11月19日東京都江戸東京博物館で『大浮世絵展』が始まった。江戸時代のスター絵師5名にフォーカスし、その代表作をあますことなく紹介する展覧会だ。

「大浮世絵展ってこの前もなかった?」と思われる方もいるかもしれない。実際5年前の2014年にも『開館20周年記念特別展 大浮世絵展』が、ここ東京都江戸東京博物館で開催された。前回との違いについては、同館の学芸員小山周子氏が次のように解説した。

「2014年は浮世絵の成り立ちから明治に至るまで、その歴史を通覧する内容の展覧会でした。今回は、その中のスター絵師たち5名の代表作と言える作品を集めました」

これまで6大浮世絵師というと、鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎歌川広重の名前が挙げられた。しかし今回は、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎歌川広重に、近年注目度の上がっている歌川国芳を足し、5人に再編成して企画している。

浮世絵に馴染みがない方には「観たことある!」が次々に登場する楽しさを、浮世絵を愛好する方には「よくぞこれだけ!」と驚きを与えてくれる、充実のラインナップだ。音声ガイドは、落語家の春風亭一之輔が担当。18日に開催された関係者向け内覧会より、見どころを紹介する。

展示風景。浮世絵3枚を横に並べ、一つのモチーフを全面に描いている。

展示風景。浮世絵3枚を横に並べ、一つのモチーフを全面に描いている。

美人画を描かせたら当代随一、喜多川歌麿

最初の展示室は、喜多川歌麿の大首絵からはじまる。大首絵とは、バストショット(初期の頃は上半身)で描かれた肖像画だ。小山学芸員は「歌麿の浮世絵には、想像する楽しさがある」と語る。

その一例として紹介されたのが《婦人相学十躰 浮気之相》だ。現代の感覚では、浮気というと道ならぬ恋を想像する。しかし当時は、文字どおり「浮ついた気分」を意味していた。女性は胸元がはだけ、無防備な様子。お風呂上りらしく、手には手ぬぐいを持っている。誰かが来たのか、声をかけられたのか、顔は画面右の方向に向けられている。どうして浮ついていのるか。その想像は、見るものに委ねられていると、小山氏は語った。

《浮気之相》の他にも《物思恋》《稀二逢恋》など、物語を感じさせるタイトルの美しい浮世絵が多数展示されている。

喜多川歌麿《婦人相学十躰 浮気之相》寛政4~5年(1792~93)頃(ミネアポリス美術館蔵)展示期間:11/19-12/15

喜多川歌麿《婦人相学十躰 浮気之相》寛政4~5年(1792~93)頃(ミネアポリス美術館蔵)展示期間:11/19-12/15

歌麿は、モデルを特定できる美人画を多数残している。たとえば《難波屋おきた》は、浅草にある茶屋の看板娘。もともと評判の美人であったが、歌麿が浮世絵にしたことで人気に火がついた。おきたと同様に、高島おひさ、富本豊ひなもアイドル的人気を博していた。その3人を1枚にまとめたのが《当時三美人》だ。現代ならば「だれ推し?」といった会話がなされそうな、楽しい一枚。

喜多川歌麿《難波屋おきた》寛政5年(1793)頃(ミネアポリス美術館蔵)展示期間:11/19-12/15

喜多川歌麿《難波屋おきた》寛政5年(1793)頃(ミネアポリス美術館蔵)展示期間:11/19-12/15

パッと見は、どの女性も似た顔に見えるかもしれない。しかしゆっくり見比べると、目の強さ、眉のラインなどから個性を感じられる。どんな人物だったのか。どんな物語があるのか。歌麿があえて残した余白に、思いを馳せて楽しんでほしい。

展示風景。版画であることを忘れさせる、彫師や摺師の技術にも注目したい。

展示風景。版画であることを忘れさせる、彫師や摺師の技術にも注目したい。

28枚の役者絵で衝撃的デビュー、東洲斎写楽

第2章は「東洲斎写楽」。歌麿による柔らかで艶やかな展示から一転し、良くも悪くも個性を誇張して描かれた役者絵27点が、来館者を出迎える。写楽のデビューは、寛政6年5月。その月に江戸三座で上演された芝居に取材した役者絵、全28枚を、同時にリリースし芝居好きの江戸っ子たちを驚かせた。今展覧会では、そのほぼ全て(27枚)が揃う。

