三浦春馬に上白石萌音杉咲花小泉孝太郎も登場! と聞けば新作の映画かドラマのPRと思ってしまうが、そうじゃない。この秋に開かれている大型美術展で、音声ガイドのナレーターを務めているのがこの面々なのだ。 

 美術館はいまや一大エンターテインメントの場だ。目玉の展示作品を堪能するのはもちろんだけど、その前後に館併設の洒落たレストランカフェで食事をし、充実したグッズ売場を渉猟、美麗なカタログを手に家路へ……。多彩なお楽しみが揃っている。その欠かせぬメニューのひとつに、音声ガイドがある。各展が人気の俳優や声優を起用し、話される内容は簡潔でタメになり、親密感もたっぷり。声の主のファンならずとも、一聴に値する。 

「ひとつの独立したコンテンツとして成立するよう、長年趣向を凝らしてきました。音声ガイドは会場でしか聴けないもの。その場に行ってこそ楽しめる体験型のエンターテインメントなんです」 

 そう話すのは倉田香織さん。音声ガイドのコンテンツ制作から機器の貸し出しまでを手がけるアコースティガイド・ジャパンの代表を務める。 

 アコースティガイドは日本の音声ガイド界の草分けである。制作する音声ガイドは大型企画展だけで年間50本超。先に挙げた俳優たちが参加した音声ガイドも、すべて同社の制作となる。

 それぞれ三浦春馬は東京都美術館コートールド美術館展 魅惑の印象派」(12月15日まで)、上白石萌音は横浜美術館オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」(2020年1月13日まで)、杉咲花は上野の森美術館ゴッホ展」(2020年1月13日まで)、小泉孝太郎Bunkamura ザ・ミュージアム建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン 候爵家の至宝展」(12月26日まで)といった具合だ。 

「音声ガイド自体は世界中の美術館博物館、観光地などで普及していますが、著名な俳優や声優を起用して、聴いて楽しいものをつくり上げるスタイルは日本独自ですね」 

 と倉田さんは教えてくれる。そもそもコンテンツとして「聴いておもしろいもの」へと音声ガイドを独自進化させたのは、アコースティガイド・ジャパンだった。 

シニア向けサービスだった音声ガイド

 米国で創業、各国に音声ガイドを広めていたアコースティガイドが日本支社を立ち上げたのは1998年のこと。それ以前から日本の美術館博物館に音声ガイドは存在したものの、暗がりで小さいキャプションや解説パネルを読むのがつらいシニア層向けサービスの色合いが濃かった。 

 そんな中、アコースティガイド・ジャパンは音声ガイドの刷新に乗り出す。内容の充実には、倉田さん自身も深く関わってきた。 

「日本支社立ち上げの半年後に入社した私も、いきなりコンテンツ制作に携わることとなりました。設立したての当社が初めて担当した大規模展は、上野の森美術館で開催された『パリ・国立ピカソ美術館所蔵ピカソ』展。音声ガイドでは、ピカソが画風の変遷と共にパートナーの女性も変えたことを切り口に、女性アナウンサーの方たちを起用して、パートナー役を演じていただいた。ただ、当時は音声ガイドがそれほど普及していなかったので、来館したお客様に『アナウンサーさんたちが館内を案内してくれるの?』と聞かれたりもしました(笑)」 

 この展覧会がきっかけとなり、著名人を音声ガイドに起用するスタイルが全国的に定着していった。 

台本はオリジナルで書き上げる

 アコースティガイド・ジャパンでは、周辺情報を独自にリサーチし、オリジナルで台本を書く。 

「当初は台本を読んだ学芸員の方から『こういう表現は学術上どうなのか』『かなり簡潔にしてあるが、もうすこし詳しく説明したほうが……』と指摘を受けることも多かったんですよ。でも、大前提として、目で見て分かりやすい文章と、耳で聞いて分かりやすい文章って全く違う。おまけに、音声にはあまり字数を詰め込むことができません。1分間で、300文字程度が理想的と言われているので。 

 そうした意図を丁寧に説明したり、情報の出典を細かくお伝えるようにしました。すると、美術館や主催者の方々との信頼関係もできてきて、内容もかなりお任せいただけるようになった。今では、学芸員の方に『こんな情報、よく調べてきたね』とお褒めいただくこともあります」 

 台本について語るときの倉田さんは、徹底的に顧客目線だ。 

「台本を書いていると、ふと思ったりするんですよ。これはドラマセリフ調にしたらもっと喜んで聴いてもらえるんじゃないか、掛け合いみたいにしたほうがわかりやすくなるんじゃないか。子どもがたくさん来る博物館の展示なら、スピーディな展開にして効果音を入れて惹きつけたらどうか……。それでいろいろと工夫を入れ込んでみたところ、幸い好評を得られまして、だんだん定番化していきました。

 音声ガイドで大切なのは、使う方にとってわかりやすくて楽しんでもらえるものであるかどうか。そこを最優先して、つくる側の私たちも『素人の目線』を忘れぬよういつも心がけています」 

 台本作りが本格的に始まるのは、展覧会開始の約4ヶ月前。そのうち1ヶ月は多言語対応に費やすことが多いため、実質の制作期間は3ヶ月という。かなりの急ピッチでは? 

