<SPICE>の記事としては、異色かと思ったけれど、「人の心を揺さぶる」「価値観を変えるきっかけ」という意味では、写真による表現の重要性だと僕(いまいこういち)は思うので、担当の方に相談したら快い返事をいただけた、たぶん。ありがたい。かつて演劇情報誌で働いていたときに出会ったカメラマンキセキミチコが個展を開催する。題して「 #まずは知るだけでいい 」展。この展示は自由と民主主義を守ろうと行動し傷つく若者たちの姿、香港警察とぶつかるデモの風景などを追ったものだ。なぜ彼女が突然そうした写真を撮り始めたのかーー。

彼女の仕事のフィールドは音楽、映画、演劇などのエンタメ業界だ。最終的に人びとの笑顔を生み出す世界でもある。そのためか、キセキミチコが「 #まずは知るだけでいい 」のハッシュタグでTwitter上で発信している写真は、不謹慎かもしれないが、ロックで、かっこいい。記録や報道としての写真とは違う形で香港の真実を伝えてくる。

撮影:キセキミチコ

撮影:キセキミチコ

香港の現状はーー

香港がイギリスから中国に返還されて22年。犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正案に反対する市民が立ち上がり、警察とデモ隊が衝突した。2019年6月12日のことだ。その動きは、若者を中心に自由や民主主義を自分たちの手で守ろうという戦いに変化していく。

香港はかつてイギリス植民地だった。ここは日本でも世界史で習うところ。それゆえ民主主義が根付き、経済成長を遂げた。1980年代前半、イギリスと中国政府は香港の将来について協議を始め、1984年には「一国二制度」の下に香港が中国に返還されることで合意された。つまり、1997年の返還後も、香港はずっと特別行政区として独自の法制度や国境を持ち、表現の自由などの権利も保障されている、はずなのだ。

香港市民の大半は、自分たちを中国人ではなく香港人と考えている。だからこそ、自由や民主主義を脅かそうとしているように見える中国政府の動きに危機感を持って行動に出ている。

香港の憲法とも言われる「香港特別行政区基本法」は2047年に期限が切れる。それ以降の香港の未来は彼らにかかっているのか?

キセキミチコ 撮影:堀潤

キセキミチコ 撮影:堀潤

最初は自分を見つめ直すための旅だった

――どうして香港に行こうと思ったのですか?

キセキ 単純に人生で一回だけ坊主にしてみたかったんですよ。7ミリにしました。香港に行けば知り合いもいないし、半年くらいで日本に帰るつもりでいたので、そのころには伸びるだろうと(笑)。私、3年前に人間関係や仕事でいろいろあって、自分を見つめ直そうと思ったことがあったんです。それで両親とも東京生まれなので、知らない田舎町を見て回っていて。実は小学校のころに香港に住んでいたんです。そんな流れで香港に行ってみたら、人びとの生きるパワーすごい。そのパワーに私も生かされたところがあった。そして次の年にも出かけたんです。坊主にしてみたいこともあったし、半年なら仕事も待っていてくれるかなとも思ったし、いろいろをリセットして、本当に自分が知りたいこと、見たいもの、撮りたいものを考えてみようということで去年の夏ごろに香港行きを決めていたんです。そして7月5日、香港に渡りました。

――そしたら香港が大変なことになっていたと

キセキ 春ごろから逃亡犯条例のゴタゴタはあって、6月くらいからデモも起こり始めたんです。でも暴動にまではなっていなかった。7月の末くらいから急速に激しくなっていくんですけど、さまざまな状況を目の前で見てしまうと、見ない振りはできないし、非人道的なことが行われていることも無視はできないし。だからって何もできないですけど、これっぽっちも帰国しようという選択肢はなかったんです。もちろんたくさんの人に言われましたよ、一回帰ったらって。でも香港の人はここに住んでいるわけで、逃げ場もないじゃないですか。

――取材をするきっかけとしてはどんなことがあったのですか?

