(舛添 要一:国際政治学者)

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 2017年5月に文在寅政権が誕生して以来、日韓関係は悪化の一途を辿ってきた。前政権との違いを際立たせるために、文在寅大統領が「反日」を支持率上昇のために使うという悪弊を続けたツケが大きくなりすぎたのである。

 アメリカから強力な圧力を受けて、11月23日に、文在寅GSOMIAの失効を回避せざるをえなくなった。

 また、日本製品ボイコットなどで貿易量が減り、観光客の往来も少なくなって、双方に大きな被害が出ている。12月18日に発表された11月の貿易統計では、韓国向けの輸出額は、前年同月比17.0%減の3896億円であった。さらに同日に公表された観光庁の統計によれば、11月に日本を訪れた韓国人旅行者数は、昨年同月より65.1%減って20万5000人だった。

 そのような事情を背景に、日韓関係改善の努力を始めようという動きが出てきている。

韓国側から出てきた徴用工問題解決案

 12月19日には、ソウルで日韓観光当局の協議が開かれ、青少年交流の活性化などで協力することで一致した。

 また、17日には、貿易管理をめぐって日韓局長級政策対話が行われた。実に3年半ぶりである。主張は平行線でも、こうしてお互いの意見をぶつけ合うことで解決の糸口も見いだせるであろう。

 さらに、18日、韓国の文喜相国会議長が、与野党議員13人と共同で、徴用工訴訟問題の解決に向けて新たな基金を設置するための法案を提出した。後述するように、この法案には幾つかの問題点があるが、韓国側からのイニシアティブである点に着目すれば、一定の評価をして、関係改善に活用するとよい。もし、このような法案を日本側が先に提案していたら、韓国民はそれだけで猛反発し議論の余地はなかったであろう。

 法案の内容は、日韓両国の企業と個人の寄付(政府や国際機関も寄付は可能である)で「記憶・和解・未来財団」を設立する、日本企業に対する賠償責任請求で勝訴が確定した元徴用工らに「精神的被害に対する慰謝料」を支給する、受給した原告は強制執行の権利を放棄したとみなすというものである。係争中の原告は訴訟取り下げを条件に慰謝料を受け取ることができる。これまでに日本企業を相手の訴訟で勝訴した者は3件32人、係争中の原告は1000人を超える。

国家間の約束を順守しない韓国

 文議長らは、韓国政府が2008〜2015年に強制動員被害者に対して慰労金を支給してきた支援特別法の再開も目指している。

 慰安婦問題については、2015年12月に日韓合意に基づいて「和解・癒やし財団」が設立されたが、資金は日本政府が拠出している。ところが、文在寅政権は、2018年11月に財団の解散を発表し、2019年7月には正式に解散した。拠出金のうち、半分の5億6000万円が残ったままである。

「和解・癒やし財団」を解散しながら、今度は徴用工問題解決のために新たな財団を作るというアイデアに対しては、当時外相として慰安婦問題日韓合意の締結に尽力した岸田自民党政調会長は、「説得力がない」と述べている。

 同財団の解散については、国家間の約束を反故にするものであり、当時、安倍首相も「韓国には国際社会の一員として責任ある対応を望みたい」と不満を表明している。

 そのような不満は当然であり、慰安婦問題も徴用工問題も、ここまで話がもつれたのは、韓国が国際的な取り決めを遵守しなかったからである。しかし、韓国はそういう国であり、それを言っても何らの解決にはつながらない。

文喜相議長の提案には韓国内から反発も

「和解・癒やし財団」と「記憶・和解・未来財団」とを比較してみよう。

 まず、先述したように、今回は韓国側のイニシアティブである。次に、資金は、前回のように日本政府が拠出するのではなく、日韓両国の企業や個人の寄付である。それだけに、より広範なコンセンサスに支えられることになる。

 今の日韓対立の直接的な原因は徴用工問題であるが、戦後賠償については、1965年6月に日韓基本条約が結ばれ、両国間で請求権の完全かつ最終的な解決が図られている。日本側は、経済協力金として、無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドル以上を供与・融資を行い、韓国側は対日請求権を放棄した。

 日本政府は、無償の3億ドルは、徴用工などの個人からの請求への支払いに使うべきだと主張したが、3億ドルの95%は経済発展に使われ、個人賠償にはごく一部しか充てられなかったのである。

 注意すべきは、損害を被った個人の請求権は、日韓基本条約によって消滅するものではないということ。そして、その請求先が日本政府ではなく、韓国政府になったということなのである。そのうえで、徴用工訴訟は日本政府ではなく、日本企業を相手取っている。その訴訟が無効だというわけにはいかない。

 徴用工訴訟問題で、これまで日本政府は、日韓請求権協定第3条に則って、外交的解決のための協議、仲裁委員の選定などを提案してきたが、韓国側は一切応じようとはしなかった。そこで日本政府は、「安全保障上の疑義」を表向きの理由としながらも、実質的な対抗措置として、半導体の製造に必要な材料などの輸出管理を厳しくしたのであるが、それは韓国の花形輸出産業である半導体業界に大きな損害をもたらす打撃であり、韓国は猛反発したのである。

 文議長の新財団案については、原告団は反対を表明している。その理由として、原告の裁判権を剥奪する、「寄付」というのは加害者である日本企業の責任を免じることになる、「寄付」を強制できないなどの点をあげている。このような反対論は予想された通りであるが、日本vs韓国という図式ではなく、韓国内での論争という形になっており、韓国人の間で決着させるという点で、実は慰安婦問題解決の財団とは全く違うのである。日本にとっては、これは大きなプラスであり、それを利用しない手はないと思う。

 日本側から見ると、慰謝料を受け取らない原告と日本企業との係争は続くことになるし、救済対象を旧日本軍の元軍人や軍属にまで広げるのは問題である。

 また、この法案が国会で可決されるかどうかは分からない。さらに、たとえ法案が国会を通過しても、世論の動向次第で文在寅大統領が拒否権を発動する可能性もある。

 中国を訪問する安倍首相は、12月24日四川省成都で日中韓3カ国首脳会議、日韓首脳会談が予定されている。昨年9月以来1年3カ月ぶりの文在寅大統領との会談である。関係改善への展望を開くことができるかどうかの重要な会談となろう。

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