乳を努力によって作りあげる時代になったのだ。

思えば、今までの乳房はあまりにも男性や赤ちゃんのものであった。女らしさや母性の象徴でありすぎたのではないだろうか。「うっとり美乳」や「おしゃれ美乳」を経て行きついた「ハンサム胸」は女、妻、母という役割から解き放たれた自由な乳房、私の乳房を女性たちがようやく手に入れたということではないだろうか。

それは、筋肉女子の割れた腹筋や見事な肩甲骨、強さを感じさせる脚にも通じる。従来のまるく、優しく、曲線を描く「女性らしい」身体とは異なる、「強い」身体を女性たちは自らが積極的に求めるようになった。私のカラダは私のものとやっと声を大にして言える時が来たということではないだろうか。

■セクシーな下着はもういらない——ブラトップと勝負下着

女性たちが求める身体の変化は、当然のことながら、その身体を包む下着にも大きな変化をもたらしている。今までのように、セクシーな下着が売れなくなってきているのだ。それは、日本だけでなく、世界的な傾向であるらしい。

《米国ではセクシーな下着の不人気で「ヴィクトリアズ・シークレット」が毎年恒例のランジェリーショーテレビ中継打ち切りに追い込まれ、わが国でも一時はセクシーイメージで人気だった「ピーチジョン」の不振でワコールホールディングスが巨額の減損処理に追い込まれて97%の減益(連結純利益、営業利益も58%の減益)決算になり、アツギはストッキングの不振で31億円の赤字(純損失、営業損益も9億円の赤字)に転落した(「今女性の下着に何が起こっているのか」商業界ONLINE)》

華やかでセクシーな下着の代名詞だった「ヴィクトリアズ・シークレット」が2017年1月をピークに勢いを失い、販売不振に喘いでいるというのである。

一方で、アメリカン・イーグルというカジュアルブランドが手掛ける下着ライン「エアリ」は逆に売上げを伸ばしている。ヘルシーナチュラルコンセプトとするこのブランドは、下着もシンプルで飾り気のないものが中心だ。レースリボンはもちろん、タンガ(Tバック)やガーターベルトなど過剰なセクシーさを強調するアイテムは皆無である。

通販サイトで「エアリ」の下着を身に付けるモデルたちは、セクシーなポーズを取ることなく、ライフスタイルに溶け込むように自然な笑顔を見せている。セクシーからヘルシーナチュラルへ米国女性たちの嗜好もここ数年で大きく変化している。

■谷間くっきりのブラ「ピーチ・ジョン」が不評のワケ

日本では、2000年代半ばに10代、20代の若い女性を中心に爆発的な人気となった「ピーチジョン」が苦戦している。2008年にはその人気に目をつけたワコールが傘下に納めるほどであったが、結果的にお荷物となってしまったのである。

《「ピーチジョン」の買収には2452340万円を要したが収益には貢献せず、11年3月期まで計74億8900万円の損失を計上。13年3月期にも27億円、15年3月期にも62億9600万円の損失を計上しているから、今回の56億3900万円を合わせて2212400万円を失ったことになる。セクシーイメージの下着ブランド買収は時代の価値観ライフスタイルに逆行し、ワコールに巨額損失を強いる結果となった。(「今、女性の下着に何が起こっているのか」商業界ONLINE)》

ピーチジョン」と言えば「ボムバストブラ」など強力なパッドで谷間をくっきりつくるブラジャーや、レースフリルリボンなどをふんだんに使ったセクシー&ガーリーな下着で一世を風靡した。しかしながら、人気だった通販カタログも2019年秋冬号をもって休刊することになった。「ピーチジョン」ですら、ブラトップに代表されるヘルシーナチュラルな趨勢には勝てなかったのだろう。

■ヘルシー&ナチュラルなユニクロのブラトップが人気に

日本では、2008年に誕生したユニクロのブラトップが快進撃を続けている。「ブラを付けるストレスからの解放」と「ブラを付けているかのような安心感」を両立したブラトップは、発売から5年後の2012年にはデザインを刷新し、約110色柄の豊富なバリエーションを展開するに至った。

その後も機能性とデザイン性の改良を試み、CMにも吹石一恵や森絵梨佳など人気女優やモデルを起用することでイメージアップしたため、今まで「ピーチジョン」を嬉々として付けていたような若い女性たちも、ブラトップの虜(とりこ)になっていった。ゆるっとしたワンピースデニムのインナーには、やはり快適なブラトップが相応(ふさわ)しかったという事情もあるが、結果的に今ではブラトップは日本女性の必須下着になりつつあると言えるだろう。

■他者の視線よりも自分の心地よさを追求する女子たち

このように、世界的にファッションライフスタイルの流行が、他者の視線よりも自分の心地よさを追求するエフォートレスな方向に向かっているのである。ヘルシーであることが新しい贅沢(ぜいたく)とされ、スポーツアウトドア的なアスレジャーファッションの人気とも関係している。

クロスフィットトレーナーAYAもブラトップを中心にコーディネートしたアスレジャーファッションを身に纏(まと)っている。彼女はいつもスタイリッシュなブラトップの上にデニムや白いシャツを羽織るのが定番スタイルだ。もちろん、そこからはヘルシー美しい筋肉ボディが見え隠れする。

ハンサム胸や筋肉ボディが理想とされる中で、下着だけが女らしくセクシーなのは不自然ではないだろうか。女性たちの間で、ブラトップなどのエフォートレスで過剰な女性性を排除した下着が主流になるのも、当然の成り行きだと言えるだろう。今後も、スニーカーのように快適で心地よく、ジェンダーレスな下着がますます人気となってゆくのではないだろうか。

■バブル期に登場した「勝負下着」という言葉の意味が変わった

バブル期に登場した「勝負下着」という言葉も今ではすっかり意味が変化した。当時は誘う下着、誘惑の小道具としての下着であり、男性に向けての勝負を意味していたが、現在は違う。大切なプレゼンやイベントといった、自分の気分を上げ、モチベーションを高める時に女性たちは「勝負下着」を着るのだ。

より強く、前に進むために女性たちは「勝負下着」を身に付けるのである。その「勝負下着」も、今後はAYAのようにカラフルスタイリッシュなブラトップになってゆくのかもしれない。

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米澤 泉(よねざわ・いずみ
甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授
1970年京都生まれ。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』など著書多数。

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『an・an』(2017年9月20日号・表紙:田中みな実)