キセキ 日々いろんなことが起こっている。でも何がどうなっているかがわからないから、現地で知り合った子にデモに連れていってほしいとお願いしたんです。そしたら、催涙弾が飛び交うわ、デモ隊は街にあるものでバリケードを作っているわ、見たことがない光景を目にして、ますます疑問が深まりました。目の前で若者たちがどんどん逮捕されているのも衝撃でした。何が起きているか気になるし、知りたいし、とにかく写真に残さなければいけないと思ったんです。だんだん香港のことがわかってくると、今度は私が作品としての写真を撮っていてはダメだ、とにかく日本にも知らせなきゃと思っていろんな人にSOSを出しました。

撮影:キセキミチコ

撮影:キセキミチコ

ある日、キセキミチコからメッセージが届いた

「この数日、警察の不審な行動が起こっているようです。デモ隊に扮しての逮捕、記者に扮装した警察も現れました。それによりデモ隊の中でお互いの信頼や信用がなくなり、内紛を引き起こしかねない状況でもあり……。中立で居たいとは思いますが、あまりにも警察のやり方が卑劣で……悲しくなります。微力かもしれず、無力かもしれず、でも、多くの人に現状を知っていただいければ、少しでも、助けになるかと思ってます」

「私には写真を撮ることしか出来ないので撮り続けようと思います。ただ最近は警察も異常な行動や、無差別逮捕、無差別暴力が激しく、自分の身も危ぶまれます……。昨日も一般観光客が警察に殴られてましたね。 言葉の壁も大きいです。 広東語なので現場で何が起こっているのかが瞬時にわからず……香港人は本当に親切で日本大好きなので、すぐに、どんな時でも助けてくれますが、私が助けられたんじゃ意味がない……と思いつつ…」

彼女が伝えてくれる内容は、ここからさらに状況の悪化を伝えるものになっていく。その一方で、「欧米からすると関係ないのか、火災現場や、催涙弾が飛び交う中でものんびりビール飲んでたり……不思議な光景です」というメッセージも届いた。

知り合いがこんな現場にいるのが衝撃だった。この直前に、僕は偶然にも戦場ジャーナリストの方々にインタビューする機会があったから、なおさらだ。

上記のメッセージはキセキミチコが実際に目で見、人びとを通じて得た“真実”。それを一面的だと思う方もいるかもしれない。でも、それでも彼女が現場でつかんだ“真実”であることに変わりはない、と僕は考える。もし何かが気になるとしたら批判ではそのことを調べてみてほしい。

撮影:キセキミチコ

撮影:キセキミチコ

香港の未来のために戦う若者たちが、これ以上傷ついてほしくないから

――それらの状況をどんな気持ちでご覧になっていますか?

キセキ 一言、悲しいですね。本当にこれ以上若者たちに傷ついてほしくない。ちょっと殴られたり喧嘩したりという状況ではなく、ボッコボコに殴られて、引きずり回されている。デモ参加者の不審な自殺体がいっぱい出ていて、これも実は殺されたりしているらしいんです。それに急激に行方不明者が増えている。捕まった子が行方不明になることもある。それはもう悲しいし、許されないことだし、自分が何もできないことがもどかしいですね。

――香港ではどんな人と知り合いになっているんですか?

キセキ 最前線で動いている子はそんなに知らないんですけどデモに参加している若者、平和的に若者を支持している人びと、メディアで働いている子、政府側で働く人などもいます。香港人は確固たる決意、すごく強い思いを持っているんです。彼らの誇りやプライドが政府に、中国共産党に踏みにじられている。人権や発言の自由、一国二制度を守ること、加えて政府が市民の声を無視したこと……そんなところに私たちの未来などあろうはずがないということで戦っているんです。ほとんどが10代の若者たちですよ。大人も理解はしているんだけど、大人は大人で我慢している。立場も仕事もあるから。私にはみんなの代弁者として若者たちが戦っているように見えるんです。私は日本人だからなのか彼らの姿を見て悲しいと思ってしまうんですけど、彼らは怒りなんです。その違いは大きいですよね。

――何が写真を撮り続けるモチベーションになったんでしょう?

