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今回紹介するのはネットフリックスにて配信中の『刑務所サバイバル術』。ムショに放り込まれないためにはどうするか、もし放り込まれてしまったら何に気をつけなくてはならないかという観点をフックに、アメリカの司法制度の問題を告発するドキュメンタリーだ。

とにかくすぐに逮捕&収監! 恐ろしすぎるアメリカのムショをサバイブするには?
最初に書いておくと、『刑務所サバイバル術』をプロデュースしたのはリベラルな立ち位置で知られる女優、スーザンサランドンである。そんな人が作ったドキュメンタリーなので、一応「刑務所に放り込まれたらこうしろ!」というノウハウ集的な体裁ではあるが、その実アメリカの司法制度のめちゃくちゃさを告発する内容になっている。この作品によれば、アメリカの警察はとにかくめちゃくちゃである。怪しいと見ればすぐ逮捕&収監。なのでアメリカの刑務所の収容人数は凄まじく、毎年ニューヨークロサンゼルスの人口を合計したのと同じくらいの人数が刑務所にぶち込まれていることが、まず冒頭に紹介される。

「疑わしきは罰せず」という原則も通用しないという。警察も検察も一度檻の中に放り込んだらまずそのままでは出られず、法外な保釈金を払うか罪を認めてなんらかの取引をするかといった方法でしか外に出ることはできないのだ。逮捕されて起訴されちゃった以上は有罪になるのが既定路線というのは、日本の刑事事件でもよく聞く話である。というわけで『刑務所サバイバル術』には、冤罪が原因で10年20年と刑務所に入れられていた人がゴロゴロ出てくる。中には冤罪で刑務所に入れられたのに所内で身を守るために受刑者を殺してしまったため、本当の殺人犯になってしまったという人も。本末転倒である。

そんな国で作られたドキュメンタリーなので、『刑務所サバイバル術』のアドバイスは非常に実践的。とにかく警察官とは口をきかず、じっと黙って高圧的な尋問に耐えろ。どれだけ相手が威圧的でも弁護士を要求しろ。具体的なアドバイスが満載だ。しかしそれでも運に左右されることも多い。自分についた弁護士が有能とは限らないし、そもそも逮捕した警察官の能力にも左右される。『刑務所サバイバル術』には「初仕事で殺人事件を解決すれば一気に出世できるから、不必要に意気込んでいた若い警察官に誤認逮捕された人」の証言もある。「ハイスクールを出たての若者が、長期間の法曹教育を受けてもいないのに人間を逮捕するのがそもそも危なっかしい」という問題点を『刑務所サバイバル術』は主張するのだ。確かにそうなんだけど、なかなか解決策を出しにくい話である。

ラッパーも俳優も刑務所に文句タラタラ! 「儲かる刑務所」のシステムとは
刑務所サバイバル術』は後半、アメリカの刑務所がいかに儲かるビジネスかを紹介する。なんせ囚人は放っておいてもどんどん増え続けるから、刑務所を運営する民間企業(アメリカには民営の刑務所ゴロゴロあるのだ)にとっては濡れ手に粟。囚人には基礎的な衣料品以外支給せず服も食事も有料にすれば、そのぶん全部がっぽがっぽ儲かるというめちゃくちゃチョロいビジネスである。

さらに、囚人はタダ同然でこき使っていい労働力としても魅力的だ。『刑務所サバイバル術』では世界的な大企業がガンガン刑務所と契約し、受刑者に格安で仕事をさせていることが明かされる。基礎的な運営費は税金で支払われる上、警察と検察が勝手にタダ同然の労働者を大量供給してくれるんなら、刑務所を運営する側としては受刑者は多ければ多く、服役期間は長ければ長いほうがいい。というわけで、アメリカの刑務所制度はちっとも改善されず、関連法案も放置されっぱなしだという。なかなかすごい話だ。

ムショの中でも金がかかるから、そのためには受刑者は自分で商売をせねばならず、それを巡って殺しも起きる。喧嘩や強姦は日常茶飯事、人種ごとに色分けされたギャング組織が塀の外にも中にも指示を飛ばすという、アメリカの犯罪映画でよく見る「あの」刑務所が、いかにして誕生したシステムなのかが懇切丁寧に説明されるのだ。そりゃこんだけ儲かる仕組みなら、やめようったってすぐには無理である。

刑務所サバイバル術』が面白いのは、数多くの有名人がバンバン登場して「刑務所はやべえよ」と話すところだ。ウータン・クランのRZA、サイプレス・ヒルのB-リアル、アイス-T、パブリック・エナミーのチャックD、ア・トライブ・コールド・クエストのQティップ、マックルモアなどなどなど、ヒップホップの大御所たちが口々に「とにかく弁護士が来るまで何も話すな」みたいなムショ行きアドバイスを教えてくれるのである。ヒップホップ以外だとクインシー・ジョーンズやダニ・グローヴァーも出てくるし、そもそも冒頭からアップで登場するのが世界一顔が怖い男であるダニー・トレホだ。説得力抜群である。

刑務所サバイバル術』は過激なタイトルとは異なり、最終的には「生まれついての連続殺人犯はほとんどおらず、大抵の犯罪は貧困や職業訓練の欠如によって発生するから、そういう教育プログラムをしっかりやって再犯率を下げよう」みたいな主張に到達する。ラッパーやらトレホやらというコワモテな人が出てきたにも関わらず、意外なほど穏当でまっとうな結論だ。最初に書いたように、ぶっ壊れた刑務所制度をなんとかしようと声をあげた人が作ったドキュメンタリーだから、当たり前と言えば当たり前である。

多数の有名人がこれだけ自国の司法制度について厳しいことを言うドキュメンタリーはなかなか珍しい。それだけでも、有名人の政治的発言を嫌う日本の空気感とはかなり異なる。しかしそれにしても、このドキュメンタリーの内容通りならアメリカの刑務所は実におっかない。有名人の発言は比較的自由、でも不条理極まるムショにホイホイ放り込まれる怖さもてんこ盛りという、アメリカという国の二面性がよくわかるドキュメンタリーだ。

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)
どうもみなさまこんにちは。細々とライターなどやっております、しげるでございます。配信中毒22回。ここではネットフリックスやアマゾンプライムビデオなど、各種配信サービスにて見られるドキュメンタリーを中心に、ちょっと変わった見どころなんかを紹介できればと思っております。みなさま何卒よろしくどうぞ。