ワンコインのワインと1万円以上する高級ワインの差は、一体何なのか。その価格の差はどこから生まれるのか。クリスマスや記念日に、より良いワインを買うために、『ワイン法』(蛯原健介著、講談社選書メチエ)を一読してみることをおすすめしたい。(JBpress

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※本稿は『ワイン法』(蛯原健介著、講談社選書メチエ)より一部抜粋・編集したものです。

「ヴィンテージ」

 ワインは難しい。ワインよくわからない。いまなお、このようにいわれるのを、たびたび耳にすることがある。

 かってよりも、日本人にとってワインは身近な存在になってきている。だが、ふだんワインをあまり飲まない人にとっては、産地や品種、あるいはワインが醸造された年(これを一般に「ヴィンテージ」と呼んでいる)しだいで味が違うだとか、値段が何倍も違ってくるとか、理解できないことが多いだろう。

 ブドウには多種多様な品種があるけれども、ワインに使われる品種はある程度限られていて、ラベルに品種名が書かれていることもある。同じ品種のブドウであれば、だいたい似たような味わいになるといわれる。

 たとえば、もっともポピュラーな赤ワイン用品種のひとつである「メルロ」は、「ボリューム感と凝縮した果実味があり、舌触りはシルクのよう。カシスブルーベリーなどのアロマが主体であり、熟成するとプルーンや皮革のようなブーケが感じられる」ワインを生むとされる(山本博監修『最新ワイン学入門』河出書房新社)。

 もちろん、同じメルロのワインであっても、数十年の熟成に耐えるものもあれば、比較的軽めなもの、果実味の少ないもの、あまり熟成向きではないものもあったりするが、プロのソムリエであれば、ブラインドテイスティング(ワインの情報を隠しての利き酒)で品種を当てることはできるだろう。

飛ぶように売れる高級ワイン

 同じ品種を使ったワインでも、産地が変われば、価格も変わってくる。白ワイン用の「シャルドネ」という品種があるが、これまた大変ポピュラーな品種になっていて、世界中で栽培されている。産地による価格のばらつきが大きく、チリ産のシャルドネは、500円程度で売られているものもあるのに、フランスでは、1万円以上の値を付けるシャルドネも珍しくない。

 この差は、産地や品質の違いによって説明されているのだが、本当に20倍もおいしいのか疑問に感じる人も少なくないだろう。安いチリワインであっても、実際に飲んでみるとけっして悪くはない。

 むしろ、ワインが苦手な人には、高級ワインよりもずっと飲みやすいと感じられることもある。他方で、1万円クラスワインは、すばらしいワインばかりかというと、残念ながらそうではなくて、飲んでガッカリするワインに出会うこともある。しかし、現実のワイン市場を見てみると、何万円もするワインが飛ぶように売れているのだ。

 何万円もするワインが売れるのには理由がある。ただおいしいだけではない。ブランド力のある特定の産地、特定の生産者のワインだからこそ高く売れるのである。高価なワインであればあるほど、ラベルに書いてある事項のもつ意味が重要になってくる。

 ラベルには、ワインの銘柄のほか、産地名、生産者名、ヴィンテージ、品種名(書いていないこともある)などが記載されてある。

 それでは、大金を出して買ったワインなのに、もし記載事項に偽りがあったり、誤りが含まれていたらどうだろう。あるいは、その中身が1000円程度のワインと同一のものだとしたら……。

 おそろしいことに、ある国では、ボルドー産の高級ワインのボトルが大変高価な値段で買われているという噂を耳にする。ひょっとしたら、そのボトルに違うワインが詰められて販売されているのではないかと疑ってしまう。

 当地の賢い消費者は、高級ワインのボトルが悪用されるのを防ぐために、飲み終わったら、そのボトルを割ってしまうという。

 高価な偽物ワインをつかまされるくらいであれば、あまり背伸びしないで500円程度のワインを飲んでいたほうがきっと幸せなのだろう。

 だが、幸運なことに、少なくともこんにちのヨーロッパワインについていえば、そのような心配をする必要はなさそうだ。

 消費者は、ワイン法によって守られているからである。逆に、ワイン法がなければ、誰もが安心してワインを買うことはできないし、高級ワイン市場は成り立たないといえる。

キリスト教とワイン

 いまや世界中でワインが造られていて、ワインの産地は無数にあるといってよい。けれども、高値で取り引きされているワインの多くは、フランスをはじめとするヨーロッパ産のワインである。

 オークションで高値がつくワインも、大半がヨーロッパ産だ。ヨーロッパは、ワインの本場であり、紀元前にまで遡るワイン造りの長い歴史がある。

 ヨーロッパの文化とワインとは、切り離すことのできない深い関係にある。ヨーロッパの人びと、とくにキリスト教徒にとって、ワインは、この二千年間、特別な飲み物であり続けた。