「言われてみれば、そうかもしれません(笑)。出品リスト(編集部注:出品される作品のリストのこと)も早くは決まらないし、決まった後も、『やっぱりこの作品、借りてこられなかった!』ということもあります。 

どの作品に音声ガイドをつけるかも、お客様の動線に関わってくるので、会場の図面が上がってくるまで決めることができません。ガイドをつけたいと思っていた作品が同じ部屋に4つも5つも固まってしまったときは、泣く泣く別の作品に変更することも」 

刀剣乱舞コラボが声優起用の起爆剤に

 俳優や女優にナレーションを依頼するのは、彼ら彼女たちの「声の技術」への期待とともに、ふだん美術展とは縁遠い層にアピールする狙いもある。 

美術館博物館はもともとシニア層にはよく足を運んでいただいており、これからは若い世代にどう馴染んでもらうかが課題。俳優さんや女優さんに架け橋となってもらえたらとの思いはあります。 

 最近では、声優さんを起用させていただくことも増えています。ふだん美術展にあまり接点のない、新しい客層を呼び寄せてくれますし、声優のファンの方ってモチベーションがとても高いんです」 

 音声ガイドへの声優の起用のトレンドも、アコースティガイド・ジャパンが手掛けた展覧会が起爆剤となった。 

2015年京都国立博物館で行われた『特集陳列 刀剣を楽しむ─名物刀を中心に─』でゲーム刀剣乱舞』とのコラボレーションを企画させていただき、大きな反響がありました。試行錯誤したのは、(『刀剣乱舞』の)ニーズのあるところにはきちんと届くようにしつつ、『刀剣乱舞』を知らないお客様には鑑賞の邪魔にならないよう配慮すること。 

 博物館の中でキャラクターを出すのは難しかったので、キャラクターは音声ガイド機の画面でだけ見られるようにしたり、ツイッターでは告知するけれど、オフィシャルのチラシには載せなかったり。それでもファンの方はキャッチしてくださって、大成功だったんですよ」 

眼は作品に集中してもらうために、情報は音声で

 アコースティガイド・ジャパンが牽引するかたちで2000年代以降、日本の美術館で音声ガイドは急速に存在感を増した。が、ひとつ疑問も浮かんでくる。大型企画展では世界的な名画が大量に運ばれてきて展示される。本物とじっくり対峙して味わうだけでじゅうぶんという面はないだろうか。音声で解説を加えたり盛り上げたりする必要性はどれほどあるか。 

「そうですね、絵の脇にあるキャプションを読めばそれでいいじゃないかという声は当然と思います。ただ、その場で書き文字を読むとなると、それも視覚で情報を得るかたちになってしまうんですね。せっかく実物の作品が目の前にあるのだから、それを楽しむために視覚はとっておきたい気もします。

 眼は作品に集中しておいていただいて、補足の情報は音声で摂取していただくとバランスがいいのではないかと。内容をつくる側としては、作品と向き合っているお客様の邪魔にならないよう、出過ぎた演出はしないことを肝に銘じています」 

 1999年に入社して以来、倉田さんはコンテンツ制作はもちろんのこと、見積もり作成や営業まであらゆる仕事をこなしてきた。美術業界とのつながりも深まり、周囲から推されるかたちで代表となって現在に至る。事業として見た場合、現状は順調だろうか。 

「現在は会社全体で同時期に十数件の特別展と常に関わっている状態。社員は少数精鋭なので全員フル稼働ですが、学芸員有資格者をはじめ、イベント運営経験者や元編集者らいろんなバックグラウンドを持ったスタッフがいるので、それぞれの強みを生かして仕事を回せていますね」 

音声ガイド業界、次なる一手は「インバウンド」

 進化してきた音声ガイドの世界に、次なる一手を打つ予定はすでにある? 

「ありがたいことに、この音声ガイドを聴きたいから美術展に行く! という方も出てきてくれていますので、まずはそうした期待にしっかり応えたい。そのためにはガイドの内容ありきでしょうね、いっそうの充実を図りたいです。 

 あとは観光スポットで、もっと音声ガイドが活用されるようにしていけたら。ニューヨーク自由の女神だったり、バルセロナサグラダ・ファミリアなど著名な観光地では、音声ガイドが用意されている例は多く、たくさんの人がサービスを使っています。日本にも歴史的建造物や自然などたくさん観るべき場はあるのですから、そういうところに音声ガイドを普及していけたら。もっと言えば、そういった場所での多言語化も強化していきたい。 

 近年、外国語の音声ガイドの貸し出しがすごく増えていて、日本語版よりも中国語版の貸し出し数が多い、なんて館も出てきている。たとえば、日本美術の展覧会で、日本で生まれ育った方とは前提知識が異なる方におもしろいと思っていただくには、何をピックアップすべきか。日本語の音声ガイドを単純に翻訳するだけでは不十分だと思っているんです。音声ガイドは、日本という土地の魅力をもっと知ってもらう格好の入口にもなれると思っています」 

 まずは美術館に出向いて、入口付近にある音声ガイドサービスの窓口で足を止めてみては。一聴すれば、内容の充実ぶりとサービスとしての進化の度合いを実感できるはずだ。 

写真=深野未季/文藝春秋

(山内 宏泰)

アコースティガイド・ジャパン代表・倉田香織さん。背後にはアコースティガイド・ジャパンが音声ガイドを担当した展覧会のポスターが並ぶ