(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 文在寅政権になって初めての中国要人の韓国訪問。それは5年振りの王毅・外交担当国務委員兼外相の訪韓であった。この訪問は韓国にとって、中国との友好協力関係を国民に訴えるまたとない機会となるはずであった。文在寅政権の外交が世界の首脳から敬意をもって受け止められておらず、国民に不安を与えてきたので、ここで中国との信頼関係を印象づけることが重要だったのだ。

 しかし、王毅外相の韓国における傍若無人な行動、韓国に関する過大な要求、韓国の同盟国・米国に対するあからさまな批判は、韓国国民にどのように受け止められたであろうか。これに対し、きちんと反論もできず、中国側の一方的要求を国民に対して隠すことしかできない韓国政府。韓国国民ならずとも不安になってくる。

日米韓の連携に楔を打ち込むための訪韓か

 今回の王毅外相の訪韓は、日韓のGSOMIAの破棄が延期された直後であった。ただ、GSOMIA破棄直前の韓国側の慌てぶりから見て、日米韓の連携を重視して破棄を凍結したのではないことは容易に想像できる。それはあくまでも米国の圧力に屈して一方的に降りたものである。

 その結果、文在寅政府には米国に対する不満が充満していることであろう。そう読んだ中国は、ここでもう一押しし、韓国が米国の強い要求で配備しているTHAADを完全に韓国から撤去させようとしたのではないか。加えて、米中間で対立している貿易問題でも米国の理不尽な要求に韓国が反対していくことを求めた。

 こうした行動を見れば、中国がただ単に韓国との友好協力関係を進めようと外相を訪韓させたものではないことがわかる。一方で今回、韓国側が中国の意図を読み誤っていたことも韓国側の発言から読み取れる。現状を正確に理解できない政治、外交。それが端的に出たのが今回の王毅外相の訪韓であったと言えるだろう。

 また、文政権にとって誤算だったのは、王毅外相の訪韓を内外に向けてプレイアップしようとしていたにも関わらず、青瓦台民情首席室による選挙介入疑惑、権力型不正・捜査中断疑惑に国内の関心が集中し、王毅外相の訪韓が霞んでしまったことである。王毅外相の横柄な態度のみ印象付けた訪韓となった。

国家元首でもないのに

 王毅外相は5日、韓国側の「友好的な人物」100人を集め昼食会を主催した。ただ、この昼食会が急きょ決まったため、韓国側の要人のほとんどは事前に予定が入っていた。それにも関わらず在韓中国大使館は事前の予定をキャンセルし、王毅外相の昼食会に出席するように求めたようである。これには韓国のメディアも「国家元首でもこのようなことはしないのに」と反発した。

 それだけでも十分失礼なことであるが、王毅外相は昼食会に37分遅刻してきた。直前に重要行事が入っているとしても、時間が延びることを加味して時間を設定すべきである。しかも、遅刻に対する謝罪もなく、スピーチでは、「中国復興は歴史の必然であり、誰も止めることはできない」と述べたという。主権国家・韓国の要人に対しとる態度とはとても思えない。

中韓の認識のギャップは越えられない

 その王毅外相は5日には、文在寅大統領を表敬した。文大統領は「両国間の緊密な対話・協力は北東アジアの安保を安定させ、世界経済の不確実な状況を共に克服できる力になるだろう」と語り、原則的な友好論、中国に対する希望と期待を述べた。文大統領には、習近平国家主席の訪韓に対する期待もあった。文大統領が日中韓サミットで中国を訪問する際の習近平国家主席との会談は調整中のようであるが、習国家主席の訪韓の見通しは立っていない。

 さらに、北朝鮮に関して「核がなく平和な韓半島という新しい韓半島時代が開かれるまで、中国政府は持続的に関心を持って支援することをお願いしたい」と伝えたが、中国が北朝鮮に対し、国連制裁をなし崩し的に緩和していることが北朝鮮の非核化の障害となっていることを無視した発言である。

 これに対し、王毅外相は「現在の国際情勢は一方主義、そして強権政治の脅威を受けている。中韓両国は隣人として適時対話と協力を強化し、多国間主義、自由貿易を共に守り、基本的な国際ルールを良く順守しなければならない」と述べ、直接米国とは言わなかったが事実上、文大統領の前で、同盟国米国を批判した。これは韓国に米国に対する不満がくすぶる中、韓国を米国から引き離そうとの意図での発言であろう。

外相会談では厳しいやり取りか

 4日行われた、康京和外交部長官との会談は2時間半に及び、夕食会も遅れて始まった。その結果、同会談に対する正式なブリーフも行われず、後刻会談メモが配布されたのみと聞く。いずれにせよ韓国のメディアを見ても会談内容に関する詳細な報道は見当たらない。こうしたことから想像すると、会談では中国側が強硬な発言を繰り返し、対外的に公表しがたい内容も多かったのではないか。

 会談では、康外相が朝鮮半島の非核化や平和定着で中国の協力を求めたのに対し、王毅外相は「冷戦の考え方は時代に遅れているし、覇権主義の行為では人の心を引き付けることはできない」として、米国を念頭に「国際秩序を破壊する一国主義」「多国間貿易体制を守る」必要性を強調した。

韓国側の発表になかったTHAAD配備への中国サイドからの反対

 中国外務省の華春瑩報道官は5日の記者会見で、「両国は共通認識に基づいて『THAAD』など中韓関係の健全な発展に影響を与える問題を引き続き適切に処理し、互いの核心的利益と正当な関心事を尊重することとした」と訪韓の成果を発表した。しかし、韓国側が発表した外相会談を説明する報道資料にはTHAADの問題は含まれていなかった。韓国外交部は同日の記者懇談会で「相互の関心事について様々な意見を交換した。これ以上、具体的に話すべき事案はない」と逃げるのみである。

