フリーで働いていると言うと、「時間は自由になるんでしょ? 平日の昼間にランチしようよ」というのんきなお誘いをしてくる主婦の友だちがいるが、働かないと一銭も稼げない身の私は、平日の昼間は当然、働いているし、なんなら人が休んでいる土日だって働いている。

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 個人事業主といえば聞こえはいいが、増加傾向にある非正規雇用の一人。いまや働き手の4割近くが非正規となった日本。これは世界中の傾向なのだろう。

「家族のため」とがむしゃらに働いた末に

『家族を想うとき』の舞台はイギリスニューカッスル16歳の息子と12歳の娘を持つリッキーは日雇いで、建設現場などで働いていたが、持ち家を手に入れたいと一大決心。友人から高給と聞き、フランチャイズの宅配ドライバーを始める。

 ガッツと車さえあればできる仕事。いや車もなくたって、レンタルしてもらえる。1日14時間、週6日、2年もがむしゃらに働けば、借金も返済でき、マイホームも夢じゃない。すべては家族のためだった。

人ではなくマシーンが求められる職場

 朝早くから夜遅くまで働き、家にいるときは寝ているだけ。疲れていらいらしている父親に子供たちは寂しさを隠せない。貧しくても以前の方が幸せだった。娘は全くかまってくれなくなった父親に不満だ。息子は非行に走るが、父は気づかず、ついに警察沙汰になってしまう。

 このままではいけない。リッキーも家族との時間が必要だとわかっているものの、仕事がある。フランチャイズで働くということは何の保証も保険もないということ。ほかに代わりがいないということ。リッキーは1時間毎に指定されているすべての荷物を自分の責任で届けなければならない。一見、彼を雇っているように見える会社は依頼主である。本部の人間にリッキーはボスのような感覚で相談するが、けんもほろろに拒絶されてしまう。

「先週は四人がここに来た。一人目は女房に追い出された。二人目は妹が脳卒中。三人目は痔で手術が必要。四人目は娘が自殺未遂。どこの家族も問題はある。うちの親父は酪農家だけど、一日でも休んだと思うか?」

クライアントドライバー居眠り運転で事故に遭おうが関係ない。大事なのは料金の安さと確実に品物が届くことだ」

 荷物が届くなら誰でもいい。多くの人がオンライン・ショッピングする現在。配送業界は常に人手不足だ。アマゾンヤマト運輸の問題が記憶に新しい日本も例外ではない。せっかく社員になれたのに、持たされた携帯電話が就業時間外にも鳴り続け、眠ることすらできないと辞めてしまった人を知っている。リッキーも同様だ。車から2分でも離れると会社から持たされた端末の警報が鳴るため、昼ご飯すらゆっくり食べられない。

 一方、リッキーの妻アビーは介護福祉士として、契約で働いている。日に何軒も回らなければならないパンパンのスケジュール。派遣元から言われたことだけしていれば可能だが、アビーは「家族のように接したい」と介護する相手一人ひとりに愛情を持って接し、予定外のわがままも聞き入れる。いつも時間以上に働いてしまうのだ。

 彼女の仕事は誰でもできることではない。ただ、ほかの介護士から見ればどうだろうか。彼女はやってくれるのになぜやってくれないのかと求められてしまう。雇う側にとっては一生懸命働いているアビーが厄介者にあたるのではないか。ルールに従い、システムにきちんと組み込まれないといけない。

 派遣社員の友だちが言っていた。「時間になったら気にせず帰れるのが派遣のよいところ」。もはや求められているのは人ではなくマシーンだ。

 正社員だって、同様だろう。これまでなら、時間外に働いている人は「頑張っている人」と見なされた。でもいまは「空気が読めない、迷惑な人」「仕事ができない人」になる。

「耐えられないことがあれば、変えること」

 1985年の『男はつらいよ 寅次郎恋愛塾』での寅さんの台詞が印象的だ。

「出来ればさ、残業なんか全然ない。早出もない。お昼休みもたっぷりある。夏は軽井沢へ社員旅行。冬はスキー。社長は優しい。同僚は親切。悩み事があると、みんな仕事をほっぽらかして相談に乗ってくれる。その程度の職場があったらいいな」

 寅さんが非正規な人なので当時は笑い話だったのだろうが、あの頃、理想だった会社像はいまや幻想だ。会社が家族のようだった時代は終わった。とはいえ、これから就職する人のどれだけが一つの会社に勤め上げようと考えているだろうか。ほとんどの人がいまの会社でとりあえず実績を積み、それをもとに次の会社でのステップアップすることを望んでいるだろう。踏み台にされる会社側だって、社員一人ひとりを大切にする義理はない。

 卵か鶏か。社員だろうが、非正規だろうが、いつまで経っても働き方は改善されない。ならいっそ、自分の意識を変えるしかないのではないか。家族を想い、働きづめだったリッキー。それは本当に家族のためになったのか。企業にとっては誰でもいい人でも、家族の代わりはいないのだ。

 労働者を見つめて、作品を作り続けてきたケン・ローチ監督。今年のカンヌ国際映画祭でこうスピーチしている。

「耐えられないことがあれば、変えること。いまこそ変化の時である」

『家族を想うとき』

12/13(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

配給:ロングライド

© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

監督:ケン・ローチ『わたしは、ダニエルブレイク』『ジミー、野を駆ける伝説』

脚本:ポール・ラヴァティ『わたしは、ダニエルブレイク』『ジミー、野を駆ける伝説』

出演:クリスヒッチェン、デビー・ハニーウッド、リス・ストーン、ケイティ・プロクター

2019年イギリスフランスベルギー/英語/100分/アメリカビスタカラー/5.1ch

原題:Sorry We Missed You日本語字幕:石田泰子

提供:バップロングライド 配給:ロングライド  

作品公式サイトlongride.jp/kazoku/

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『家族を想うとき』(photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019)