【動画】英国ロイヤルオペラ『ドン・ジョヴァンニ』予告編


英国屈指の劇場、英国ロイヤルオペラ・ハウスの臨場感を映画館で味わえる、英国ロイヤルオペラ・ハウス シネマシーズン2019/20が、いよいよ始まる。栄えあるシーズン第1作目を飾るのはモーツァルト作曲の名作オペラ『ドン・ジョバンニだ。演出は元ロイヤルオペラ前ディレクターのカスパー・ホルテンによるもので、2014年の新制作以来、3度目の再演となる人気のプロダクションである。タイトルロールを演じるのは現代最高のドン・ジョバンニ役の一人といわれる、ウルグアイ出身のバリトン歌手、アーウィン・シュロット。どこかで耳にしたお馴染みの名曲も次から次へと登場する、数百年を経てなお愛されている作品である。

■稀代のプレイボーイ、ドン・ジョバンニの心の闇はエッシャーの騙し絵のよう

オペラ『ドン・ジョバンニ』はプレイボーイの代名詞である「ドンファン」の物語をベースにしたオペラだ。金も身分もある貴族にして、容姿端麗の主人公ドン・ジョバンニは、容姿や身分には関係なく、女性という女性全てを分け隔てなく(?)片っ端から口説き落とすことに生きがいを感じる、世界をまたにかけたプレイボーイ。夜更けにドンナ・アンナの部屋に忍び込むものの彼女の父親である騎士団長に見つかり、騎士団長を殺害して逃亡。その先でドン・ジョバンニに裏切られ、復讐せんと追いかけるドンナ・エルヴィーラうっかり口説き、さらに農村の結婚式では花嫁ツェルリーナを我が物にしようとする。ドン・ジョバンニの従者レポレッロが台帳に書き留めた、主人が落した女性の数は約2000人。現代なら#MeTooで訴えられそうなこの主人公は、神をも恐れぬ慢心や死者を愚弄する様々な要因もあってだろう、モーツァルトが作曲し、自ら初演時の指揮棒を振った1787年の初演時から、最後は地獄に堕ちてゆくという、衝撃的な運命が与えられた。

(C) ROH 2019 Photographed by Mark Douet

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今回英国ロイヤルオペラが上演する『ドン・ジョバンニ』は、演出のホルテンが主人公の「孤独を恐れる心の闇」にスポットを当てた演出が実にユニークだ。白い立方体の建物は、ドン・ジョバンニの心の象徴だろうか、上下二層の箱は階段と通路と壁で仕切られいくつもの小部屋を形成している。そこにライトやプロジェクションマッピングの映像が当たると、それは複雑に歪んだ箱のようにも、ときに「騙し絵」で有名なエッシャーの無限階段も彷彿させる。行けども行けども同じところをぐるぐるとループするような「心」の迷宮世界を主人公たちは行きつ戻りつし、ときには立ち止まり座り込む。父の仇と恨みながらも惹かれてしまうドンナ・アンナや憎みながらもよりを戻したいと願うドンナ・エルヴィーラ、貴族の殿方に惹かれながらちゃっかり夫のご機嫌も取ろうとするツェルリーナなど、ドン・ジョバンニの心の迷宮に絡めとられてしまったかのような女性たちの心情や、「ドン・ジョバンニ」という男の及ぼす影響や大きさも感じられる演出はなるほど、と唸る。

(C) ROH 2019 Photographed by Mark Douet

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■まさに当たり役!アーウィン・シュロットは必見必聴

(C) ROH 2019 Photographed by Mark Douet

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またこの『ドン・ジョバンニ』で必見必聴なのが、タイトルロールを歌うアーウィン・シュロット(実はアンナ・ネトレプコの元夫)である。歌唱力はもちろんのこと、「当代きってのプレイボーイ」を演じるうえで色気のある、しかしどこかお茶目で憎めないキャラクターや容姿はまさに当たり役。さらに胸元からちらっとのぞくタトゥーは、芸術家然とした品行方正な印象を抱きがちなオペラ歌手のイメージを覆し、それが「ドン・ジョバンニ」という男の魅力に、さらに一味加えている。

加えてこのライブビューイングではすっかりお馴染みとなった幕間のインタビューでは、シュロットが『ドン・ジョバンニ』の作品や人物の魅力、モーツァルトのすばらしさなどを熱く語る。その語り口には、役と作品への愛情がいかんなく滲み出ており、「現代最高のドン・ジョバンニ」「当たり役」と言われるだけあるなと、非常に納得させられるのだ。

(C) ROH 2019 Photographed by Mark Douet

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主人に振り回されるレポレッロをロベルトタリアヴィーニがイタリア人らしい茶目っ気でとともに演じるほか、ドンナ・エルヴィーラミルト・パパタナシュ)、ドンナ・アンナ(マリン・ビストローム)、ツェルリーナ(ルイーズ・オールダー)など、登場人物はそれぞれに個性的。音楽も有名な序曲や「カタログの歌」「お手をどうぞ」「シャンペンの歌」「ぶってよ、マゼット」、そして最後の「地獄堕ち」の音楽など、どこかで耳にしている名曲が目白押しだ。

(C) ROH 2019 Photographed by Mark Douet

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「生き方を変えろ」と言われ「ノー!」と固辞するドン・ジョバンニの地獄堕ちのシーンまで、ぜひしっかりと見届けていただきたい。

取材・文=西原朋未