その表情は、「空喜び」ともいうもので、哀しい笑いだった――

JBpressですべての写真や図表を見る

金正恩の壮大なワガママ」と言える「陽徳温泉文化休養地」が完成した。朝鮮中央テレビ朝鮮労働党中央委員会機関紙『労働新聞』によれば、12月7日、「陽徳温泉文化休養地」の「世紀の竣工式」が、華々しく行われた。テレビで見る限り、氷点下10度くらいの様子だ。

 平壌から日本海側の元山へ向かう東西横断道路のちょうど中間地点、すなわち東へ100kmほど行ったところに、平安南道陽徳がある。日本植民地時代(1910年~1945年)に、日本人が開拓した温泉地だ。ここに敷地面積166万m2の巨大な温泉娯楽施設を完成させたというのだ。

「世界的な温泉治療奉仕基地」

 この日参加したのは、金正恩委員長を始め、朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員の崔竜海(チェ・リョンヘ)と朴奉珠(パク・ボンジュ)ら最高幹部の面々。それに朝鮮労働党の長老たち、金永南(キム・ヨンナム)、楊亨燮(ヤン・ヒョンソプ)、崔永林(チェ・ヨンニム)、金己男(キム・ギナム)、崔泰福(チェ・テボク)である。長老たちの年齢はそれぞれ、91歳、94歳、90歳、90歳、89歳だ。

 東アジア最貧国で、必死に90歳前後まで生き延びて引退しても、こんな極寒の地に駆り出されるのだから、北朝鮮という国は本当に「凍土の共和国」だ。しかも「世界的な温泉治療奉仕基地」(『労働新聞』の表現)というのが、何とも皮肉だ。

 式典で挨拶に立った崔竜海常務委員は、「陽徳温泉文化休養地は今年の闘争の勝利的結束であり、金正恩同志の賢明な領導により人民の楽園として光り輝く」と、高揚した様子で賛美した。

外資獲得目的のリゾート施設が次々とゴースト化

 雪にまみれて白い息を吐きながら金正恩委員長の偉業を称えるこの姿、前にも見たことがあると思ったら、いまから6年前の12月31日のことだった。場所は、やはり金正恩委員長が政権のすべてを賭けて完成させた、元山郊外の馬息嶺スキー場だ。

 同月に金委員長は、北朝鮮で「不動のナンバー2」と言われた叔父の張成沢党行政部長を、火炎放射器で燃やしてしまった。代わりに最側近に座ったのが、当時は軍総政治局長だった崔竜海で、馬息嶺スキー場のオープニング式典でこう述べた。

「馬息嶺スキー場は、人民に社会主義的な栄耀栄華を享受させようとする朝鮮労働党中央(金正恩委員長)の人民愛が尊く結実した聖地である」

 だが、3億ドルもかけて作った「世界最高級スキー場」で、1日50ドルも払ってスキーを楽しむ北朝鮮人などほぼ皆無で、すぐに「ゴースト・スキー場」と化してしまった。中国人観光客に期待したが、いまどきの中国の若者は、スマートフォンがつながらない場所へなど行かない。

 金正恩委員長の「ゴースト娯楽施設」は、馬息嶺スキー場にとどまらない。今度は凝りもせずに、同じ元山の反対側、すなわち海側の葛麻(カルマ)半島に、「北朝鮮ハワイ」の建設を始めたのである。「元山葛麻海岸観光地区」だ。

 周知のように昨年6月、金正恩委員長シンガポールで、ドナルド・トランプ大統領の歴史的な米朝首脳会談を開いた。その際、両首脳で一番盛り上がったのが、元山葛麻海岸観光地区の開発話だった。後に関係者から聞いたところでは、トランプ大統領は金委員長に、「オレはカジノの専門家だから、オレも投資したいし、アメリカの友人にも投資させる」と述べ、金委員長を歓喜させたという。

 すっかりその気になった金正恩委員長は、それまで核やミサイル開発を行っていた朝鮮人民軍を、大量に葛麻に派遣し、「北朝鮮ハワイ」建設に邁進させたのだ。だが、国連の厳しい経済制裁下で建設は頓挫し、当初宣言していた2019年の「太陽節」(4月15日金日成主席誕生日)の完成は、延期せざるを得なくなった。そこで完成を、今年の建国記念日(9月9日)としたが、さらに2020年の「太陽節」に延期された。期待していたアメリカの投資などは、もちろんない。

巨大温泉施設は中国の手による可能性

 ここからは推定だが、今年6月に中国の習近平主席が訪朝した際、金委員長は習主席に、「陽徳温泉文化休養地」の建設を泣きついたのではないか。中国側も、第一にアメリカとの対立を深める中、北朝鮮を味方につけておきたい。第二に、観光関係は国連の経済制裁の対象外であるから手伝ってもアメリカの非難を浴びない。第三に、放っておくと北朝鮮が物騒な方向に走るリスクがある。こうしたことから、建設を承知した。『労働新聞』が、「わずか半年で完成させた奇跡の建設」と表現していることからも、時期的に一致する。

 名目は、「中朝国交70周年記念事業」である。10年前の60周年の時は、中朝国境の鴨緑江に「新鴨緑江大橋」を、全額中国出資で完成させた。それに倣うように70周年では、こっそりと「陽徳温泉文化休養地」を建設してやったのである。

