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時間と費用を掛けて維持してきた2台

text:Martin Buckleyマーティン・バックリー)
photo:Luc Lacey(リュク・レーシー)
translationKenji Nakajima(中嶋健治)

 
今回取材したベントレーMkVIとアームストロング・シドレー・サファイア346は、その独創性と歴史で、比較対象として面白い。

どちらも、エンスージァストでジャガーの専門家でもある、ロバート・ヒューズが所有する。これまでに相当な時間と費用を掛けて、2台のクルマを維持してきた。特に走行距離2万2530kmのサファイア346への思い入れは強い。

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アームストロング・シドレー 3.4/3461953年1959年

6ライト・ボディのサファイア346オートマティックは、1990年代初頭まで現役で、オーナーが亡くなったのと同時に休眠。オーナーの娘に引き継がれ、2015年にヒューズのガレージにやってくるまで、何度も修復を受けていた。

エンジンはリビルトされ、エンジンルームもリフレッシュ。ボディの塗装は一度剥がされ、塗り直されている。インテリアも丁寧にレストアを受けている。ウッドパネルはオリジナルを用いて丁寧に磨き込まれ、若返った。

レザーシートは特注のシートカバーで覆われ保護されていたが、オリジナルのカーペットは虫食いで傷んでいた。ヒューズは新しいものに張り替えず、コストを惜しまずカーペットとラグを修復に出した。

仕上がったサファイア346は、2019年7月に開かれたアームストロング・シドレー・オーナーズクラブ・センテナリー・ラリーに参加。103台がエントリーしたが、ベスト・サファイア賞とベスト戦後シドレー賞をダブル受賞している。

一方のベントレーMkVIは6年前に入手したそうだ。1952年式で、走行距離は9万9800kmほど。1家族によって大切に所有されてきたクルマで、小さい荷室に大きなエンジンを搭載した珍しいベントレーだ。

スフィンクスのマスコットにジェットエンジン

当時は明らかになっていなかったが、158psの最高出力を持つ、フルフロー・オイルフィルターを備える4.6Lエンジンを搭載。初代オーナーベントレーMkVIの納車から3年後に亡くなり、兄弟とその息子へと引き継がれた。

1950年代に家族とともにスコットランドへ出かけた時の写真と、供給元のディーラーによる書類も残っている。2013年までの70年近い経緯ははっきりわかっていないものの、ヒューズの友人が3年間所有し、ヒューズへと譲り渡された。

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アームストロング・シドレー 3.4/3461953年1959年

フロントシートを傷めないように神経を使ってきたそうだが、1952年当時のオリジナル・レザーをヒューズが偶然入手し、張り替えた。「まだ新品のように見えました。風合いを出すためにボール状に丸めて毛布でくるんで、数日クルマの中に放置したんです」

ボディサイズはサファイア346よりわずかに短く幅も狭いが、ベントレーMkVIの方が存在感が強く堂々としたクルマに見える。どちらも航空機とのつながりを感じさせるデザインだが、アームストロングの方には、ノーズのスフィンクス・マスコットにジェットエンジンが付いている。

ちなみにターボジェット・エンジンを発明した、フランク・ホイットルは、サファイアの有名なオーナーでもあった。

ボンネットを開けると、シリンダーヘッドの中央にプラグが並ぶ。エナメル・ブラックで塗装されたヘッドを持つベントレーより、現代的でコンパクトに見える。ベントレーのボンネットは、中央ヒンジで左右にウイング状に開く点も古さを感じさせる。

現代的な雰囲気のアームストロング・シドレー

2台ともにフロントドアはリアヒンジの「スーイサイド・ドア」を持つ。戦前のモデルとも強いつながりを感じさせるが、ベントレーMkVIのフェアリングが入ったヘッドライトは1946年当時は斬新なもの。ボディサイドにランニングボードがない点も同様に新しい。

ベントレーのセンターメーターは1930年代から引き継がれる特徴。ステアリングホイールは大きく、フロントシートは左右で独立式で高さの調整ができる。新車当時はここまで達成できていなかったと思われるが、スイッチ類の滑らかな動きや、リアシートのピクニックテーブル、リアクォーターのバニティセットなど、細部まで見事に仕立ててある。

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ベントレーMkVI(1946年1952年

一方のアームストロング・シドレーは、ベンチシートながら現代的な雰囲気。汎用性のあるプラスティック製のノブやボタン類が用いられ、ヒーターの操作ノブはコスト重視なことがわかる。一方でウッドパネルやレザーは堅牢で、車内の幅も広くベントレーより明るい。

運転席の前にはメーターが美しくレイアウトされている。ウォールナット製のダッシュボードの中心には、リビングのようなスピーカーが付いている。BBCの温かいラジオ音声が聞こえてくるようだ。

フロアはフラットでどちらのクルマも広く、後部座席の足元空間も大きい。荷室はアームストロングの方がかなり大きい。

サファイア346はシングルキャブレターで、ATの動きはかなり粘っこい。ベントレーMkVIの方が排気量は1.0L近く大きく、30psほど馬力も高いうえにMT車だから走りは比較にならない。2019年の道路を走らせると、現代のクルマとの違いを感じさせるだけでなく、2台の違いも良くわかる。

