芸能人の薬物事件が報じられると、テレビや映画、CMなど出演作品の降板や非公開などの「自粛モード」がみられる。

「『再チャレンジできる社会を』と言いながら、激しいバッシングが蔓延している。再起の可能性を断ち切り、社会から抹殺してしまうような風潮には疑問を感じるのです」

そう語るのは、これまでもドキュメンタリー、フィクションを問わず社会問題を扱ったインディペント作品に数多くかかわる映画プロデューサーの加瀬修一さんだ。2019年11月30日に公開された映画『漫画誕生』には、企画・プロデュースで参加している。

映画には、「覚せい剤取締法」違反(使用)で2017年6月に逮捕され、同じ年の11月に懲役1年6カ月・執行猶予3年の有罪判決を言い渡された俳優の橋爪遼さんが主人公の青年期という重要な役どころで登場する。

橋爪さんは、俳優・橋爪功さんの息子でもあったことから、逮捕は大きく報じられた。業界では当たり前となった「自粛措置」を取らなかったのはなぜか。加瀬さんの見解を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・吉田緑)

●「問題そのものを考えることをやめてはいけない」

映画は、日本で初めて漫画家として成功し、「近代漫画の父」ともいわれる北沢楽天の生涯を描く。主人公・北沢楽天(演:イッセー尾形さん)の青年期を演じたのが橋爪遼さんだった。

『漫画誕生』の撮影は2017年4月に約3週間かけておこなわれた。関係者が橋爪さんの逮捕(6月)を知ったのは、撮影がすべて終わった後だった。

逮捕報道を受け、テレビ朝日は連続ドラマ『やすらぎの郷』について降板を決めた。ほかにも映画『たたら侍』が早期に上映終了するなど、自粛に向けた動きが目立った。

「漫画誕生製作委員会」は、橋爪さんの判決が言い渡された後の12月26日、声明を公表。「熟考を重ねたうえで、橋爪氏の出演箇所を残す形での完成・公開ということを決断いたしました」とした。

このような決意に至ったのは、大きく3つの理由があると加瀬さんはいう。

「1つは、橋爪さんのお芝居が良かったことです。私は撮影時にメイク部屋で一緒に弁当を食べながら、演技の話をよくしました。撮り終えたシーンの事を振り返りながら、次のシーンの意見を言い合ったり。とても熱心に打ち込んでいました。少なくとも作品の中の彼の演技は問題とは別のものでした。

2つ目は現実的な問題として、予算面です。『全く別の作品をもう1本作る』と言ったらイメージがしやすいかもしれません。大きな資本が入っていないインディペンデント映画なので、それくらいの困難な状況にありました。

3つ目は、ある問題が起きたときに、自主規制をして問題がなかったかのように対応することは、問題そのものを考えることをやめてしまうということだと思ったためです。

実際に誰かから、『カットしろ、制作を止めろ』と言われたことはありません。だとしたら、自分が関わった作品の中で起きた出来事である以上、そのことに向き合わなければならないと思いました。これまで慣例のように行われてきた出演シーンのカットや再編集、制作や公開を自粛すれば済むという風潮に疑問がありました」

制作サイドの意思は固かったが、公開までに約2年半の月日を要した。

●「変わらず応援する」という言葉に応えたい

加瀬さんによると、関係者の中には、制作側の判断に理解を示す人もいれば、不安を抱く人もいたようだ。

「(不安を抱くのは)当然だと思います。もちろん、全員が納得してくれたかどうか、私たちの判断が正しかったのかは今も分かりません。しかし、なかったことにしてごまかすようなことだけはしたくありませんでした。ですので、関係者への説明に時間をかけました」と加瀬さんは話す。

2016年12月に公表された声明には「これからの更生の道は、長く険しいことと思います。苦しくなった時、思い悩んだ時、この映画の存在が、少しでも彼の励みや支えになったらと願って止みません」とも書かれている。

「映画そのものが彼の今後に直接出来ることはありません。ただ、ちょっと抽象的言い方になってしまいますが、こちらからは手を離さないというか、関係ないふりはしないというか、そういう気持ちです。

私自身が、スタッフやキャスト、北沢楽天の地元・大宮の関係者、友人らの『変わらず応援する』という言葉に励まされ続けているので」(加瀬さん)

テレビや映画業界の自粛措置については「作品と出演する芸能人が起こした問題は無関係なのではないか」「作品に罪はない」と疑問視する声も少なくない。

「漫画誕生」は「東京国際映画祭」(2018年)の「日本映画スプラッシュ部門」に選出された。海外記者も注目し、日本の漫画文化などに関する質問が相次いだという。

加瀬さんはインタビューの最後、次のように話した。

「過度な自粛は、表現を含めたすべてのものに対する萎縮を促してしまうように思います。見えない同調圧力が分断と対立を生み出し、ますます不寛容になっていくと、自由そのものが失われてしまいます。

自粛により、薬物依存に悩む当事者は、問題そのものに向き合う以上に『孤立する恐怖』を感じてしまうようになるのではないでしょうか。また、中には『当事者と自分たちは違う人間』と一線を引いてしまい、問題を情報として消費するだけになってしまう人もいるかもしれません。厳罰化ではなく、回復のサポートをし、再起のできる社会を目指す必要があると思います。

映画を公開したからといって、問題のすべてが解決するわけではありません。これからも考え続けていかなければならないと思っています」

●<映画情報>明治、大正、そして激動の昭和を描き続けた北沢楽天

映画の舞台は開拓の明治に始まり、華やかな大正、そして軍国主義の昭和へと突入する。どの時代においても、絵を描くことができる場所を確保しようと活動し、求められるものを描き続けた北沢楽天。

彼が本当に描きたかったものはなにかーー。

「検閲」によって「表現の自由」が制約されていた時代を悩みながらも絵を描き続けた楽天。その姿をみると、「自由」があるからこそ、バッシングによる排除がおこなわれている現代社会がはたして「正しい」といえるのか考えさせられる。

映画は東京・ユーロスペースで公開中のほか、全国で順次公開される。

【『漫画誕生』作品情報】

WEBサイト: https://www.mangatanjo.com/

芸能界の薬物「自粛モード」に異議「社会から抹殺する風潮に疑問」映画プロデューサーに聞く