 こうした中朝協力は、前例がある。1973年に平壌の地下鉄千里馬線が開通したが、これを建設したのは中国だった。いまでも北朝鮮は「朝鮮の偉業」と誇り、中国は無言を貫いているが、私は以前、建設に関わった複数の中国人から詳細に話を聞いている。「機材から建設労働者まで、一切を中国から運び、こっそり作ってこっそり引き上げた」という。

 今年10月に中朝国交70周年を迎えたが、記念事業は発表されなかった。これは大いに怪しいのだ。重ねて言うが、あくまでも推定にすぎないものの、この「陽徳温泉文化休養地」は中国が建設してやった可能性が高いと、私は見ている。

トランプが再び使い始めた「ロケットマン」

 ところで、今月に入って、米朝の対立はエスカレートしている。12月11日、アメリカの要請で、1年3カ月ぶりに北朝鮮問題を巡る国連安保理が開かれた。今年9月12日に就任したばかりのアメリカのケリー・クラフト国連大使が、円卓で周囲を見回して吠えた。

「射程が長距離だろうが短距離だろうが、北朝鮮の行為は地域の平和と安定を損なうもので、安保理決議に明確に違反している。これは金正恩委員長が『新たな道』に入ったことを示している。実質的に核兵器を搭載し、アメリカ本土を攻撃可能なICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験が、今後行われることを示している」

 アメリカの国連大使は、バラク・オバマ政権時代のスーザン・ライス大使以降、7人のうち6人が女性だ(代理大使も含む)。特に勇名を馳せたのは、2017年に北朝鮮を激しく非難し続けたニッキー・ヘイリー女史だったが、現在のクラフト女史は朗らかな性格で知られるだけに、就任以来、初めて存在感を見せた。

 まるでドナルド・トランプ大統領の苛立ちを代弁するかのように、激しい調子である。トランプ大統領はこれまで、北朝鮮がアメリカ本土を射程に収めない短距離ミサイルの発射実験を行う分には、目を瞑っていた。それが、この日のクラフト大使の発言からは、「短距離ミサイルも容認せず」と路線変更したことを示していた。

 これは、北朝鮮12月7日に、平安北道鉄山郡東倉里の「西海衛星発射場」で、ICBMに搭載するエンジンの燃焼実験と思われる実験を行ったことに反発したものだ。北朝鮮の国防科学院は8日、「非常に重大な実験に成功し、その結果はまもなくわれわれの戦略的地位をもう一度変える上で重要な作用を起こすだろう」との声明を発表している。

 トランプ大統領自身も、北朝鮮のこうした変化は、当然ながら報告を受けている。そのため、12月3日イギリスで行われたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議で、「アメリカは世界史上、最も強力な軍隊を持っており、それを使うことがなければよいが、必要があれば使う」と踏み込んだ発言をした。また、金正恩委員長に自分で付けた「ロケットマン」という蔑称も、これまで2年以上封印してきたが、再び俎上に乗せた。「彼はロケットを打ち上げるのが好きなんだろう? だから私は彼のことを『ロケットマン』と呼ぶのだ」

「票にならない」北朝鮮への興味失ったトランプ

 北朝鮮側も、トランプ大統領及びアメリカに対して、反発を強めている。12月4日朝鮮人民軍の朴正天(パク・チョンチョン)総参謀長が、「アメリカが朝鮮に武力行使するなら、われわれはいかなる方法を取ろうが迅速に必要な行動に出る」と警告。9日には李洙墉副委員長が「トランプはわれわれがどんな考えをしているのか非常に心配しているようだ。そしてどんな行動を取るか非常に不安で焦燥感にかられている」と、トランプ大統領を敬称なしで批判。同日、金英哲朝鮮アジア太平洋平和委員長も、「忍耐力を失った老いぼれ(トランプ大統領)というものが本当に知れたということだ。トランプが大変焦っていることが読み取れる。われわれはこれ以上もう失うものがない者たちなのだ」と、怒りの声明を出した。

 12日には、国連安保理の開催を受けて、北朝鮮外務省が談話を発表し、「われわれがどういった道を選択するかについて、はっきりとした決心を下す決定的な契機となった」と述べた。

 米朝関係を一言で言い表せば、北朝鮮に関わっても来年の大統領選の票にならないと判断したトランプ大統領が、北朝鮮への興味を失ったのである。だからハシゴを外された金正恩委員長は哀れなのだ。もはや「窮鼠猫を噛む」しかない。

 金正恩委員長は、12月4日、白馬にまたがり、厳めしい表情で悠然と中朝国境の白頭山を登る姿を、朝鮮中央通信に公開させた。李雪主夫人や、朝鮮人民軍の幹部らを引き連れている。白頭山は、祖父・金日成主席が抗日パルチザンを起こし、父・金正日総書記が生まれたと喧伝する(実際はハバロフスク近郊)「朝鮮革命の聖地」である。

 今後、年末の朝鮮労働党中央委員会総会で、アメリカへの敵視政策を復活させ、1月1日の新年の辞でそのことを国民に宣布し、物騒な2020年を迎えるだろう。日本も最大限の注意が必要である。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  文政権の経済失政で韓国経済は今や「破綻前夜」の様相

[関連記事]

「金剛山の韓国施設をぶっ壊せ」窮状に瀕する金正恩

王毅外相、「韓国での傍若無人」が示す中国の底意