- ウミクワガタのメスは、近くにオスがいないと脱皮して成体へ変態することを延期する特性がある
- メスは脱皮直後の外骨格が柔らかい短期間しか交尾ができない
- 変わったこの特性は、相手がいないまま大人になることが繁殖上のリスクになったための進化と考えられる
パートナーが上手く見つけられなければ、大人の階段をのぼるのは遅くなりますが、身体の成長が遅れることは普通ありません。
しかし、ウミクワガタのメスは、近くにオスがいない場合、大人になるのを延期することが可能だというのです。
「え、そのシステム人間にも採用してくれない?」と思わず考えてしまいますが、一体どういう生態なんでしょうか?
この研究は、琉球大学理学部広瀬教授らによって発表され、12月16日付けで甲殻類の学術雑誌「Journal of Crustacean Biology」誌のオンライン版に掲載されています。
https://doi.org/10.1093/jcbiol/ruz094
ウミクワガタとは何者か?
ウミクワガタは小さな海の生き物で、甲殻類の中でもフナムシやダンゴムシと同じ等脚目に分類される生き物です。
この生き物は寄生虫で、オスはクワガタに似た大きな顎を持っています。彼らは魚に取り付いて吸血しながら脱皮を繰り返し、3回目の脱皮を果たすと成体(大人)に変態します。
幼体の内は活発に泳ぎ回り吸血するウミクワガタですが、成体になると食事もせず、ほとんど移動もしなくなり繁殖だけに専念するようになります。
ウミクワガタのオスは何度も繁殖行為が可能で、複数のメスと一緒に暮らす固体もいるようですが、一方のメスは一生に一度しか繁殖を行うことができず、子供を産むとすぐに死んでしまいます。
そんなわけで、この生物のメスにとっては出会いのタイミングはとても重要になります。出会いのないまま成体になってしまっては、繁殖する機会が得られずに生涯を終えてしまう恐れもあるからです。
出会いの実験
研究者は小さなカップを細い管でつなぎ、片方のカップにメスの幼生、もう片方にオスの成体を入れてその動きを調べました。
するとオスの成体はメスがいてもいなくても特に動きを見せませんでしたが、メスの幼生はオスがいる場合には、活発にオスを目指して移動しました。
これはオスの抽出液を染み込ませた紙を、カップ内に配置した場合でも同様です。オスはフェロモンを持っていて、メスはそこに集まる性質があるとわかります。
成体はそもそもあまり泳がず、幼生は活発に泳ぎ回ります。複数の生殖が可能なオスの成体のフェロモンを追って、一度しか生殖ができないメスの幼生が移動してくるというのは、もっとも効率の良い状態なのでしょう。
甲殻類の成長モラトリアム?
モラトリアムは、心理学では社会に出て一人前になることを猶予されている期間のことを指します。人間は自分探しで、大人になることを心理的に延期する場合があります。
けれどウミクワガタのメスは「まだ大人になるには早すぎる」と判断した場合、実際に身体の成長自体を止めて大人になることを延期することができるのです。
どんなときに起きるかと言うと、それは成体のオスと上手く出会えなかった場合です。
この生物を単独で飼育した場合、オスは一週間くらいで成体に変態するのに対して、メスは1カ月ほど経っても幼生から変態を起こしません。場合によっては変態せずに、幼生のまま死んでしまう個体もいます。
ところが、メスとオスを一緒に飼育すると、最短で8日ほどでメスは成体へ変態します。なんとウミクワガタのメスは、オスに出会わないと子供でいる期間を延長して、大人にならないという選択ができるのです。
ヘラムシやヨコエビなどの甲殻類でも「メスの変態延期」という現象は報告されています。しかし、通常それは3日程度でウミクワガタのように2週間以上も変態を延期できるというのは珍しい例です。
これは、ウミクワガタはメスが持つ、厳しい生殖の条件に理由があると考えられます。
ウミクワガタのメスは脱皮直後の外骨格が柔らかい短期間しか交尾することができません。また、成体になるとあまり泳ぎ回ることをしないため、オスのいない状況で大人になることは、繁殖できずに死ぬリスクを高めるのです。
こうして、ウミクワガタのメスは、オスに出会わなければ成長しないという特性を得たのです。
婚活に悩む人の多い現代社会の男女にとっては羨ましい特性に思えますが、逆に言うと、恋愛したらとっとと歳をとってしまうということになるのでしょうか。
恋愛せずに若いままでいるか、恋愛して早く歳をとってしまうか…。そんな身体になったら、それはそれで悩ましいですね。
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