現在公開中の『HUMAN LOST 人間失格』にて脚本を担当した人気作家・冲方丁と、最新作「人間」を発表したばかりの又吉直樹の対談が実現!日本文学の傑作・太宰治の「人間失格」をSFダークヒーローアクションものとして大胆にアレンジした本作を通して、人気作家である2人に“太宰論”を語ってもらった。

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■ 「(太宰治に)一番惹かれるのは、お笑いの部分です」(又吉直樹)

――お2人にとって太宰とはどんな存在なのでしょうか?

又吉直樹(以下、又吉)「本を読み始めてすぐの頃に出会った作品が『人間失格』でした。そこには、人前で話すべきではないと僕の心の中に留めておいたことが書かれていました。自分が抱いていた感覚は特別なものではなく、みんなが持っている共通の感覚だと教えてくれた存在ですね」

冲方丁(以下、冲方)「現代文学においてと露悪な感覚は一般的だと思うのですが、太宰が生まれた時代は露悪的なこと、羞恥や包み隠すべきものの露出というのはセンセーショナルなものだった。そこが多くの読者にウケたのだと思います。その一方で、文芸界からは半分嫉妬もあった存在だったのかなと」

――又吉さんの太宰好きは有名で、驚くようなエピソードもあったりしますよね。

又吉「僕の住んでいたアパートが太宰の家があったところだったとか、たくさんあるのですが、それって、僕のように太宰のことに興味がなかったら気づかない偶然。自分が太宰を好きだから、共通点が見つかっただけのことだと思っています」

冲方「太宰に惹かれるのは作品ではなく人間としてなのですか?」

又吉「一番惹かれるのは、お笑いの部分です。自分の抱えているものを内面に隠したままの状態は結構しんどいもの。太宰の作品は、それを隠さずにおもしろおかしく書いているものが多い。人にしゃべることでだいぶ楽になること、僕の最初の表現に一番近いと感じて惹かれていった気がします」

冲方「ご自身の中にあるものを解放する術を求めて太宰を読んだのか、それとも多くの人たちの中にあるものを解放させたいと思って太宰作品から術を学んだのですか?」

又吉「テレビなどで説明するときは便宜的に“尊敬”とか“影響”という言葉を使っていますが、どちらかというと僕は太宰のことをすごく好きな一般の読者と同じで、身近な頼もしい存在という感じで受け取っています。自分より前の時代を生きた人間でも同じような感覚を持っていた。だから僕の感覚は普遍的なものなのかもしれないと、太宰作品で答え合わせができました」

冲方「僕はわりと太宰作品のエキセントリックな部分を見がちだったので『寄り添ってくれる存在としての太宰』というのは発見ですね」

又吉「先ほど、冲方さんがおっしゃっていた露悪的な部分というのは、僕から見るとお笑いの“ふり”に感じます。太宰はナルシストと受け取られがちですが、それはその後の失敗を際立たせるための“ふり”なんです。月夜を一人で歩きながら、『ちょっと気取って、ふところ手して歩いた。ずいぶん自分が、いい男のように思はれた』といった文章にそう思います。そこだけ読むとナルシストなんですが、その文章は『財布を落とした』と続くんですね。自分が男前のように見えた直後に、財布を落とす。ただ財布を落とすのでは足りない。めちゃくちゃカッコつけてたけど、カッコ悪い失敗をしたという“ふり”と“転び”がセットになっているんです」

冲方「自分の理想と現実のギャップをよく知っている方の文章ですよね」

■ 「世の中にいる全員が人間失格していることにしました」(冲方丁)

――大好きな太宰の「人間失格」が大胆に生まれ変わった、『HUMAN LOST 人間失格』の感想を教えてください。

又吉「タイトルだけ聞いてから観たので、すごくびっくりしました。世間と自分との距離を計り損ねて、個人の集まりである世間に脅威を感じ、社会全体が怖く見える。ここで生きていける気がしないという感覚は、『人間失格』の大きなテーマで『HUMAN LOST 人間失格』とも通底していると思いました」

冲方「まさかそんなお優しい言葉をいただけるとは(笑)。大庭葉藏のあやふやさ、自分のことしか考えてない堀木と、相手のことしか考えていない美子の間で振り子のように揺れていく姿はものすごく現代的。よく生きよう、正しく生きようとした結果、何もかも失ってしまう。これはある種の警告、風刺、ギャグでもあると感じ、これならやれると思いました。ただし、SFにする場合は、個人が経験したものが全人類に与える影響を描く必要があるので、意図的にタイトルの意味をひっくり返して、世の中にいる全員が人間失格していることにしました」

又吉「葉藏、美子、堀木のそれぞれが描いているビジョンが拮抗している状態から、このバランスがどう崩れて世界が変化していくのか、それを観るのがおもしろいと思いました」

冲方「葉藏、美子、堀木は抜群の人物配置で成り立っています。そこには不思議な関係が存在しているのですが、個人を描きながら人間関係を描くことで葉藏の所在のなさを描いています。そこはズレないように相当意識しましたね」

――お2人は今回が初対面ということですが、作家としてのお互いの印象を教えてください。

又吉「『HUMAN LOST 人間失格』を観て、ますます興味が湧きました。僕は『人間失格』を自分のテキストにしていて、もう100回以上は読んでいます。読む度に見えてくるものは違っているのですが、本質的なテーマは変わりません。これだけ別の世界を構築していく中でも、本質的なテーマ、僕がすごく重要だと思っているところが描かれていたので、うれしかったです。あらためて沖方さんは凄い作家さんだなという印象を持ちました」

冲方「肝が冷えますね(笑)。以前から、(編集の)担当さんが同じということもあり、勝手にご縁を感じていました。あるテレビ番組で、又吉さんがお笑いのシナリオを書くシーンを観たのですが、出来上がったものがすごくウィットに富んでいたのですごく印象に残っていました。その後に、本を書かれたと聞いて『だよね、絶対書く人だよ』と思いました。最新作『人間』の中でも『人間失格』のタイトルが出てくるし、映画公開の時期に合わせたように発売されるというのも、又吉さんが呼んでいるような気がしています」

■ 「太宰は精神的に不安定だったと解釈している部分はある」(又吉直樹)

――又吉さんの新作「人間」はいかがでしたか? 

冲方「なんでこんなにナイーブな才能に関する感性があるんだろうって思いました。ユーモアがあり、バランス感覚がある気がしています。『人間失格』を読んだ時に、太宰はすごくバランスが取れている状態だと感じました。又吉さんの作品にも共通する部分だと思います。すごく繊細な作品は自分がブレた状態では書けません。太宰も又吉さんも精神的に安定した状態で書かれていると感じましたね」

又吉「ありがとうございます。自分たちが『人間失格』を読む時の感覚や状況に合わせるために、太宰は精神的に不安定だったと解釈している部分はあると思います。手記として書かれている自分語りの部分と、“はしがき”と“あとがき”の他者語りの部分とでは葉藏の見え方が全然違うという点にも冷静さを感じます。ちゃんと構造的な小説になっていますからね。安定した状態で書いたと、僕も思っています」(Movie Walker・取材・文/タナカシノブ

『HUMAN LOST 人間失格』脚本の冲方丁と、芸人で作家の又吉直樹が対談