2004年のTV放送から15周年を迎えたアニメ『巌窟王』の舞台化、「巌窟王 Le theatre(ル テアトル)」が12月20日(木)よりこくみん共済coopホール(全労済ホール)/スペース・ゼロにて上演中だ。
フランスの古典文学の名作『モンテ・クリスト伯』の舞台を未来のパリに移し替え、“復讐”の生贄となるひとりの少年の目線から再構築した物語。主演は、昨今演劇界で目を見張る活躍をしている橋本祥平。ほかにも、谷口賢志、前嶋 曜(JBアナザーズ)、遠山景織子、徳山秀典、小松準弥、遊馬晃祐など実力派揃いの豪華布陣で届けられる。
初日前に行われたゲネプロ&囲み取材をレポートする。
※「巌窟王 Le theatre」の「e」はアキュートアクセント付き、「a」はサーカムフレックス付きが正式表記

取材・文・撮影 / 竹下力

彼らが大人の理不尽さに翻弄されながらも成長していく姿が描かれている
舞台のすごいところは、終演後に、今日会ったばかりの隣りに座った観客同士が、偶然にも同じことを考え、心が通い合ってしまう、そんな連帯感を生み出すパワーにある。そして観客の心をつないでいくのに大切なのは、激しい稽古を積んだカンパニーの力だと思う。今作で、彼らは“愛”で観客の心をつなげることに成功した。

“復讐”は“復讐”の連鎖を呼び、“憎悪”は新たな“憎悪”を産み出し、“悲しみ”は“悲しみ”の鎖につながれている。その鎖は強固で、誰も断ち切ることはできない。愛している人に愛する気持ちを届けられず、すれ違い、あるいは憎しみ、悲しみ合うことになる。
小説の『モンテ・クリスト伯』(『巌窟王』)といえば、言わずと知れた“復讐”のお話であり、一種の救いのなさは“悲劇”と捉えられるし、見方によっては“ピカレスク小説”としても読まれていたし、現代のやり切れなさを示唆する作品と言えるかもしれない。

その小説を基にしたアニメを原作とした本作は、モンテ・クリスト伯爵の“復讐”に焦点を当てるよりも、“復讐”される人物の家族、そして本来罪のない、無垢な少年や少女たちが主人公となり、彼らが大人の理不尽さに翻弄されながらも成長していく姿が描かれている。また、未来のパリや宇宙が物語の中心になったSFであり、10代の少年たちの過去に遡る話であることも示唆されるから、今作の重要なファクターは“ノスタルジー”や“アドレッセンス”とも言えよう。

始まりは、アルベール・ド・モルセール子爵(橋本祥平)とフランツ・デピネー男爵(前嶋 曜)の短い独白。この物語がひと夏の思い出話であることが提示されると、舞台は月面都市・ルナのカーニバルに移り、刺激を求めて遊びに来ていたアルベールたちは、盗賊団に襲われる。そこで、東方宇宙からやって来た「田舎貴族」を名乗る謎の紳士、モンテ・クリスト伯爵(谷口賢志)とその仲間、ジョヴァンニ・ベルッチオ(加藤靖久)に助けられる。

貴族社会で退屈な毎日にうんざりし、刺激を求める15歳のアルベールには、博識で莫大な富を持ちながらも紳士的なモンテ・クリスト伯爵はちょっとした憧れの存在となる。しかし、アルベールが住むパリにやって来たモンテ・クリスト伯爵はアルベールとの交流を深めながら、次第に、アルベールや、彼の恋人や友達たちの両親である、フェルナン・ド・モルセール将軍(徳山秀典)やダングラール男爵(村田洋二郎)、ジェラール・ド・ヴィルフォール主席判事(細貝 圭)に近づいていく。彼の目的とは……。

復讐劇はミステリー的な要素が強いので、カリスマ性を持ったモンテ・クリスト伯爵がどんな想いを抱え、何をしようとしているのか、話を結末まで追わなければ、どんな顛末が待っているのかわからないスリリングさがある。序盤は無駄のない抑制を効かせたトーンで物語が進み、次第に謎が謎を呼び、モンテ・クリスト伯爵がどうして“復讐”を果たすのか、徐々に彼の素顔が暴かれていくところにカタルシスがある。しかし今作の主眼は、モンテ・クリスト伯爵の“復讐”に利用されるアルベールが、どんな困難にも負けずに生きることを決心するところにも重きが置かれているので、多層的な作品に仕上がっている。

