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病院までの時間、20年前に比べ12.3分増加

text:Kumiko Kato(加藤久美子)

救急車が現場に到着するまでの時間、そして傷病者を病院に収容するまでの時間が年々伸びていることをご存知だろうか?

平成30年版「消防白書」のデータによると、平成29年の現場到着所要時間は平均8.6分。平成19年に比べて+1.6分、平成9年では+2.5分だ。

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救急車が現場に到着するまでの時間、そして傷病者を病院に収容するまでの時間が年々伸びている。

同様に病院収容までの所要時間は平均38.3分で同じく+5.1分、+12.3分と大幅に増加している。

これには様々な理由がある。

高齢者人口の割合が増加し病院のベッドが空いておらず受け入れ不可能ということもあるだろう。

また、救急車をタクシー代わりに使う軽症者の利用が大幅に増え、軽症であることを理由に受け入れを断る病院が増えた結果、受け入れ対応してくれる病院を探すのに時間がかかってしまう実情もある。

そしてもう1つ。救急車が近づいても退かないクルマが増えたことも重要な理由。

確かに街を走っていて、救急車が接近していても全くわれ関せずのクルマが増えたという印象はある。中にはマイクで呼びかけられるまで救急車の接近に気づいていないクルマもいる。

筆者が数年前から感じていたことは、「日本の救急車サイレン音がなぜあんなに小さいのか」ということだ。

アメリカの救急車はけたたましいサイレン音で、車体の色やデザインも派手。緊急走行中は赤や青の光で、すさまじくさらに賑やかになる。

68年前から変わっていないサイレン音量

取材を進めるうちに、日本臨床救急医学会雑誌に掲載されたとある学術論文に出会った。

救急車サイレン音は自動車運転者に聴こえているか―自動車運転時の騒音とサイレン音量の比較-」という論文だ。広島国際大学の安田康晴教授(救急現場活動学)を筆頭とする。

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サイレン音量の基準が制定された1951年昭和26年)当時は現在より大幅に交通量が少なく、エアコンが普及していないため窓を開けて走るのが普通だった。

そこには筆者が知りたかったことがすべて、確実な検証データと共に掲載されていた。

もっとも衝撃だったのは、道交法で定められた救急車サイレン音量の基準が1951年昭和26年)から変わってないという事実である。

緊急自動車サイレン音量はその前方20mの位置で90-120dB以下(実際の救急車は95-96dBが主流)であることが定められている。

当時は現在より大幅に交通量が少なく、エアコンが普及していないため窓を開けて走るのが普通だった。

調査によると現在は外気温に関わらず窓を開けているクルマは4‐5%。交通量はもちろん走行状態や気密性などが68年前と今とでは全く違うのにサイレン音量は変わっていないのだ。

さらに救急車サイレン音は、周波数帯が770-960Hzと消防車の300~850Hzに比べてかなり高い。

音量の基準は同じでも周波数によって聴こえ方はかなり異なる。

また、聴力は加齢とともに高周波数域の音が聴こえにくくなるので高齢者が増えた現在、救急車サイレン音が聞こえづらいドライバーも確実に増えていると言えるだろう。

サイレンのスピーカー位置がバンパー裏に

サイレン音が聞こえにくくなった理由はまだある。

近年の救急車には一体型のLED散光式警光灯が採用されるため、従来はルーフ上の設置されていたスピーカーはフロントバンパー裏側に設置されることになった。

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日本の最新の救急車

この位置ではサイレン音がバンパーに当たって反射、拡散してしまう。

さらに、スピーカー救急車の前方に設置されていると発せられたサイレン音は前方に拡散して、ますます周囲のクルマに聞こえにくい状況となる。

建物が多い市街地、交通量が多い幹線道路などで、救急車サイレンが鳴っているのは聞こえるが、どの方向から来ているのかわからない場合があるのは、これが理由だ。

前述したアメリカの救急車は複数の周波数を持ったサイレン音を状況によって使い分けているので高周波数域が聞き取りにくい高齢ドライバーの耳にも入ってきやすい。

日本の救急車も高齢者が聞き取りやすい周波数帯音域のサイレン音を追加するか、異なる周波数帯のサイレンを組み合わせるなどの対策が必要と言える。

筆者はこの論文の筆頭者である、広島国際大学保健医療学部の安田康晴教授に話を聞くことができた。

安田教授は救急救命士として活動していた経験をお持ちで、自動車メーカーの救急車開発にアドバイスを行う立場にもある。海外の救急車事情にも精通している。

20mまで接近も車内ではほとんど聞こえず

「自動車走行中の車内音量は、走行のみ 43.8 ±1.5dB、オーディオ使用54.6 ± 6.7dB、会話68.4 ± 1.6Db。車内(停車時)に入る救急車サイレン音量は,救急車から自動車までが 10m→51.0 ± 1.6Db、20m→46.4 ± 1.3dB、40m→44.5 ± 0.5dBという結果が出ました」(安田教授)

「つまり、救急車が20mまで接近しても車内で聞こえるサイレンは車内騒音より小さく、10mまで近づいても、オーディオや会話中ならサイレン音は聞こえていないことになります」

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海外では救急車がより目立つためのレギュレーション変更が行われている国も。

「高齢ドライバーともなれば、さらに条件は悪くなります。ギリギリまで接近しても聞こえない可能性があります」

なお、ここで言うところの「車内(停車時)における救急車サイレン音量」は、エンジンを切って停車している状態での音量となる。

走行中となれば、エンジン音やロードノイズ、風切り音などでさらに聞こえづらくなる。

地味なデザインにも問題がありそうだ。

「日本の救急車は白基調で目立ちにくいのも問題です」

「米国では追突防止のため後部は赤と黄色のゼブラにするようレギュレーションが変更されており、欧州の一部では白から黄色ベースに、さらにチェック柄にしています。フリッカ―タイプの赤色灯や、ヘッドライトが交互に点灯するタイプも欧米では主流です」

サイレンの音量や音質、スピーカーの設置位置や角度などと共に、外観のデザインも見直す必要があるでしょう」(安田教授)


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