(舛添 要一:国際政治学者)
1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊し、12月3日には、アメリカのブッシュ(父)大統領とソ連のゴルバチョフ大統領が地中海のマルタで会談し、「冷戦の終結」を宣言した。それから、30年が経ったのを記念して、ロンドンでNATO首脳会議が開催された。
新しい時代が到来したという30年前の熱気は雲散霧消し、米欧の対立が目立つ首脳会議であった。フランスのマクロン大統領は、NATOを「脳死状態」と称したが、トランプ大統領はこれを「不快な表現」として反発した。また、自分を揶揄するカナダのトルドー首相の発言が漏れてしまい、これに怒ったトランプは「彼は裏表のある人間だ」と言い残し、会見も開かずにワシントンに戻っていった。
(参考記事)トルドー首相やアン王女、トランプ氏をサカナに歓談? NATO70周年
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58499
「ドイツが世界の脅威にならないための仕組み」がNATOやEUの「裏テーマ」
第二次世界大戦後、ソ連の脅威に対応するため、1949年4月に、米英仏など12カ国でNATOを結成した。1955年11月に西ドイツが再軍備し、NATOに加盟すると、ソ連をはじめとする東側8カ国はワルシャワ条約機構を発足させて対抗した。
近代史を振り返ると、普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と、すべてドイツとフランスの対立が基本であり、イギリスは欧州大陸のバランサーとして「光栄ある孤立」を保ってきた。英仏に対して遅れて近代化したドイツとロシアは、目覚ましい勢いで工業力を強化し、人口も増やしていった。
欧州大陸に覇を唱えようとするドイツの脅威にいかに対抗するかということが他の欧州諸国の最大の関心事であった。ヒトラーの野望は、世界を第二次世界大戦へと導いたのである。そして、その野望を壊滅させたのが、アメリカとソ連であった。
ドイツ敗戦後は、民主主義vs共産主義というイデオロギー対立を軸に、アメリカ圏とソ連圏という2つの陣営が覇権を競う国際政治体制ができあがった。ドイツやイタリアや日本の弱体化が戦勝国の目的であった。
また、二度と世界戦争を起こさないために、フランスとドイツとが協力できる体制を構築することを両国の指導者たちが模索した。その結果、戦争の原因となる資源獲得競争を避けるために、ヨーロッパが共同で資源を管理する体制を築くことにし、ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)やヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)を発足させたのである。これが、EEC、ECを経て今日のEUに発展している。
ドイツは東西に分断され、ドイツの弱体化を進めることになった。こうして、ソ連の脅威に対抗するためのNATO、ヨーロッパの統合を進めるためのEU、いずれも実はドイツが再び世界の脅威とならないための仕組みだという意味もあったのである。
「強いロシア」への欲望牽制がNATOの新たなテーマ
しかし、戦後44年が経過してベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終焉した。そして、ソ連圏が崩壊し、東西ドイツが再統一した。対抗すべき敵が消滅したNATOは、その存在意義を失ったと言ってもよい。そこで、NATOは、1991年に、周辺地域における紛争を脅威と考え、そのような紛争を予防することを新たな目標としたのである。
その具体例が、1992年のボスニア・ヘルツェゴビナ内戦や1999年のコソボ紛争である。バルカンは、第一次世界大戦の引き金を引いた地域であり、この地域への軍事介入に踏み切ったのである。
ワルシャワ機構軍崩壊後、東欧諸国も、相次いでNATOに加盟していった。1999年にはポーランド、チェコ、ハンガリー、2004年にはスロバキア、ルーマニア、ブルガリア、バルト三国、スロベニア、2009年にはアルバニアとクロアチア、2017年にはモンテネグロが加盟した。