 韓国では、今THAADについては慶尚北道の在韓米軍基地に臨時的に配備された状況であるが、中国側はこれを「完全撤退」するよう圧力をかけてきたとの見方が出ている。

 首脳会談、外相会談においてはそれぞれの関心事について話し合うのは決して珍しいことではなく、中国側にとって最大の関心事であるTHAADについて言及するのはむしろ当然のことである。しかし、問題は韓国側が中国からこのような申し入れを受けどのように回答したかである。韓国が、在韓米軍基地THAADを配備している最大の目的は北朝鮮ミサイルからの防衛である。中国国内を監視しようとしたものではない。韓国はむしろ北朝鮮核ミサイルの脅威がなくなれば、THAADの問題についても展望が開けることをきちんと反論すべきである。これができないようでは、韓国は対等な主権国家としての存在が疑われる。と同時に米韓同盟の一方の当事国として、この同盟の信頼関係を失わせることになるとの認識を持たないのだろうか。

 そればかりではない。中国はTHAAD配備に反対して、限韓令(韓流禁止令)、韓国への渡航自粛などさまざまな対抗措置を2年間つづけている。韓国政府はこうした中国の韓国制裁措置になぜきちんと抗議して来なかったのか。中国から新ためてTHAAD問題を持ちだしてきた機会に、なぜ強く抗議しないのか。

 韓国側がブリーフTHAAD問題に言及できなかったのは、韓国側の対応がきちんとできていなかったからである。そのために中国側から、「互いの核心的利益と正当な関心事を尊重することとした」などと一方的に言われてしまうのである。さらに、この中国側のブリーフに反論しないならば、これが中国側の公表したとおりと受け止められる結果になる。それでも改めない韓国の中国に対する弱腰。だから王毅外相の横柄な態度となって表れるのである。

 しかし、韓国が中国に物申せないのは今に始まったことではない。中朝国境の領土問題についても、韓国側は中国から口止めされたままである。日本の竹島については一方的に日本を締め出しているのに。

韓国は日米韓連携の一員なのか

 韓国は米国とは米韓同盟があり、日米を通して日本との協力関係にあり、GSOMIAも何とか維持している。しかし、韓国は日本や米国から圧力を受けることは潔しとはせず、反発する。しかし、中国からの圧力にはこのように弱腰である。これでは日米韓で協力していくにしても韓国が本当に信頼できるパートナーか心細くなる。

 韓国は、これまでの発展が自身の努力によることはもちろんであるが、それに日米の協力があったことをどう考えているのだろうか。70年代80年代前半位までは北朝鮮の方が韓国よりも優勢であったが、北朝鮮は中ソの対立もあり、自主路線を歩んだ。これに対し、韓国には日米という信頼のおけるパートナーがあったから発展できたのではないのか。日米の連携を離れ、単独で中国に接近したところで、今回の王毅外相のような姿勢で韓国を対等なパートナーとして大事にしてくれると思っているのか。

文政権は従北左派に囲まれている

 ハリス在韓米大使は韓国の与野党国会議員との会食で、「文在寅大統領が従北左派に囲まれているというが、どう思うか」と質問し、与党の議員から「その話は適切ではないようだ」とたしなめられた、との報道があった。だが、まさにハリス大使の話したことは今の文在寅政府の現実であり、与党議員は当惑したであろう。

 文正仁(ムン・ジョンイン)大統領統一外交安保特別補佐官は国際会議で、「もし北朝鮮の非核化が行われていない状態で、在韓米軍が撤退すれば、中国が韓国に核の傘を提供し、その状態で北朝鮮との交渉を進めるのはどうだろうか」と述べたという。王毅外相が韓国で米国を非難している時にこのような発言をするのはどういうセンスなのか。文補佐官はこれまでも「在韓米軍兵力を5000~6000人削減したところで、韓米同盟の枠組みや北朝鮮軍事抑止力には大きな変化はない」と述べたことがある。文補佐官の発言は数カ月後には大統領の行動となって表れる、と言われ、「補佐官の発言は大統領の意思」とも受け止められているだけに、このような人物が側近にいることは深刻である。

 また、金錬鉄(キム・ヨンチョル)韓国統一部長官は韓国プレスセンターで行われた討論会で、北朝鮮の短距離ミサイル発射について、「(北の)各種多様な方式の短距離ミサイルによる抑止力強化」と述べた。これでは北朝鮮は韓米の挑発を防ぐための防御的レベルでミサイルをあいついで発射したことになり、北朝鮮に正当性を与えることになる。先月亡命した北朝鮮船員2人の追放に関連しても、金氏は統一部長官として職務を放棄している。北朝鮮住民は韓国憲法に基づき韓国国民である。自国民をろくに取り調べもせず北朝鮮に追いやる政府は人権をどう考えているのか。

 ちなみに、金長官はベトナムにおいて米朝首脳会談が決裂した後、文大統領北朝鮮との経済交流を何としても実現するために敢えて任命した長官である。金氏が対北朝鮮問題の責任者であることで、韓国の対北政策が国際社会の方向性と違ってくる危険性を感じさせる。

 この2人の側近は対北朝鮮政策で鍵を握る人物である。その2人が確信的従北人士であることは疑いない。それ以外にも、文在寅大統領は自分に近い考えのものを側近に任命しており、その多くは革新的思想をバックに政治活動を行ってきた人々である。こうした文在寅政権に対してはあまりにも北朝鮮に融和的だとして国際的信用は失墜している。そこに中国の働きかけが始まった。日米韓としては今後ますます文政権の動きを警戒していく必要があろう。

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韓国を訪問した中国の王毅外相(左)と韓国の文在寅大統領(写真:YONHAP NEWS/アフロ)