ビジネス環境が大きく変化し、先の見えない時代になりつつあります。従来型の組織やマネジメントスタイルの限界も指摘されています。こうした中、最近になって社員の「幸福度」という考え方が注目されるようになっています。社員が幸せな会社は業績面でも好調だというのです。そのポイントはどこにあるのでしょうか。幸福学研究の第一人者である慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科の前野隆司教授に聞きました。

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「幸せとは何か」をデータやエビデンスに
基づいて明らかに

――前野先生は脳科学ロボットの研究がご専門ですが、その一方で、早くから「幸福学」の研究にも取り組んでいらっしゃいます。そもそも「幸福学」とはどのような学問なのでしょうか。

前野隆司氏(以下、前野氏) 読んで字のごとく、幸せについての学問です。「幸せとは何か」についての研究は古くから世界中で行われてきました。しかしその多くは哲学者や宗教家によるもので、学問として体系化されていませんでした。私はロボットの研究をする課程で、人の「心のメカニズム」を知りたいと思うようになりました。その上で、「幸せとは何か」を心理学データエビデンスに基づいて明らかにすることで、社会の役に立つものにしたいと考えたのです。研究を始めてから10年以上になりますが、最近では欧米でも「ウェルビーイングwell-being*」という概念が注目されるようになっています。

 また、日本でも、企業において「働き方改革」の必要性が高まっています。残業時間を削減するだけでなく、社員のやる気やモチベーションを引き出すためには、社員が幸せであることが大事なのではないかという考え方の広がりを受け、「幸福学」に関心を持つ企業や経営者も増えています。

*「幸せ」「健康」「福利」などと和訳される。文字通り解釈すると「良き在り方」ないしは「良い状態」という意味。人々が、精神的、身体的、社会的に「良き在り方」「良い状態」であること。

――「幸せとは何か」をデータエビデンスに基づいて明らかにするとのことですが、実際に可視化することはできたのでしょうか。

前野氏 幸せの心的特性の全体像を明らかにするために、29項目87個の質問を作成し、日本人1,500人に対してインターネットアンケート調査を行いました。その結果を因子分析したところ、人が幸せになるために必要な「4つの因子」が導き出されました。その因子とは、「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)、「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)、「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)、「ありのままに!」因子(独立と自分らしさの因子)の4つです。

「やってみよう!」因子は、やりがいです。たとえば、一見するとルーティンでつまらないと思えるような仕事でも、そこに新しい価値を見いだし、業務改善などに果敢に挑戦することで、仕事が面白くなるという因子です。

ありがとう!」因子は人と人との関係性の因子です。「このプロジェクトは俺がいたから成功した」と主張する人がいますが、それよりも「チームメンバーが力を合わせたからこそ実現できた」、その結果「お客さんに感謝された」といった他者とのつながりを理解することで幸せを感じることができます。

なんとかなる!」因子は、その名のとおり前向きさと楽観性の因子です。失敗したり困難に直面したりしても、それを受容し気持ちを切り替えることで幸せになることができます。

 最後の「ありのままに!」因子は、「自分らしく過ごす」ことを表す因子です。他者と比較するのではなく、ありのままの自分を受け入れることが幸せにつながります。部下であれば、一人ひとりの創造性を育て発揮させるという視点で教育をする方が成果が出やすいのです。

社員の「幸福度」が上がると業績も向上する

――「幸せと感じるかどうか」は、本人の気の持ちようという印象がありましたが、「幸せを構成する4つの因子」のお話を伺うと、むしろ組織やマネジメントの在り方に大きな要因がありそうです。

前野氏 幸せとは、死ぬ間際に「私の人生は幸せだった」と振り返るときに考えるものだ、という人がいます。従来は、幸せかどうかは結果であって目指すものではないと考える人が多かったようです。しかし、幸福学の研究が進むにつれ、周りと本人が力を合わせることで、幸せになれることが分かってきたのです。つまり、企業であれば、本人や周囲の意識、組織づくりやマネジメントの在り方を変えることで、幸せな会社に変身できるということです。実際に私の研究では、以前は社員のモチベーションが低く定着率も悪かった企業が、幸福学の考え方を取り込むことで、元気に生き生きと働ける職場へ変貌し、業績もアップしたという事例が数多くあります。