写楽のデビュー作が一堂に会する。江戸時代の芝居町に迷い込んだような展示室。

写楽のデビュー作が一堂に会する。江戸時代の芝居町に迷い込んだような展示室。

雲母摺りの黒いバックに描かれた、風格漲る市川鰕蔵(えびぞう)。河原崎座で上演された演目「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)」の一幕。当代とは「えび」の表記が異なる。なお、12月8日までは、メトロポリタン美術館蔵と東京都江戸東京博物館蔵、2点の《市川鰕蔵の竹村定之進》が並べて展示された。

東洲斎写楽(左より)《2代目市川門之助の伊達の与作》寛政6年(1794)5月(ボストン美術館蔵)展示期間:11/19-12/15、《市川鰕蔵の竹村定之進》寛政6年(1794)5月(メトロポリタン美術館蔵)展示期間:11/19-12/8

東洲斎写楽(左より)《2代目市川門之助の伊達の与作》寛政6年(1794)5月(ボストン美術館蔵)展示期間:11/19-12/15、《市川鰕蔵の竹村定之進》寛政6年(1794)5月(メトロポリタン美術館蔵)展示期間:11/19-12/8

シカゴ美術館より最高のコンディションのものをお借りできた」と紹介されたのが、《3代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》。写楽を代表する大首絵だ。5月河原崎座で上演された演目「恋女房染分手綱」に取材したもので、鬼次演じる江戸兵衛が、奴一平に襲い掛かろうという場面だ。今展覧会では、劇中の立ち位置にあわせて《初代市川男女蔵の奴一平》と向き合う形で展示されている。

東洲斎写楽(左から)《3代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》寛政6年(1794)5月(シカゴ美術館)展示期間:通期、《初代市川男女蔵の奴一平》寛政6年(1794)5月(大英博物館)展示期間:11/18-12/15

東洲斎写楽(左から)《3代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》寛政6年(1794)5月(シカゴ美術館)展示期間:通期、《初代市川男女蔵の奴一平》寛政6年(1794)5月(大英博物館)展示期間:11/18-12/15

写楽は役者の特徴を、ありのままどころかデフォルメし、年齢を重ねた役者の老いや皺も見逃さずに描き出した。写実的ではないにも関わらず、目の前に存在するかのような人間味を感じさせた。

世界に知られる富士を描いた葛飾北斎

第3章「葛飾北斎」は、ビッグ・ウェーブの名で世界に知られる《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》と、赤富士の通称で知られる《冨嶽三十六景 凱風快晴》からはじまった。

葛飾北斎(左から)《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》天保2~4年(1831~33)頃(ミネアポリス美術館蔵)展示期間:11/19-12/15、 《冨嶽三十六景 凱風快晴》天保2~4年(1831~33)頃(アダチ伝統木版画技術保存財団蔵)展示期間:11/19-12/15

葛飾北斎(左から)《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》天保2~4年(1831~33)頃(ミネアポリス美術館蔵)展示期間:11/19-12/15、 《冨嶽三十六景 凱風快晴》天保2~4年(1831~33)頃(アダチ伝統木版画技術保存財団蔵)展示期間:11/19-12/15

展覧会の前半の、歌麿、写楽の大首絵は、人の表情や内面に目を向ける鑑賞であったが、北斎の《冨嶽三十六景》、そして《諸国瀧巡り》で描かれているのは、自然の雄大さ。視界が急に開けるような面白さがあった。

小山学芸員は《神奈沖浪裏》が千円札パスポートに北斎のデザインが採用されたことに触れ、「江戸時代でこのストーリーは終わったわけではなく、現代にも続いている」とコメントした。生涯現役を通し、89歳まで生きた北斎の章は、雅な花鳥画で締めくくられた。

