NHK朝ドラスカーレット」の舞台が滋賀県の信楽ということで、最近にわかに注目されている滋賀県。しかし、滋賀県は「日本一スルーされる県でした」と、出身の作家がユーモラスに語る。本書『忍びの滋賀』(小学館新書)は、少し屈折した「滋賀愛」に満ちた本だ。

男性の長寿ナンバーワンは何県?

 著者の姫野カオルコさんは、1958年滋賀県甲賀市生まれ。『昭和の犬』で第150直木賞を受賞。東大の大学院生らが酒に酔わせた女性に集団で起こした「東大わいせつ事件」をモデルにした小説『彼女は頭が悪いから』(第32回柴田錬三郎賞)が、昨年(2018年)話題になった。2014年直木賞発表の際、ジャージ姿で会見場に現れた人と言えば、思い出すかもしれない。

 実は多くの人が琵琶湖が何県にあるのか知らない。すぐに「千葉」や「佐賀」と間違えられる(ウソと思うかもしれないが姫野さんの実体験。それも何度も)。比叡山延暦寺JR東海の「そうだ京都、行こう」のテレビCMのせいか、京都にあると思われている(「そうだ抗議、しよう」と書いている)。姫野さんは滋賀の存在感の薄さを嘆く。

 本書の冒頭はこんなクイズから始まる。

 「厚生労働省2015年都道府県別長寿ランキングで、男の第1位、女の第4位になったのは□□県である。□□の中に県名を入れよ」

 正解は滋賀なのだが、長野と思った人が100人以上いるはずだ、と断言する。ご丁寧に「え、ちがうの? だってスキーするシガ高原のあるところでしょ」と思う人がいっぱいいるはずだ、とも断言する。

 長野県にあるのは志賀高原だ。滋賀県にはない。

琵琶湖は滋賀県の何分の一?

 琵琶湖滋賀県にあることを知っている人でも、正確にその大きさを把握している人は実に少ない。先日テレビのバラエティー番組で、滋賀県の地図に琵琶湖を書いてもらうやりとりがあった。はなはだしくは、へりを残して大部分を琵琶湖が占めていたり、中央の3分の1が琵琶湖だったりした。正解は6分の1程度である。

 滋賀県出身の出演者の多くが出身を聞かれると、「京都」とウソをついていることを告白していた。実際、JR京都駅から県庁所在地大津市のJR大津駅までは、わずか2駅9分。関東の人は想像できないほど京都と大津は近いのだ。だから、大阪の通勤圏として、いまや京都を通り越して滋賀県のJR琵琶湖線東海道線)沿線で宅地開発が進む。人口も増えている。

草津までが特別エリア

 しかし、滋賀県の中にも京都への距離で「区別」があると、姫野さんは力説する。ずばり、

 「滋賀県のうち草津までは滋賀県の特別エリアである」

 と書いている。

 京都と草津までを、他県でたとえるなら、「渋谷から明大前、名古屋から今池、札幌から澄川、仙台から黒松、天神から姪浜」といった行きやすさ、だとも。評者としては少したとえが極端すぎるような気もするが、まあ許容範囲だろう。

 姫野さんの出身地、甲賀市は「草津より向こう」。さらに、別の線に乗り換え、バスで行く場所だったので、京都からははるか向こうだったという。

みうらじゅんさんとの違いは?

 姫野さんはイラストレーターみうらじゅんさんとは多くの共通点があることを明かしている。1958年生まれ、血液型AB型一人っ子、雑誌「mc Sister」に1993年5月号~1994年4月号まで、同ページに連載していた。みうらさんイラスト担当、姫野さんが本文担当だった。

 しかしながら京都市出身のみうらさん滋賀県甲賀市出身の姫野さんの間には、大きな断層があったという。映画「エマニエル夫人」を未性年(未成年の意味の著者による造語)なのに、リアルタイムで京都の映画館で観ることが出来たのがみうらさんで、公開時に観に行けず、上京して大学卒業後に初めて観たのが姫野さんだ。歯切れ悪く、その違いを力説しているのが面白い。

 姫野さんの小説の文体は実に饒舌だ。『ツ、イ、ラ、ク』などの代表作を読み、評者は故・橋本治さんの名作『桃尻娘』を思い浮かべた。前者は女性が書き、後者は男性が書いたという違いはあるが。

鮒鮨を毛嫌いするまで

 だから本書も饒舌の中の微妙なニュアンスのやりとりを感じながら、読んでいただきたい。絶品なのは、「彼が鮒鮨を毛嫌いするようになるまで」という文章。首都圏在住の地理通で食通で滋賀県通の博識の紳士(あるいは淑女)が、滋賀県に行くことになった。「滋賀県といえば、鮒鮨で有名だ。行ったら、これを食べてみよう」と思った時点で「まちがい発生」だそうだ。

 順にまちがいぶりをたどる。まず少量なのにものすごく高額な食品であること、次に滋賀県のどこでもすぐに食べられるものではないこと、押鮨や江戸前鮨のような早鮨ではなく魚を発酵させた熟鮨(なれずし)であること、想像したサイズと違うこと(バーンとしてなくてぽつんとしている)、とどめは臭さだ。実際には納豆よりもAu(アラバスターという器機で測定した臭さの単位)値は低いのだが、見た目が想像していたものと違うことで、強いショックを受け、「実際以上に臭さを感じるのである」と説明する。端的に言えば、こういうことだ。

 「期待して、やっと見つけて注文したら、しょぼい量が出てきて、臭くてまずく、なのにバカ高かった」

 そして、何かのきっかけで鮒鮨が話題になると、

 「ゲーッ、鮒鮨、あんなまずいもの、大キライ」

 と、なるのだそうだ。

 そんな悲しい誤解を避ける正しい賞味法を提案している。すき焼きのようなこってりしたものを食べた後、チーズだと思い何人かで分けて食べるのだ。合わせる酒はスパークリング日本酒がいいそうだ。

忍者でも伊賀に遅れをとる

 姫野さんは出身地を説明するときに、「忍者で有名なところ」と言うと、ほとんどの人が「伊賀なんですね」と返してくるという。伊賀は山を越えた三重県である。

 なぜ、昔、忍者ものの漫画が流行った頃に、「伊賀」ではなく、「甲賀」をタイトルに入れてくれなかったのか、と八つ当たりしている。せめて、白土三平さんが、『サスケ』ではなく、『甲賀のサスケ』としていたら、「伊賀」と「甲賀」は同程度に忍者の里として知られていただろうに、と残念がる。

 本書のタイトル「忍びの滋賀」は以下の姫野さんの「妄想」に由来する。

 「光あるところに影がある まこと京都の陰に 数しれぬ甲賀忍者のすがたがあった」

 元ネタは「光あるところに陰がある まこと栄光の陰に 数しれぬ忍者のすがたがあった......」というアニメサスケ』のオープニングだ。

 近年出色の地域ネタの本だ。評者は大好きな鮒鮨を食べながら、ゆっくり再読したい、と思った。

 ちなみに滋賀県には、県を代表する新聞がない。全国でも珍しい県の一つだ。大阪発行の朝日、毎日、読売、産経と京都発行の京都新聞、名古屋発行の中日新聞シェアを分け合っている。ローカル紙はいくつかあるがエリアは小さく部数も少ない。そんなことも影の薄さにつながっているのだろうか。


BOOKウォッチ編集部
鮒鮨の正しい賞味法を知っていますか?