――社員の「幸福度」が上がると業績も向上するのですか。逆に、業績が上がると給料が上がるので幸せと感じ、業績が悪いから不幸に感じるのではないのでしょうか。

前野氏 どちらも正解です。米イリノイ大学名誉教授の心理学者エド・ディーナー博士らの研究によれば、主観的幸福度の高い人はそうでない人に比べて創造性は3倍、生産性は31%、売り上げは37%も高い傾向にあります。また、私は数年前から「ホワイト企業大賞」というアワードの企画委員を務めていますが、ホワイト企業大賞にノミネートされる企業の多くが、業績面においても非常に好調です。社員の幸福度と業績は比例するのです。また、どっちが原因でどっちが結果か、については数々の研究が行われており、どちらも原因になることが知られています。つまり、幸せである結果として業績が上がることも、業績が上がった結果として幸せになることも、あるようなのです。

 ただ、「幸福度」向上に取り組んだとしても、その成果が出るまでには時間がかかります。「次の四半期には売上を〇%伸ばす」といった目先の業績だけを考えているとなかなか幸福度は上がりません。樹木の年輪が毎年1つずつ増えていくように少しずつ成長していくものなのです。社員の「幸福度」の向上を重視している企業の中には、売上目標も利益目標も設けていないにもかかわらず、ずっと増収増益を続けている企業もあります。まさに、結果は後から付いてくるのです。

「和」を重視する日本企業なら
社員の「幸福度」追求の親和性は高い

――具体的に、社員の「幸福度」を高めるためには何をすればいいのでしょうか。成否を分けるポイントがあるとすればどのような点でしょうか。

前野氏 一言で言えば、社員がお互いを信頼し、やりたい仕事をイキイキ、ワクワクと実行できる環境をつくることです。小学校の教室に「みんな仲良く」「元気に」「チャレンジ」などといった標語が張られていることがありますが、あれと同じです。大切なのはこれを愚直にやり抜くことです。中小企業であれば、メーカーの下請けで、指示された図面どおりに部品を加工しているだけで、何に使われるか分からないまま仕事をしているということもあるでしょう。そうではなく、「この部品はあの機械に使われる。それなら、もっと違う形状のほうが便利なのではないか」といった「やってみよう!」ができれば、より仕事も面白くなりますし、何より企業の差別化につながります。そのためには経営者自身が率先して「わが社はそのようなアイデアを出す社員を評価する」とコミットすべきでしょう。「社員が幸せになるともうかるらしいから何かやれ」と他人任せにするようでは成功しません。

――長い目で見て、企業の競争優位につながるという点でも、「幸福学」の存在感がさらに高まりそうですね。今後どのように研究を進化させていくお考えですか。

前野氏 一つはテクノロジーの活用です。「幸福学」はデータエビデンスに基づいて科学的に「幸せとは何か」を明らかにするものです。そのためには正確な測定が不可欠です。心拍数、体温、加速度などのほか、ブログに書かれた言葉がポジティブかどうかといった自然言語などのデータを収集してAIで分析するなどすれば、「今日はお疲れのようなので早く帰ったほうがいいですよ」とシステムが教えてくれるような仕組みが近い将来できると考えています。

 テクノロジーの発達により、人と人との「つながり」も変化するでしょう。かつての日本には「村社会」がありました。そこでの過干渉が嫌で、都会に逃げる人たちも多かったのですが、実は人間は「つながり」があるほうが幸せに感じるのです。

 だからと言って、みんなが移住して田舎暮らしをする必要はありません。インターネットがさらに発達し、翻訳技術なども進化することで、大げさでなく、アフリカの人たちと日本人リアルタイムで気軽に会話できるような時代になるでしょう。「本当の友だちがアフリカにできた」ということも起こるでしょう。

 もちろん、ビジネスにおいても、「うちみたいな小さな工場に海外から注文が来た」ということが珍しくなくなります。「やってみよう!」と挑戦を続けてきた企業は、そのチャンスをつかめるでしょうし、中小企業であっても世界できらりと光る存在になれるでしょう。

――日本企業にもまだまだチャンスはあると。

前野 そのとおりです。日本のみならず世界の市場が成熟化する中で、かつてのような大量生産・大量消費が期待できなくなっています。そこで長期的に生き延びるためには何をすべきか、考える時が来ています。世界的にも「幸福度」を重視する経営が鍵になるでしょう。その点で、日本には「和」を重視してきた歴史があります。100年以上の沿革を誇る企業も数多くあります。ぜひ自信を持って社員の「幸せ」を追求し、成長を続けてほしいと期待しています。

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慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授 ウェルビーイングリサーチセンター長 前野隆司氏