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時代を超越したハイドロのアシ

photo:Koichi Shinohara(篠原晃一)

風のない鏡のような湖面に静かにボートをこぎ出した瞬間の軽く滑空するような感覚。

【画像】取材したシトロエンBX【ディテール】 全41枚

シトロエンハイドロニューマティック・サスペンション、いわゆる「ハイドロ」を経験したことがない人に、この驚きを的確に伝えることは難しい。

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1982年のパリサロンでデビューしたシトロエンBX。初期型のスタイルは特にシンプルで、70年代を引きずっているのかヘッドレストもない。

だがおおよそ、クルマ世界では他に似るものがない感触なのである。

近年の自動車のサスペンションは非常に複雑になっている。バネレートは当たり前のようにプログレッシブ(累進的に変化するもの)になっているし、ダンパーも様々な方式で減衰が変化する。

走行モードでCOMFORTを選べばゆったりとした乗り心地が享受できるが、その裏では走行性能全体を統括する電子制御が光の速さでうごめいているのだ。

そんな21世紀的なシステムと、シトロエンが64年前にDSで世に問うたハイドロを比べた場合、こと懐の深い乗り心地に関してはシトロエンに分がある。

複雑怪奇な現代の自動車作りのルールを考えれば、単純比較することはできないが、シトロエンの先進性に驚くほかないのも事実なのである。

金属スプリングの代わりに油圧とガス圧で車高を支えるハイドロ

ブランドのあり方まで左右するようなこのシステムの正体を、今現在、最も手短に味わえる1台があるとすれば、それはBXではないだろうか。

デザインの血縁はスーパーカー

エンブレムがなければどこのクルマかわからない。

そんなクルマが増えている昨今だが、シトロエンに関してそんな心配はいらない。

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16バルブヘッドを装備したスポーティモデルのBX GTI。平面と直線的なラインの交錯がマルチェロガンディーニらしいスーパーカー的な見た目を作り出している。

特に定規を使って直線を組み合わせたようなBXのスタイリングには、車格や時代を超越した強い個性が宿っている。

シトロエンBXは1983年にデビューした5ドア、5人乗りのセダンである。駆動方式はシトロエンの伝統的な手法である前輪駆動で、エンジンは1.4-1.9Lの直列4気筒を横置き搭載している。

サスペンションはDS由来のハイドロが組み込まれ、停止時にはフロアが地面に擦りそうなレベルまで車高が落ちる。

80年代に入ったばかりのシトロエンは、旗艦のCXや、小型モデル(GSA/ビザ/2CV)はあったが、CからDセグメントに相当するミドルサイズのモデルがなかった。

そこで開発されたのがBXだった。

デザインを手がけたのはイタリアのカロッツェリア・ベルトーネでチーフスタイリストを務めていたマルチェロガンディーニ。

彼が手掛けた代表的なモデルはランボルギーニミウラカウンタックランチアストラトスマセラティ・カムシンといったスーパーカーが多い。

そんな知識を踏まえてBXを見ると、5ドア・ハッチでありながらス-パーカー的な素養を垣間見ることができる。

埋もれないシトロエンの個性

シトロエンBXが登場したのは1983年

排ガス規制やオイルショックの影響もあって自動車にとってあまり良い時期とは言えなかった70年代が終わり、新たな時代がはじまろうとしていた時期だった。

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グループBラリーカーの4TC。フロントボディを延長し、横置きだったエンジンを縦置きにした高性能モデル。200台が作られたとされているが現存は30台程度と言われている。

フランス国内を見渡してみると、ルノーはBXを手掛けた描けた後すぐにベルトーネから独立したガンディーニを独占し、シュペール・サンクや旗艦の25の開発を急いでいた。

一方プジョーはピニンファリーナと組んで205をデビューさせ、これからまさに勢いに乗ろうという時期だった。

デザイン上の変革期を迎えた80年代フランス車だが、シトロエンはその流れの中でも自らの個性を見失っていない。

リアタイヤが半分隠れるハーフスカートや、BXの前期型に採用されたボビンメーター、1本スポークのステアリング、そしてハイドロによる他の何物にも似ない乗り心地等々である。

またBXはボディパネルに樹脂素材を多用することで軽量化を徹底したことで、900kg台後半から1tちょっとという、現代では考えられないほどの軽量化も実現していたのである。

興味のない人から見ればシトロエンBXは古くて近寄りがたい1台に過ぎない。

だがこのクルマを構造から追っていくと、エポックメイキングな部分も少なくないのだ。


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