葛飾北斎の章の展示風景。

葛飾北斎の章の展示風景。

ゴッホが憧れた名所絵、歌川広重

東海道拾三次》で知られる歌川広重は、武士の家の生まれ。27歳から本格的に絵師となった。ここで紹介するのは名所絵の人気シリーズ《東海道五拾三次》より《蒲原 夜之雪》。雪景色を描いているが、ここは現在の静岡県。めったに雪がふらない地域なのだそう。雪が降る夜の静けさが伝わってくる一枚だ。

会期前半には、ミネアポリス美術館蔵の初摺りが展示され、会期後半には東京都江戸東京博物館蔵の後摺りのバージョンが登場する。その違いは、夜空の表現方法だ。初摺りは一文字ぼかしで、後摺りでは逆方向のグラデーション。濃淡の向きが上下入れ替わることで、夜の印象ががらりと変わる。

歌川広重《東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪》天保5~7年(1834~36)(ミネアポリス美術館蔵)展示期間:11/19-12/15

歌川広重東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪》天保5~7年(1834~36)(ミネアポリス美術館蔵)展示期間:11/19-12/15

現在展示されている作品の多くは、会期の途中で展示替えの対象となる。期間限定の作品もあれば、同じタイトルの絵を、前期と後期で版を変える作品もある。版が変われば《蒲原 夜之雪》のように雰囲気が変わることもある。展示替えは、「後世に浮世絵の良さを伝えるために必要なこと」。だからこそ「見逃したくない作品は、あらかじめチェックを」と、同館学芸員は呼びかけていた。

参考までにゴッホが模写したことで知られる《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》は会期前半に、《名所江戸百景 亀戸梅屋舗》は会期後半の12月17日から登場。北斎に続き、広重のセクションも花鳥画の展示で締めくくられた。

歌川広重《名所江戸百景 猿わか町よるの景》安政3年(1856)9月(東京都江戸東京博物館)は前期(11/19-12/15)のみの展示。写楽の役者絵とあわせて楽しみたい方は、前半の来館を!

歌川広重《名所江戸百景 猿わか町よるの景》安政3年(1856)9月(東京都江戸東京博物館)は前期(11/19-12/15)のみの展示。写楽の役者絵とあわせて楽しみたい方は、前半の来館を!

四季折々の情緒を感じさせる第4章「歌川広重」

四季折々の情緒を感じさせる第4章「歌川広重

武者絵と猫で人気急上昇、歌川国芳

がらりと空気が変わる第5章は「歌川国芳」。現代の感覚でみてもスタイリッシュで、分かりやすく面白い。今の若い世代にもファンが増えいる。

歌川国芳《平知盛亡霊の図》文政元年~3年(1818~20)頃 展示期間:11/19-12/15

歌川国芳平知盛亡霊の図》文政元年~3年(1818~20)頃 展示期間:11/19-12/15

幕末に活躍した国芳の出世作は、31歳の時に手がけた《通俗水滸伝豪傑百八人之一個》。曲亭馬琴訳「新編水滸伝」のために制作された。話に登場する豪傑たちを、国芳が極彩色で外連味たっぷりに描いている。これがヒットし、江戸庶民の間では、国芳風の武者絵の刺青までブームになったのだとか。

歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之壹人 浪裡白跳張順》文政11~12年(1828~29)頃

歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之壹人 浪裡白跳張順》文政11~12年(1828~29)頃

国芳といえば、武者絵に並び、猫の絵でもお馴染み。浮世絵はもちろん、オリジナルグッズも充実している。鑑賞後、ミュージアムショップをチェックしてほしい。

歌川国芳《絵鏡台合かゞ身 猫, しゝ・みゝづく・はんにやあめん》天保13年(1842)頃

歌川国芳《絵鏡台合かゞ身 猫, しゝ・みゝづく・はんにやあめん》天保13年(1842)頃

『大浮世絵展』の名前にふさわしい、5人のスター絵師のベスト盤ともいえる展覧会だ。東京都江戸東京博物館での開催は、1月19日(日)まで。その後、福岡会場、愛知会場で開催される。会場により、展示作品の変更もある。展示スケジュールは、公式サイトの一覧で確認しよう。

東京都江戸東京博物館『大浮世絵展 ー歌麿、写楽、北斎、広重、国芳、夢の競演』