やや遠くから一般的な直6サウンドを鳴らすサファイア346は、元気に道路を走るが、スピードを上げることは好きではない様子。すぐにトップギアへシフアップし、歩く速度までドラムブレーキでスピードを落とさない限り、シフトダウンもしたがらない。

ベントレーMkVIの余裕のある走り

でも当時のフォード車を並べたら、サファイア346の安定した走りに感謝するはず。2019年の今でも島のように風格があり平穏。ロードノイズはとても小さく、16インチのクロスプライ・タイヤに乗るボディはとても快適。80km/hほどの速度でもステアリングの反応は穏やか。

もしラジアルタイヤを履いていれば、ステアリングは相当重いだろう。1950年代風のステアリングホイールは低速前提の大きさ。締まりのないクルマでは決してないが、70最近い老婦人に、手荒な扱いは相応しくはない。

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ベントレーMkVI(1946年1952年

ベントレーMkVIの方は、より余裕を感じさせる、積極的に運転できるという印象がある。エンジンも滑らかでたくましい。低速域での上質さのまま、クルーザーとして120km/hを超える速度域にも到達できる。実際、3速で130km/h以上を出せる力がある。

回転数を問わずトルクも太く運転しやすいが、右ハンドル車なのにメーターが中央に付いているのが少し残念。ステアリングのレシオはアームストロングと大差ないが、操舵感はより滑らかで印象も良い。少し品に欠けるようなスピードでも、コーナーの連続する道を滑らかに進んでいく。

ドライビングの印象で気になるところといえば、ステアリングのキックバックと、シートが滑りやすいことだろうか。どちらのクルマも圧倒的な雰囲気と佇まいを持っている。レザーの香りと、ボンネットに映り込む景色。オリジナルの妖艶さ。

大きなボディと車重のおかげで、現代の日常的な足としては扱いにくい。だが1950年代の現役当時、長距離運転の不安をどれだけ抑えてくれたのかはよく理解できる。「時は金なり」だった人に対し、クルマでの長距離移動を時間の消費ではなく、喜びへと変えたのだ。

確かなオーナーへ受け渡したい

自動車での移動時間を短くし、疲れを減らす洗練性のために、お金を投じられる人のためのクルマ。当時の多くの人が体験したことのない、スピードと上品さを叶えていた。今では比較にならないほど、平均的なクルマと一線を隠す優位性を備えていた。

近年両車は高い評価額が付くようになっている。プレス加工されたスチール・スタンダードボディは錆びるという悪い評判もあったが、ベントレーの残存台数は多い。アームストロング・シドレーは珍しい存在ながら、優れた愛好者クラブとスペアパーツの供給体制で、しっかり支えられている。

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アームストロング・シドレー 3.4/346ベントレーMkVI

この2台を、オーナーのヒューズから手放す気持ちにさせる値段は、市場の評価とは別のところにある。どちらも積極的に売るつもりはないという。確かなオーナーかどうか、ヒューズが直接確認したいと考えているからだ。

最近、ベントレーの購入を申し出た人には長距離ラリーへ参加する意思があり、ヒューズは契約を断ったという。ラリーへ参加可能なベントレーが多く残っている中で、極めて状態の良いクルマを出場させる考えは賛同できるものではない。

恐らく現存する中で最も走行距離が短く、状態の良いアームストロング・シドレー・サファイア346の行く先にも憂慮しているという。

この手の英国製サルーンの希少性は高まる一方。特に新車同様の状態を持つクラシックカーは、保存する必要性の注目度も高くなっている。次世代へ受け渡す準備は、われわれにできているのだろうか。

2台のスペック

アームストロング・シドレー 3.4/346(1953年〜1959年)のスペック

価格:新車時 1728ポンド(24万円)/現在 1万9000ポンド(266万円)以下
生産台数:7680台
全長:4902mm
全幅:1830mm
全高:1600mm
最高速度:146km/h
0-96km/h加速:15.5秒(マニュアル)
燃費:6.0-7.0km/L
CO2排出量:−
乾燥重量:1575kg
パワートレイン:直列6気筒3453cc
使用燃料:ガソリン
最高出力:126ps/4200rpm
最大トルク:24.4kg-m/2000rpm
ギアボックス:4速オートマティック/プリセレクター/マニュアル

ベントレーMkVI(1946年〜1952年)のスペック

価格:新車時 2997ポンド(42万円)/現在 4万ポンド(560万円)以下
生産台数:5201
全長:4864mm
全幅:1753mm
全高:1638mm
最高速度:160km/h
0-96km/h加速:15.2秒
燃費:6.0km/L
CO2排出量:−
乾燥重量:1793kg
パワートレイン:直列6気筒4257cc(1951年からは4566cc)
使用燃料:ガソリン
最高出力:−
最大トルク:−
ギアボックス:4速マニュアル/4速オートマティック

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アームストロング・シドレー 3.4/346ベントレーMkVI

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