泣く子も黙る北朝鮮の秘密警察、保衛部。北朝鮮国民の一挙手一投足を監視し「問題がある」と見なした人々を摘発、拷問を加えて収容所送りにするにとどまらず、狙いを定めた相手の財産を骨の髄まで吸い取る「金の亡者」ぶりで、怨嗟の的となっている。

そんな保衛部で咸鏡北道(ハムギョンブクト)の国境地域を担当するアン少佐が、ソンという名の15歳の女の子を引き取り、養子にした。「鬼の目にも涙」というわけなのだろうか。いや、そうではなかった。

ソンには42歳になる母親、リさんがいるが、離れ離れで暮らしていた。経緯は不明だが、おそらく経済的理由で、母親は国境の川を渡り中国に働きに出たもようだ。家に一人残された娘を、アン少佐が引き取ったというわけだ。

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少佐は表向き、「現在、党は越境者(脱北者)の子どもたちは、両親の罪とは関係なく、真の社会の構成員として育てることを望んでいる」と語っていたが、実は母親をおびき寄せるためのおとりとして、娘を利用したのだった。脱北者やその家族のような弱い立場の人々を、保衛部は遠慮なく食い物にする。その手口は次のようなものだ。

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少佐はまず、娘に中国の携帯電話を貸し与え、母親に「無事に暮らしている」と伝えるように誘導した。それを何度も繰り返し、時には台本を作って読み上げさせるという作戦を行ったりもした。

しばらく経って、少佐は母と娘の会話に「養父」として加わるようになった。「ちゃんと面倒を見ているから心配は要らない」と伝えるものだったが、娘にはこう言うように強いていた。「カネの無心をしろ」と。やがて、生活費や教育費として仕送りが届くようになった。

何事もなく6年のときが過ぎたころ、少佐が次の動きに出た。母親の逮捕だ。

母親に「娘に会ってやってほしい」「養父の私を信じて川を渡って戻って欲しい。安全は私が保証する」と何度も説得を繰り返し、ようやく承諾を取り付けた。

そして今月9日の深夜0時。国境の川を渡った母親を待ち構えていたのは娘ではなく、逮捕班だった。

咸鏡北道保衛部の集結所に勾留後、保安署(警察署)に身柄が引き渡された母親は、判決が下るのを待っている。脱北後に強制送還された人に対する処罰は以前と比べると軽くなったとは伝えられているが、それでも教化所(刑務所)の劣悪な環境は身にこたえるだろう。

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また、少佐は娘を学校に登校させておらず、生活費とし送金したカネは娘の「私教育費」として使っていたことが後になってわかった。少佐が逮捕の功労を認められ受け取った表彰状には、母親が汗水たらして稼ぎ娘のためにと送った「私教育費」の使いみちが書かれていたのであった。

【表彰状】

過去6年間にわたり秘法越境者に対する思想教養事業を行い、彼らが再起の道を歩めるように助け、保衛イルクンの使命感を懐き、党による任せられた革命任務を最後まで遂行した。また、道保衛部の革命思想研究室の整備事業に必要な資金を集め、この事業に寄与したことで、保衛イルクンとしての模範となった。

情報筋はこのアン少佐の一件を受けての現地市民の反応を伝えていない。まだ、広く知れ渡っていないのかもしれないが、そうなればアン少佐はその極悪非道ぶりで激しく罵られるであろう。恨みを買った保衛員、保安員などが報復で殺害される事件が多い昨今、それだけで済まされないかもしれない。

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金正恩(キム・ジョンウン)氏