不幸のどん底のような環境にあっても「レジリエンス」のある人は、立ち直りポジティブに道を切り拓いていく。どうすればレジリエンスのある人になれるのか? 人生を好転させるポイントを早稲田大学名誉教授の加藤諦三氏が指南する。

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※本稿は『どんなことからも立ち直れる人』(加藤諦三著、PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

プロアクティブとリアクティブ

 47才の女性の話である。

 5年前、夫が出張で留守中に子どもが病気になった。出張先に連絡しても連絡がつかなかった。

 帰宅後に問いただしたところ、愛人のところに泊まっていたことを告白した。相手は同じ会社の人で33才の女性。発覚後、夫は離婚を望んで、外泊ばかりするようになった。

 彼女は即刻、夫が夜中でもいつでも帰ってこられるように、家の中に夫の特別な場所をつくった。

 この即座の行動は、いかにも表面的には彼女は現実に対応したかに見える。つまり彼女はレジリエンスのある人に見える。

 レジリエンスのある人の特徴の一つは自分から動くことである、ただ幸運を待っていない。プロアクティブな反応である。

 プロアクティブは起きたことに対処することである。レジリエンスのある人は、事を成り行きに任せない。

 逆にレジリエンスのない人の反応の特徴はリアクティブである。

 リアクティブについての定義的な説明は私の知る限りあまりないが、私の解釈では、典型的なのが、「ただ歎いている」ことである。要するに事が起きているのに何も対処しない。

 彼女は即座に起きたことに対処した。レジリエンスの定義に従えば、表面的には彼女はレジリエンスのある人に見える。

 逆境から逃げなかったのに、夫は戻ってこなかった。しかし対処するということは逃げないということである。

 対処すれば上手く対処できる時もあれば、上手く対処できないという時もある。しかし自信はつく。

 対処しないで逃げると、結果として上手く処理できても、自分は困難に対処できない人間であるという自己イメージを強化してしまう。自信を失う。

楽観主義と否定体予測

 そこでいよいよ表面的な力を求める。いよいよ誇大な自己イメージを必要とする。それがカレン・ホルナイの言う神経症的自尊心である。

 レジリエンスのある人は、自分の位置を知っている人である。つまり自分の力を自覚している。社会の中での自分の位置が分かっている。だからエネルギーの使い方が効率的である。

 ところで今書いている47才の女性は「必ず帰って来ると信じていたので」と言う。

 しかし夫と33才の女性の恋愛は続き、彼女は軽いうつ病になった。

 彼女のしている事を表面的に見ると、確かにレジリエンスのある人である。しかし現実を見ると、残念ながら彼女はレジリエンスのある人ではない。うつ病になっている。

 前向きに見えても「現実」は受けいれていなかった。彼女のどこに問題があったのか。

 プロアクティブは起きたことに対処することである。

 彼女はいかにもプロアクティブであるように見えるが、実は肝心なことが抜けている。現実を受け入れていない。あるいは現実と接していない。

 レジリエンスの特徴の一つは起きたことに対応するといっても、その前提条件は現実と接し、その現実を受けいれていることである。

 彼女は夫を憎みながらも、その憎しみを表現できない。憎しみの感情を無意識に抑圧する。そこでうつ病になる。

「夫は必ず帰って来る」という彼女の思い込みと、とっさにとった彼女の態度は何を意味するのだろうか。

 表面的には完璧にレジリエンスのある人である。レジリエンスの特徴はいろいろとあるが最後は固い信念である。

「こうなる」という楽観主義である。しかも「間違いなくこうなる」という楽観主義である。

 アーロンベックの指摘を待つまでもなく、うつ病の動機の特徴は否定的予測である。

「だめに決まっている」といううつ病者の否定的予測と、「必ずできる」というレジリエンスのある人の楽観主義的予測の違いは決定的である。

 ともにそこには合理的な根拠はない。

 うつ病者が「だめに決まっている」と言うところで、「できるわよ、必ずできる、間違いない」とレジリエンスのある人は言う。

 彼女は、夫は戻ってくると「信じた」のである。

 問題は彼女が「自分は夫を失った」という現実を受けいれることを拒否したことである。実は彼女の現実否認はレジリエンスのある人の逆の姿勢である。

 辛い現実から生じる心の苦痛を回避するために彼女は「夫が帰って来る」と、とっさに「信じた」。

 彼女は「信じた」と言うが、実は信じたのではない。「信じたかった」だけである。

 彼女は辛い現実を受けいれることを拒否した。彼女は夫に対する今までの見方を変えない。彼女は今までの夫のイメージに執着する。過去との決別がない。

 心が新しい情報に開かれていない。

 ハーヴァード大学の心理学エレン・ランガー教授の言葉を使えばマインドレスネスである。

逆境に強い人

 彼女は夫を失った悲しみを深く味わうことで再生できるのに、その悲哀を体験することを回避した。月並みな言葉で言えば対象喪失の悲哀の仕事を完遂しなかった。

「必ず帰って来る」という思い込みは、「帰ってきて欲しい」という彼女の心の願望を外化しているだけである。現実の夫を通して、自分の心の中の願望を見ているだけである。

 彼女が見ているのは現実の夫の行動ではない。彼女が見ているのは夫を通した自分の願望である。つまり彼女は現実から幻想の世界に逃げ込んだだけである。

 レジリエンスのある人は、事を成り行きに任せない。現実を認めて、そのうえで心が回復する。

 レジリエンスの条件は現実を受けいれることである。

 現実否認はレジリエンスの否定である。現実の不幸を受けいれない。

 不幸を受けいれる人がレジリエンスのある人である。

 逆境に強い人はレジリエンスのある人である。

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