アニメのエッセンスをきちんと取り込みながら、わかりやすく書かれた脚本は、村井 雄の巧みさを表していると思う。原作のすべてを詰め込もうとするのではなく、あくまで劇化に向いた要素を選び抜いているからこそ、短い上演時間の中に物語が濃縮され、観る者を引き込みやすい。

本作で演出も手がける村井は、未来都市や宇宙といった世界、さらにはキャラクターたちの心の内を、映像を上手に使って堪能させてくれた。また、物語の核心に迫っていくほど、スピーディーにシーンを展開させ、アドレッセンスの男の子の胸が焦がれる焦燥も、欲にまみれた、あるいは嘘に塗り固められた人間の醜悪さも垣間見させて、人間の多面性や奥深さを存分に感じさせる。

モンテ・クリスト伯爵 役の谷口賢志は、復讐に取り憑かれた伯爵の怨念を自在に操り、怒り、哀しみ、苦しみ、細やかな感情の起伏を見事なまでに表出させていた。表と裏の顔をスムーズに切り替え、彼の本心がいったいどこにあるのか掴めないという物語のスリリングさも担いながら、卓抜な芝居をしていく。優しげな伯爵が一瞬にして、鬼のような形相の復讐鬼に豹変するところは、見どころだ。そして、彼の“復讐”が成されたときの悲壮感はとてもドラマチックであった。

また、前嶋 曜が演じるアルベール幼馴染みで親友のフランツは、“友情”や“愛”といった、この物語の肝とも言えるパーツを大きく支える存在だった。アルベールとその婚約者・ユージェニー・ド・ダングラール(小泉萌香)を気にかけたり、自分の婚約者・ヴァランティーヌ・ド・ヴィルフォール(田名部生来)に恋する友人のマクシミリアン・モレル(遊馬晃祐)の想いを受け入れたり、命をかけてアルベールを守ろうとしたり、最後まで自分の信念=“正義”を貫いた人物で、そのブレのなさを、抑制を効かせた台詞回しで落ち着いて演じていた。しかも、前嶋は語り部役も担っており、彼の淡々とした語り口調は、優しさも伴いながらじわじわと心に染み入ってきた。

特にモンテ・クリスト伯爵に復讐される人間、ダングラール男爵 役の村田洋二郎、ジェラール・ド・ヴィルフォール主席判事 役の細貝 圭、フェルナン・ド・モルセール将軍 役の徳山秀典らの人間の強欲な部分を露悪的に見せる芝居が、アルベールといった子供たちのイノセンスとのコントラストになって見事だったと思う。ネガティブな彼らの存在が、この舞台をポジティブに彩ることに成功していると思う。

そのほかにも、アンドレア・カバルカンティ侯爵を演じた小松準弥は、悲運の男を熱演していたし、マクシミリアン・モレル 役の遊馬晃祐は、“愛”に翻弄されながらも己の信念を貫いていた芝居が秀逸だった。

ユージェニー・ド・ダングラール(小泉萌香)やエデ(市川美織)の“無償の愛”を求める姿は感動的だったし、アルベールの母で、物語のキーマンでもあるメルセデス・ド・モルセール 役の遠山景織子の慈愛に満ちた表情は美しかった。

とにかくみんな活き活きしていて、カンパニー全員がそれぞれの持ち味を発揮していて素晴らしかった。

なかでも橋本祥平は、アルベールを演じきった。憧れた人の裏切りや両親の嘘に人間の本心を知り絶望しながらも、友や恋人の支えもあって成長して大人になっていく、そんな15歳のセンシティブな男の子の姿を巧みに演じていた。モンテ・クリスト伯爵に利用されているのに、でも彼を信じたいと思う気持ちが葛藤するシーンでは、そのもどかしさに、思わず感情移入してしまうほどだった。ときおり会場に響きわたる橋本の絶叫は、どこにもやり場のない“怒り”や“悲しみ”、“喜び”といった喜怒哀楽を力強く表しつつも、まさに青春の咆哮として、少年の心持ちを情感豊かに、そしてリアルに表現していたと思う。

人は誰でもいろいろなものにつながれて、それらを断ち切りたいと願うこともあるが、それはなかなかに叶わない。“復讐”や“憎悪”、そして、“友情”や“愛”といった様々な“想い”や“関係”に縛られている。けれど、そのつながれたものを違う鎖でつなぎ直すことはできるはずだ。だからこそ、鎖の中で足掻きながらも、前を向いて精一杯生きることが大切。そう教えてくれた感動的な名作だった。

