(数多 久遠:小説家・軍事評論家)

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 12月3日麻生太郎財務大臣が潜水艦に搭乗したことが報じられました。マスコミは、“桜を見る会”報道で多用している「私物化」というキーワードとともに、一斉に非難する論調でこの出来事を伝えました。

 東京新聞に掲載された憲法学者、飯島滋明教授のコメントでは、「そもそも麻生氏が潜水艦に乗る理由がなく、趣味で乗ったとしか考えられない」とまで断言しています。

 元自衛官である筆者の経験から言うと、大抵の場合、部隊では、“お偉方”の視察は面倒なモノでしかありません。麻生大臣の視察に対しても、不満を持った隊員はいるかもしれません。

 しかし、麻生大臣の潜水艦乗艦は、部隊にとって非常にありがたいものだったと思われます。そしてそれは、記者もほんの少々取材をすれば理解できたはずです。

 以下では、なぜ自衛隊にとって麻生大臣の潜水艦視察が必須だったのか、その理由を説明したいと思います。

なぜ最も古い艦を視察したのか

私物化」「公私混同」との指摘に対し、麻生大臣自身は「現場を歩かないで書く社会部の記者と違う」と反発し、この視察が防衛予算の査定作業にあたる上で重要だったと述べ、年度末に向けて調整が進められている予算査定で参考にするためであったことを明かしています。また、視察には財務省の職員も同行していました。

 このことと、視察した潜水艦が「うずしお」だったことからすれば、大臣をはじめ財務省の役人が何を見る必要があったのか、容易に推察できたのです。

 うずしおは、おやしお型潜水艦の3番艦で、現役で稼働している潜水艦の中では最も古い艦(練習潜水艦を除く)です。通常、お偉方の視察は、最新の装備であることが多く、わざわざ古い艦を視察することは基本的にありません。では、なぜ最も古い艦を視察したのでしょうか?

 それは、うずしおが、自衛隊が直面している極めて困難な課題を解決するためのテストベッドとされているためです。

自衛隊が期待を寄せる人員確保策

 自衛隊が直面している課題、それは“人員不足”です。反自衛隊感情の強かった昭和時代や、官民の給与格差が凄まじかったバブル期でさえも、現在ほどの人員不足ではありませんでした。

 この深刻な人員不足への対策の1つは、定年の延長です。防衛省は、来年(2020年)から段階的に定年を延長することで、補充しなければならない新兵の数を削減し、必要な人員数を確保しようとしています(先日、知り合いの現役自衛官と飲む機会があったのですが、誰それは定年延長に引っかかるからもう1年延びる、というような話を聞きました)。加えて、現在決まっている、2020年から2023年にかけて実施される各階級の1年延長に加え、今後、さらにもう1年延長される可能性すらあるようです。

 しかし、この定年延長は自衛隊にとって望ましい解決策ではありません。自衛隊勤務は体力が必要なだけでなく、兵器システムの高度化のため、日々新たな技術の習得を続けなければならないためです。

 自衛隊は、諸外国の軍隊と比較すると年齢ピラミッドが異常であり、高年齢化しています。定年延長は、この状況をさらに悪化させます。とはいえ延長は、自衛隊が苦汁を飲む思いで実施する策であり、こうでもしないと必要な人員数を確保できない状況なのです。

 このため、防衛省自衛隊が定年延長以上に期待を寄せている人員確保策があります。

 それは、女性の活用です。

 自衛官候補生などの新人募集倍率は制度の違いや年度による変動が激しいのですが、男性自衛官の倍率が3倍程度なのに対し、同制度での女性自衛官の倍率は5倍以上、6倍(つまり男性の倍)を超えていることさえあります。つまり、女性の配置先を増やしさえすれば、採用数を拡大することで優秀な人材を確保できる。自衛隊にとって、女性採用は、開拓の余地が残されたフロンティアなのです。