バルカンへの介入とともに、NATOは、テロとの戦いにも積極的に参加するようになった。2001年9月11日のアメリカでの同時多発テロの後、タリバンが本拠地を置くアフガニスタン攻撃に参加している。また、2011年にはリビア内戦にも介入している。
以上のような経緯を経て、NATOは、今年、設立70周年を迎えたのである。しかし、ソ連邦崩壊後に生まれたロシア連邦は次第に国力を強化し、再び欧米に対する脅威となっている。2014年には、ウクライナの領土であるクリミアを併合したが、これは武力によって第二次世界大戦後の国際秩序を覆そうとする試みであり、プーチン大統領による「強いロシアの復活」を求める動きの象徴である。
現在のNATOの課題は強大化するロシアをどう牽制するかということである。しかし、アメリカでトランプ大統領が誕生したことは、様々な面でNATOの行動の足枷となっている。
トランプに翻弄される欧州
ロシアが大統領選に介入し、ヒラリー・クリントン陣営が不利になるように仕組んだのではないかというロシア疑惑が問題になったが、そのこともあって、トランプ政権はロシアに対して強硬姿勢はとれないのではないかと懸念もされてきた。
しかし、トランプは、アメリカ第一主義の原則の下、民主党との違いを際立たせ、人気取りの外交に終始してきた。
第一は、中東政策の転換である。欧州諸国の反対にもかかわらず、イランとの核合意から離脱したため、イランは経済的苦境に陥り、中東地域の大きな不安定要因となっている。アメリカが核合意にとどまっていたら、ホルムズ海峡の緊張は高まっていなかったであろう。また、親イスラエル政策を推進し、エルサレムをイスラエルの首都と認めたり、国際法違反のヨルダン川左岸の入植を認めたりして、パレスチナ側の大きな反発を呼んでいる。
さらに、今年の10月には、トランプ政権は、NATOとの事前協議もなしに、シリアからの撤退を決定し、IS掃討作戦に利用したクルド人を見捨てている。そのため、シリアには力の空白が生まれ、ISが収容所から逃亡している。
そこで、トルコのエルドアン大統領は、クルド組織がトルコに対するテロ活動を展開しているとして、国境線を越えて、シリアに武力侵攻していった。NATOの加盟国であるにもかかわらず、トルコはロシアとともにシリア北部をパトロールし、またロシア製の兵器も購入している。
米軍が撤退し、その後の治安維持をロシアに任せるなどという政策をフランスが認めるはずもなく、それがマクロンの「脳死」発言となったのである。イランに対しては強硬姿勢、シリアでは撤退という首尾一貫しないトランプの姿勢に欧州は翻弄されている。
メルケル首相は、マクロン発言を批判し、米欧同盟、NATOの重要性を強調している。ドイツは第二次大戦の敗戦国であり、核保有が認められていない。そこで、アメリカの核抑止力に依存しないかぎり、ロシアの核の脅威から逃れられないのである。
一方、フランスは戦勝国であり、独自の核戦力を保有し、さらに空母を含め遠隔地への介入能力を有している。これもまた、フランスがアメリカを強く批判できる背景である。
目立つための外交は、イランとの核合意離脱のみならず、米ロ間のINF(中距離核戦力全廃条約)廃棄という形でも表れている。ロシアが条約違反を繰り返しているというのが破棄の理由である。米ロ間でINF開発が盛んになれば、ヨーロッパもロシアの核に対抗するためのミサイル防衛(MD)が必要になってくる。
アメリカの国防費は突出しているのに、NATO加盟国の国防費が少ないとして、トランプは増額を求めており、これもまた米欧対立の1つの要因となっている。GDPの2%を目標としているが、アメリカが3%を超えているのに対して、トルコやフランスやドイツは2%に達していない。これがトランプの不満の種である。
今回のロンドン首脳会議では、ロシアについても欧州・大西洋の安全保障上の脅威と位置づけるとともに、中国が国力を増強させ、世界への影響力を増大させていることへの懸念が示された。ヨーロッパは、5Gについて中国と一定の協力をしており、世界の覇権を中国と争っているアメリカとは微妙に立場が異なるが、中国の存在がNATOにとっても大きな関心事となっていることに注目したい。
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