暮れも押し詰まった12月18日の昼過ぎ、私のスマホが立て続けに、「ピンポピンポン、ピンポピンポン♬」と鳴り出した。これは、「中国版LINE」こと、「微信」(WeChat)の着信音である。相手はいずれも、海の向こうの中国のメディア関係者だった。

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 彼らの要件はすべて同じである。それは、「『黒箱』問題の判決についてどう思うか?」というものだった。

中国でベストセラーになった詩織さんの著書

「黒箱」とは、「ブラックボックス」を中国語に訳した言葉だ。そう、ジャーナリスト伊藤詩織氏が、2017年10月文藝春秋から出版した本のタイトルだ。

 この日、東京地裁で出た民事訴訟の一審判決——「加害者である山口敬之元TBSワシントン支局長に、被害者である伊藤詩織氏に対して慰謝料330万円の支払いを命じる」——は、ニュース速報として、瞬く間に中国で報じられたのだった。

 おそらく中国は、この日本人の女性ジャーナリスト日本人の男性ジャーナリストを訴えた裁判を、日本に次いで2番目に高い関心をもって見守っていた国だったのではないか。「日本は110年も強姦罪を規定する法律を改正していない」とか、「山口氏は安倍晋三首相の『御用記者』だった」といった記事が、いくつも出されたからだ。加えてSNS上では、まるで自国で起こった重大事件であるかの如く、侃々諤々の議論が、一般市民の間で交わされているのだ。

「御用記者」などという中国語はないのだが、日本語をそのまま使用して、中国で記事になっているところも興味深い。被害者の伊藤詩織氏も加害者の山口敬之氏も、いまや中国では相当な有名人である。

 実は、私がこの事件の中国でのインパクトについて思い知らされたのは、今年8月に北京へ行った時のことだった。

 ある日の夕刻に、日本大使館から歩いて10分くらいの亮馬橋のオフィスビル2階に入っている書店『言幾又』に入った。『言幾又』は、北京の文化人の間で最も高く評価されている書店で、北京の出版文化の発信基地になっている。

 その書店の入口に、真っ黒い表紙に白い帯の本が、100冊くらいドーンと積まれていたのだ。手に取ってみたら、黒い表紙の中に、どこかで見たような美女の顔が透けて写っているではないか。

 本のタイトルは、『黒箱 日本の恥』。これが伊藤氏の著書『ブラックボックス』の中国語版だった。立ち読みできるように、写真のような「様書」と呼ばれる「見本」まで置かれていたのだ。

『黒箱 日本の恥』は、今年4月に中信出版社が出版するや、たちまちベストセラーとなり、中国国内で大きな反響を巻き起こした。

「詩織さんは『中国のヒロイン』」

 たまたま8月のこの時、中国の大手経済紙の女性編集局長と会食したので、『黒箱 日本の恥』について、知っているか聞いてみた。すると彼女は、頬を紅潮させ、テーブルから身を乗り出して答えた。

「もちろん読んだわよ。彼女こそは、日本のヒロインよ! 私が身を置く中国のマスコミ業界でも、どれだけ多くの『伊藤詩織小姐(シャオジエ)』がいて、権力を持った男たちに泣き寝入りさせられていることか。

 おそらく中国で、同様の被害に遭った女性が名乗り出ようとしても、何らかの圧力がかかって、裁判を起こしたりはできないでしょう。ましてや体験記を出版するなどということは不可能です。

 だからこそ、私たちは彼女を尊敬するのです。その意味では、彼女は『中国のヒロイン』でもあるのです」

 かつて毛沢東主席は、「天の半分は女性が支えている」(婦女能頂半辺天)と女性を持て囃し、男女平等社会を目指した。そのおかげもあって、私から見ると、中国社会は日本社会に較べて、はるかに女性の地位が確立されているように映る。

 タクシーの運転手から戦闘機パイロットまで、女性はあまねく社会進出しているし、オリンピックメダルを取る選手も、男性よりも女性の方が多い。離婚率が4割を超える北京に4年住んでいた私の実感からすれば、離婚を切り出すのも、夫より妻からの方が多い。

 だがそれでも、中国の女性たちは我慢を強いられているというのだ。

控訴審の行方を固唾を呑んで見守る中国

 さて、私は今回、中国メディアの質問に何と答えたかというと、以下の2点だ。

レイプ問題は、本来なら民事ではなく刑事で処理するべき問題である。民事でこれだけの重い判決が出る案件を、刑事で不起訴になったことが解せない。それから当事者の二人が、共に私と同じ職業の人間であることが哀しい」

 私はこの案件を、自分で取材したわけではないので、単なる感想を述べたにすぎない。

 ともあれ、山口氏は「即刻、控訴する」と述べているので、この裁判はこれからも続くことになるだろう。そして中国もまた、固唾を呑んで裁判の行方を見守り続けている。

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12月18日、性的暴行を受けたとして元TBS記者を訴えた民事裁判での勝訴を受け、東京地裁前で支持者らに報告をする伊藤詩織さん(写真:AP/アフロ)