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今回紹介するのは、ネットフリックスにて配信中の『激突! スクールバス・レース』である。もうタイトルで大方の内容を説明してしまってる気がするが、スクールバスがレースをやって激突するドキュメンタリーである。

スクールバスが走ってぶつかる! バカすぎるレースに賭ける3人のドライバー
スクールバスでレースをやってぶつけて遊ぼうなんて、どうせそんなことを考えるのはアメリカ人だろう……と思ったアナタは鋭い。このドキュメンタリーの題材となった「クラッシュ・ア・ラマ フィギュア・エイト・レース」の舞台はフロリダ州のオーランド・スピードワールド。オーランドは近所に遊園地や保養所やゴルフコースがゴロゴロある、全米屈指のリゾート地帯。そんなところに建つ、金網に囲まれたダートコースのレース場がスクールバス・レースの舞台である。

このレースの創始者はバッキー・バックマンという男。スクールバスの整備士をしていたバッキーは、当時安価だった中古のスクールバスが走り回りぶつかり合う過激なレースを考案。思いついたが吉日とスピードワールドオーナーにプレゼンしてレース開催までこぎつける。8の字レースという名前の通り、コースは8の字型で中央に交差点がある。車体の長いバスがひしめき合って走りながら交差点に突っ込むので、当たり前だが別方向から走ってきたバスと衝突する。「でかい車が衝突して壊れると嬉しい!」という気持ちに正直なレギュレーションである。

しかしバッキーはしばらく前に亡くなってしまったため、現在スクールバス・レースの営業を行っているのはドン・ネローンというおっさんだ。『激突! スクールバス・レース』ではこのドンを中心としつつ、チャック、ブッチ、ベンという3人のドライバーがレース本番に挑むまでの2週間に密着する。この3人がまた、妙にキャラの立ったおっさんたちなのである。

チャックは草レースの有名人。何十年も田舎のダートコースを走り回り、数々のレースで優勝してきた男である。プロポーズも結婚式もレース場で行い、ガリガリに痩せたTシャツ姿で頭に野球帽を被った姿は典型的なレッドネック(アメリカの田舎白人を意味するスラング)そのもの。現在もドライバーとしてレースに参加しつつ、ドンの右腕としてスクールバス・レース自体をサポートする。

ブッチも長年の経験を持つプロレーサーだが、こちらは奥さんもレーサー、さらに息子もレーサーという走り屋一家のお父さんである。寄る年波には勝てずボチボチ引退も考えているが、その前になにか爪痕を残しておきたい……ということで、次回のスクールバス・レースに全力で挑む。もちろん家族が全員レーサーなので、レース参加に関して家族の理解があるのも強みだ。

巨漢のベンに至っては、なんと本物のスクールバス運転手である。早朝に起きてバスに乗って子供達を学校に送り、昼過ぎから夕方にかけて今度は子供達を家に送り届ける仕事の傍で、自分のレース用スクールバスを整備して戦いに備える。豪放そうな見た目と裏腹にちょっぴり気が小さく、交差点に突っ込んで行くときに足が震えるのが悩みのタネという、なんだかかわいいところもある男である。

この3人がそれぞれの事情を抱えつつ、レース当日までどのように準備を進めるのかを追う。近年スクールバス・レースは人気が出てしまい、似たようなイベントが各地で開催されている。その結果中古のスクールバスの値段が高騰、レースで走る20台を用意するだけでもなかなかの骨折りになってしまう。運営のドンとチャックはバスのオークションに参加して中古の部品を買いあさり、なんとか動けるバスの数を揃えるために奔走。ブッチやベンも自分の一台を用意するために必死である。おっさんたちが意地でもバスを用意しようとドタバタするのだが、しかしレースが終わればどのバスもボコボコにぶっ壊れる。「こんなに頑張って部品を揃えたのに……?」という気分になるが、これはそういう、腰が抜けるほどバカバカしいことに必死になる人を見る番組なのだ。

車がひっくり返ると楽しい! アメリカの田舎者の自由さにシビれろ
スクールバス・レースを見にきた観客たちは口々に「衝突するところを見にきたんだ!」「車が横転するのを金曜の夜に見るのは最高だね!」「渋滞でイラつくと他の車を破壊したくなるだろ? そういう気持ちを発散しにきたんだよ!」とビール片手にニコニコ笑いながら話す。スクールバス・レースは「めちゃくちゃ面白く演出された交通事故」なわけで、そりゃもちろん見てて楽しいに決まっている。しかも入場料はたったの20ドル。日本で言えば、映画を一本見るくらいの金額で20台近くのバスがぐるぐる回ってぶっ壊れるところをワーワー言いながら眺められるのだ。おれだって近所でやってたら見に行くと思う。

レース本番になれば、自分たちで勝手に改造したバスがぞろぞろと登場。戦車の砲塔のように大砲が突き出したバスやら蜘蛛の巣が描かれたバスやら、いずれも手作りなので見た目はガチャガチャだがとりあえず走れる。一応ルール上は故意に他人のバスを破壊するのは禁止されているが、競り合えばガンガンぶつかるし横転は日常茶飯事交差点に突っ込めばボンネットがひしゃげ、ラジエーターがぶっ壊れてエンジンが発火する。しかもそれが全部スクールバスなのだ。怪獣大戦争みたいなもんなわけで、これが面白くないはずがない。

このレースでチャック、ベン、ブッチがどのように戦ったか……というのも見所だが、『激突! スクールバス・レース』のもう一つ面白いポイントとして「アメリカの田舎白人の生活のディテールがむき出しで見られる」というのがある。チャックの家族が雑魚寝しているのはベッドじゃなくて居間のソファーだし、出てくるおっさんたちの着ているTシャツは割ともれなく汚い。ヒゲは伸び放題でムクムク太り、誰に断るでもなくバカバカ煙草を吸うという、「本当にこういう人たちっていたんだ……」と感動するほど完成したルックスだ。

大体、「バスをぶつけて遊ぶと面白い」という思いつきを本当にやっちゃうような人たちである。終盤、ドンが「人々が物を壊して楽しむのは自然なことだ」と最高の名言を吐くシーンがあるが、そんな欲求に正直な人たちなんだから、他人からどう見えるかなんてことにこだわるわけがない。にも関わらず、レースまでにスクールバスの台数が全部揃うかに心を砕き、どうせぶっ壊れるのに本番までになんとか動く状態まで持っていこうとする。スクールバス・レースは「全身全霊で底抜けにバカなことをする」という、レッドネックの矜持すら感じるイベントなのだ。正直、バスをぶつけて遊んでいる彼らが羨ましくて仕方ない。おれも大きくなったらアメリカ人になりたいと、心底思わされる一本である。

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもと
どうもみなさまこんにちは。細々とライターなどやっております、しげるでございます。配信中毒21回。ここではネットフリックスやアマゾンプライムビデオなど、各種配信サービスにて見られるドキュメンタリーを中心に、ちょっと変わった見どころなんかを紹介できればと思っております。みなさま何卒よろしくどうぞ。