キセキ よくわからないですけどね。ただ香港に行ってからいろんな人と出会って、いろんな再会があって、私自身のことを本当に一人の人間として見てもらえることが多くなったと感じるんです。こんな身なりでも興味を持ってくれたり、写真を見てコメントをくれたりする。今まで仕事をしてきたエンタメ業界の方々は、人を喜ばせるものを作っている人たちなのにどちらかと言えば反応が薄く、ちょっと寂しいなって。だって飛行機で3、4時間で行かれる街で、日本人観光客も多いし、香港の人は日本や日本人のことが大好きなのに、日本が無関心なことが悲しかったです。日本の報道関係者だって選挙とか大きなイベントがあるときは来ていらっしゃる。でもそれ以外のことはなかなか報道されない。だからTwitterで発信するときに「 #まずは知るだけでいい 」としているんですけど。日本の知り合いにも香港で起こっていることは暴徒によるものだって言われてしまった。現状を見ていない人にそう言われてしまうのは、私の伝え方が足りないんだろうと反省して、伝え方も変えていこうと日々試行錯誤しているんです。

――ジャーナリストの堀潤さんと出会ったのは大きかったようですね?

キセキ 大きかったです。結局、私がいたのはエンタメ業界だったから、写真に関して出口がなかったんです。どうしていいか悩んでいろんな人に相談しました。その中でこのプロジェクトにかかわってくれている友人のコピーライターが紹介してくれた一人が堀潤さんだった。堀さんも香港の状況に関心をお持ちなっていて、何回かいらしているんですよ。紹介していただいた次の日にもちょうどいらっしゃるタイミングだったので、香港で何が起こっているか写真も全部見せて知っている限りを伝えたんです。そしたら「一緒に発信していきましょう!」とおっしゃってくださった。堀さんが香港にいらっしゃるときは一緒に取材させていただいているんですけど、パワーもいただいているし、勉強もさせていただいています。

撮影:キセキミチコ

撮影:キセキミチコ

これからも自分に正直に香港を撮り続けたい

――今度の写真展はどんな内容になる予定ですか?

キセキ とにかく香港で何が起こっているか、そして若い子たちがこれ以上傷ついてほしくないという思いを言葉と写真で紹介する予定です。基本的にはTwitter上で発信しているもののリアル写真展です。ただネット上では表しきれないものもあって。ネットで一度出してしまうとよくも悪くも拡散してしまうじゃないですか。どうしても変な形で切り取られたくないからと発信しなかったものも写真展では出していきたいですね。

――香港での撮影はこれからどうされるつもりですか?

キセキ このデモは半年で終わるかもしれないし、数年かもしれない。いずれにしても最後まで見届けたいと思っているんです。もともと半年って決めていたんですけど、それももう考えていません。自分の感情に素直に写真を撮りたいと思いますから、決めてもそうはならないでしょう。涙を流しながら、しがみ付いてでも撮り続けなくてはいけないと言葉に出すことができるテーマは初めてなんですよ。それに香港にいて、広告写真家とか報道カメラマンとか枠はないなって思いました。音楽も撮りたいし、香港も撮りたい。そこはカメラマンとして分ける必要はないし、自分の感情を大事にしていきたいです。

――以前、自己責任という言葉が流行りましたけど、体だけは気をつけてほしいです。

キセキ 自分の身は自分でしか守れないんですよ。英語も広東語もわからないし、家に帰っても一人ですから。実はけっこう日本の学生さんたちから取材に同行したいという連絡がきていて。自分たちと同じ世代の子たちが必死になっている姿を伝えたいからって。それはうれしいですよ。ただ私だって前線で自分の身を守るのに精一杯だから彼らのことまで責任は持てない。だから来るなら自分の責任でお願いします、そして自分の自分の目で見て発信してください、私も自分のことを必死に守っているし、その覚悟は持っていてくださいと伝えています。でも何かあればサポートはしますからって。


 9月に堀潤氏による写真と映像展『分断ヲ手当スルト云フ事』がとあるギャラリーで行われた。「福島、沖縄、ガザ、香港、そして平壌  戦争と平和と差別と格差と無関心を知る」という内容だった。キセキミチコの写真も急きょ展示されることになった。その展示を見に行って驚き、頼もしく思ったのは学生や、小さな子供を連れたご夫婦が大勢来て、写真を、映像を真剣に見つめていたことだった。

キセキミチコ

キセキミチコ

取材・文:いまいこういち