元農林水産事務次官の熊沢英昭被告が東京都練馬区の自宅で長男である熊沢英一郎さん(当時44歳)を殺害した事件について、犯行に至る経緯や犯行状況などが注目を集め裁判の模様は連日報道されていました。判決は懲役6年の実刑判決でした。

事件の詳細についてはテレビや新聞など多数のメディアが報じているためここでは触れませんが、痛ましい事件だったと思います。事件の被害者である熊沢英一郎さんのご冥福を祈ります

 

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先日この熊沢被告について、東京高裁が保釈を認める決定を出しました。保釈保証金は500万円です。

殺人罪で起訴された被告が一審で実刑判決を 受けたあとに保釈が認められるのは異例なことだそうです。

一審判決から14日以内に控訴しなければ判決は確定しますが、12月21日現在ではまだ弁護側も検察側も控訴の申し立てはしていません。保釈が認められたといっても身体拘束が解かれるのは短い期間になりそうです。おそらくは身辺整理のための保釈申請だったのではないでしょうか。

しかし、それでも異例なことには間違いありません。何故、今回の保釈は認められたのでしょうか。

異例の保釈許可

殺人罪の被告の実刑判決後の保釈は異例ですが、他の事件ならば実刑判決後の保釈が裁判所の裁量で認められることは少なくはありません。

そもそも拘置所刑務所に身柄を勾留し自由を奪うことは人権の侵害です。もちろん警察や検察、裁判所はそれが許される特権を与えられているのですが、あくまでも「特権」です。行使するにはそれ相応の理由がなければいけません。

以前、飯塚幸三氏が9名の負傷者と2名の死者を出す事故を起こしてしまったにもかかわらず逮捕されなかった時には、

「なぜ逮捕しないのか」

という声が挙がりました。

飯塚氏に関しては逃亡や証拠隠滅のおそれがなく、逮捕要件を満たしていませんでした。このような人を逮捕し勾留する権利は誰にも与えられていないのです。

 

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今回の熊沢被告の保釈に関しても、基本的には同じような理屈だと思います。

保釈も権利です。定められた基準さえ満たせば誰にでも認められます。一審判決後は推定無罪の原則が失なわれるためにその権利は失われますが、裁判所の裁量で保釈を認めることはできます。

熊沢被告は裁判でも罪を認めていました。犯行自体も情状酌量が認められるものです。すでに審理も尽くされているため証拠隠滅のおそれはないように思えます。

逃亡のおそれに関しても保釈保証金を納めていること、きちんとした身元保証人がいることを考えれば可能性は低いと判断できます。

さらに元事務次官という社会的地位の高さ、穿った言い方をすると「上級国民」であるということも逃亡のおそれがないと判断される要素になります。

公開されていないだけで他にいくつも保釈の条件はあるはずですが、熊沢被告の保釈が認められたということ自体は原理原則論で考えれば問題があるとは思えません。

むしろ、この保釈が「異例」だと言われてしまうことの方が問題なのかもしれません。

仕方がなかった殺人?

先日、新幹線内で3名を殺傷した被告に無期懲役の判決がくだされました。あり得ないことですが、もし彼が今、保釈という形で社会に出てきたら何が起きるでしょうか? おぞましい私刑が起きる可能性があります。

殺人犯に保釈が認められないことには合理性もあるのです。「勾留は人権の侵害」と先ほどは述べましたが、「被告人の人権を守るための勾留」というのもあります。

しかし熊沢被告は保釈を認められました。世論が彼の犯行を「仕方ない」と許しているような風潮が一部にあるのも、保釈が認められた一因になった気がしてなりません。

たとえどんな事情があったにせよ、熊沢被告が人1人のかけがえのない命を奪ったことには変わりないはずです。

この事件についてネットで調べてみるとかなり過激な調子で被害者である英一郎さんを批難するような言葉さえ出てきます。

殺されても仕方がない人間などこの世界には1人もいません。熊沢被告のおかれていた状況も想うと心が苦しくはなりますが、それでも殺人という罪は強く責められるべきです。

 

今回の保釈の決定は人権という観点からは歓迎すべきだとは思います。しかし、どこか釈然としないものも残ります。(取材・文◎鈴木孔明)

 

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