 そして、そのためのテストベッドが、視察の行われたうずしおとなっているのです。

女性自衛官の搭乗を想定していない潜水艦

 潜水艦は、港を出て一度潜航してしまうと、帰港するまで浮上しないことが普通です。そのため、戦闘機パイロットと同様に、防衛省が女性の配置を渋ってきた部署です。

 しかし、前述した人不足解消の奥の手として、昨年末に潜水艦への女性自衛官配置解禁が決定されています。母体保護の観点が必要な極めて一部を除き、ほとんどの部署に女性を配置できることになったのです。

 今まで、海自・防衛省潜水艦への女性の乗艦を渋ってきた理由は、そのある意味異常な勤務環境、プライバシー皆無と言われるような勤務環境にあります。当然、なんの対策もせずに乗艦させれば、普通に勤務しているだけでセクハラの状態になってしまうでしょう。

 そのため、今年度の予算約1300万円をかけ、うずしおに女性区画を整備する改修を施しました。そのほか、広島県呉市にある潜水艦教育訓練隊の施設も、約1500万円をかけて改修を行っています。さらに来年から女性隊員向けにも潜水艦教育訓練隊での教育が開始され、早ければ2021年には正規の女性潜水艦乗員が誕生する見込みとなっています。

 これらはいずれも初めての試みです。頭で考えただけでは、十分な対応ができるはずがありません。来年度から始まる教育、女性乗員対応が施された新造艦の建設、またうずしお以外の艦の改修のため、テストが必要です。うずしおでは、そのテストが行われてきたのです。

 9月にはわずか4日間という短期間ですが、女性を乗艦させての試験が行われ、その状況がテレビでも報道されました。その後のテストについては情報がありませんが、麻生大臣の視察までに微修正を行いながらテスト航海が行われたものと思われます。

徹底的なセクハラ防止策が必要

 海自・防衛省は、来年度の概算要求に、そうりゅう型の後継となる新型潜水艦4番艦の建造を盛り込んでいるほか、3隻のおやしお型潜水艦そうりゅう型潜水艦の艦齢延伸を要求しています。

 これらの建造・改修でも、女性乗員に対応した艦内設備が作られるものと思われます。どの程度の費用がかかるかは情報がありませんが、うずしおでの改修にかかった1300万円程度は必要になるでしょう。あるいは、本格的な対応のため、さらに大きな額が必要となるかもしれません。

 麻生大臣と財務省職員が、この海自要求の額が妥当か否かを見に行ったことは間違いありません。

 テレビ報道では、テストで乗り込んだ女性自衛官が、本格的な勤務が始まるのなら男女共用のシャワーやトイレでも構わないのではないかといった意見を述べていると報道されていました。

 共用なら、予算は抑えられるでしょう。しかし、私はそれが適切だとは思えません。閉鎖空間に長期にわたって閉じ込められれば、精神的にも平常を保てなくなるかもしれません。

 セクハラが実際には行われていなかったとしても、セクハラではないかというような疑念が生じることがあるかもしれません。もしそうなった場合、セクハラと感じた女性乗員は、潜水艦での勤務を忌避するようになってしまうでしょう。また、セクハラを訴えられた男性乗員は、乗艦を続けられなくなるでしょう。

 潜水艦乗員の教育・育成は、パイロットと同様に極めて長い時間と多大な費用を必要とします。真実はセクハラではなかったとしても、勘違いからセクハラ事案となり、乗員が潜水艦から降りてしまえば、それは1300万円程度の金銭的ダメージでは済まないのです。十分な予算をかけ、シャワーやトイレを完璧に隔離するなどの措置が必要だと思います。

 今回の麻生大臣、財務省職員の視察により、そうした方向に進んでいることを期待します。

 決して、一部マスコミが報じたような、私物化や物見遊山の視察ではなかったのです。

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海上自衛隊の潜水艦「うずしお」(2015年10月18日撮影、写真:ロイター/アフロ)