最後にこれだけは言わせていただきます……“待て、しかして希望せよ!”
この舞台のゲネプロの前には囲み取材が行われ、アルベール・ド・モルセール子爵 役の橋本祥平、モンテ・クリスト伯爵 役の谷口賢志フランツ・デピネー男爵 役の前嶋 曜(JBアナザーズ)、メルセデス・ド・モルセール 役の遠山景織子、フェルナン・ド・モルセール将軍 役の徳山秀典が登壇した。

まず本作への意気込みを問われ、主人公のアルベール・ド・モルセール子爵 役の橋本祥平は「1ヵ月間、本番に向けて稽古に挑んできましたが、あまりにも内容が濃すぎて、体感的には半年ぐらい稽古をしたような気がします(笑)。演出の村井さん含め、(谷口)賢志さんがお芝居でカンパニーを引っ張ってくださって、最後まで諦めることなく挑戦し続けて完成した作品だと思います。小屋入りを迎える前に、アニメのアルベール 役の声優、福山 潤さんと対談しましたが、『芝居の幅が狭まるから、声は寄せなくていいよ』と言われたので、本番も自由に伸び伸びと演じて舞台をつくっていきます」と意気込んだ。

それを受けて、モンテ・クリスト伯爵 役の谷口賢志は「(橋本)祥平くんが『半年ぐらい稽古をした』と言っていましたが、僕は3日ぐらいのあっという間に感じています(笑)。僕は、役者として何か掴めないかといろいろと模索していた矢先に観たアニメが『巌窟王』で、影響を受けましたし、絶対にモンテ・クリスト伯爵を演じたいと思っていたので幸せです。僕にとっては大きな役をいただいたと思っていますし、全力で作品をつくってきましたので、舞台ならではの『巌窟王』になっていると思います」と冗談を交えながら述べた。

アルベールの友達であるフランツ・デピネー男爵を演じる前嶋 曜は「この1ヵ月、やれることはやったと思います。僕たちの想いをお客様に届けられるように全力で演じたいです」とコメント。

アルベールの母親役である遠山景織子は「アニメからこの作品が好きでした。ストーリーだけでなく映像も素晴らしいのでご覧になっていただければ幸いです。メルセデスを情熱的に演じたいと思います」と抱負を述べた。

アルベールの父親役で、モンテ・クリスト伯爵に復讐される徳山秀典は「舞台は“復讐劇”ですが、キャラクターそれぞれに深い“愛”があって、それを舞台上で表現できるのかが本番までの課題です。“愛”に包まれたキャラクターたちが舞台上で躍動している素晴らしい作品にしたいと思います」と語った。

稽古中のエピソードと登壇したメンバーの印象を問われた橋本は「賢志さんがお芝居で引っ張って、遠山(景織子)さんは天然な方で(笑)稽古場のムードをなごませてくれて、徳山(秀典)さんは面倒見が良く、若い子たちのお芝居にアドバイスをしてくれました。前嶋(曜)くんは、座組みで若いのにもかかわらず、作品にひたむきに取り組んで、最後まで残って稽古をしたりと、様々な色のあるメンバーが集まった稽古場でした。みんなでご飯にも行って面白い話もできましたし、非常にバランスが良くて、楽しい座組みになりました」とにこやかに話してくれた。

また、個性的なメイクと衣裳について谷口が「役者は、異質な役は自分のお芝居だけで表現したいですよね。でも、顔の色を変えたり、ビジュアルで再現できるのは2.5次元の楽しみだと思っていて。しかも、アニメの『巌窟王』と同様に映像も美しいので、ほかの作品とは違った面白さがあります」と作品の見どころを述べた。

最後に橋本が「僕たちだけでなく、皆様にとっても2019年最後の舞台になると思いますので、今年の締め括りにふさわしい舞台にして、世界観にどっぷりハマっていただけたら嬉しいです。最後にこれだけは言わせていただきます……“待て、しかして希望せよ!”」と締めようとすると、谷口から「それは俺の台詞だよ!」とツッコミも入り、取材陣を笑わせて囲み取材は終了した。

公演は12月28日(土)までこくみん共済coopホール/スペース・ゼロにて上演される。

(c)2004 Mahiro Maeda・GONZOKADOKAWA (c)「巌窟王 Le theatre」製作委員会

橋本祥平、谷口賢志、前嶋 曜らが深い愛をもって描く、哀しくも熱い復讐劇。「巌窟王 Le theatre」開幕!は、【es】エンタメステーションへ。
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掲載:M-ON! Press