 パンは、キリストの肉体であって、ワインは、キリストの血である。聖書には、イエスがはじめて行った奇跡として、イエスが水をワインに変えたことが記されている。「カナの婚礼」の奇跡と呼ばれる出来事だ。最初の奇跡にワインが登場することの意味はきわめて重要である。

ワインのプライドと「ワイン法」

 中世のヨーロッパでは、修道院がワインの大生産者であり、修道士は優れた醸造家であった。シャンパンを発明したとされる、あのドン・ペリニョンも修道僧である。キリスト教の儀式では、今も昔も、ワインブドウが欠くことのできない重要かつ神聖なアイテムになっている。

 教会だけでなく、世俗世界においても、ワインは、ヨーロッパの人びとの生活のなかで、きわめて重要な位置を占めていた。

 今でこそ、安心して水道水を飲める時代になり、パリのレストランでも人びとは普通に水道水を飲んでいるが、近代以前は、水を飲むことは大変危険な行為であり、下手をすると腸チフスなどに罹って死ぬこともあった。

 これに対して、ワインは、劣化することはあるが、水よりもはるかに安全な飲み物であった。それゆえ、ワインは生きていくための必需品とみなされていたのである。

 19世紀以前のワイン消費量は、1人当たり年間100リットルを超えることも稀ではなかったという。

 いずれにしても、ヨーロッパにおいて、ワインは、たんなる飲み物ではなく、ヨーロッパ文化の体現でもある。以前に比べて消費量は減っているが、それでも、ヨーロッパにはワインの本場としてのプライドがある。

 そして、それを支えているのは、二千年以上にわたるワインの伝統を通して確立された産地のブランド力であり、そして、ワイン法なのである。

フランスと「ワイン法」

 しばしば、フランスワイン法の母国であるといわれるが、そもそも「ワイン法とはなにか」という明確な定義があるわけではない。ワイン法は、ひとつの法分野ではあるけれども、フランスには「ワイン法」という名称をもつ単一の法律は存在しない。

 これまでに制定された数々の法令や、ワイン市場に関するEU法、あるいは各産地の生産基準までを含めて、便宜的に「ワイン法」と呼んでいるのである。

 こんにちでは、EU法でラベル表示から醸造方法まで細かく定められているので、フランスの国内法で決めることのできる事項は限られている。とはいえ、原産地呼称制度のように、フランス法に由来する制度がEU法に取り入れられることも少なくない。

ワイン法」とは何かということを簡単に定義するならば、「ワイン市場を規律する法規範の総体」ということになるだろう。その守備範囲は、生産調整や補助金の問題、農地、栽培、醸造、ラベル表示、原産地呼称制度、輸出・輸入、流通、消費……と幅広い。

「ブランド」を保護するために

 フランスに比べると、日本のワイン造りの歴史は百数十年と短く、ワインが一般的に消費されるようになったのはごく最近のことである。また、ワインの消費量が増えたとはいっても、年間一人当たりたったボトル5本程度にすぎない。

 フランスの十分の一以下の消費量にとどまっているのである。日本とフランスでは、ワイン産業の重要度も大きく異なっている。

 しかし、それでも、フランスワイン法から日本が学ぶべきことはじつはたくさんある。国内でワイン産地としてブランドが確立している地域は限られているが、他の農産物や食品の分野に視野を広げてみると、日本でも多数の地域ブランドが知られている。

 世界的な知名度を誇る神戸ビーフ夕張メロンをはじめ、枚挙にいとまがない。産地のブランドをいかに確立し、法的に保護していくかという問題は、日本にとっても大きな課題である。

 日本でも、産地ブランドを法的に保護する法律が制定された。いわゆる地理的表示法(特定農林水産物等の名称の保護に関する法律)である。じつは、この「地理的表示」(英語では「Geographical Indication」。略して「GI」と呼ばれる)という概念は、フランスワイン法の根幹をなす原産地呼称制度に由来する。

 日本の地理的表示法も、EUの地理的表示制度に倣ってつくられており、その意味では、フランスワイン法のいわば根幹部分が日本に「輸入」されたといえるかもしれない。

「テロワール」を重視するフランスワイン法の発想は、日本の農業の将来を考えるにあたって、大いに示唆に富むはずである。

 これまで日本の農業を守ってきた保護主義的な関税や政策は、国際的な圧力の下で、撤廃を余儀なくされている。他方で、日本のブランド力ある農産物は、中国や東南アジアに輸出され、高値で取り引きされているという。

 その産地でしか生産することのできない、特色ある産品の存在が、これからの日本の農業を救うことになるかもしれない。

 フランスやEUのワイン法、そしてその歴史的背景を学ぶことを通じて、日本のワイン産業、さらには日本の農業の可能性について考える材料を提供することもできれば、筆者としてこれにまさる喜びはない。

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