(姫田 小夏:ジャーナリスト)

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「数百万円なんてメシ代にもならない。日本に持ち込んだ資金は数億円単位だろう」――日中間のカネの流れに詳しい東京在住の華僑A氏は、こう言い切った。

 日本で進む統合型リゾート(IR)開発計画への参入をもくろみ、中国企業の顧問だった日本人男性が、中国から多額の現金を不正に持ち込んだ。現在、東京地検特捜部が外為法違反の疑いで詳しい経緯を調べている。

 報道では、日本に持ち込んだ金額は「数百万円」とされている。だがA氏は、「捜査が入ったのは、相当の金額だからだろう」と話す。

 日本人が顧問を務めていた中国企業というのは、オンラインゲームやスポーツくじを手掛ける「500.COM」(500ドットコム)だ。現在は深センに本社を構えるが、もともとは「太子党(中国共産党の高級幹部の師弟グループ)を後ろ盾にして、2001年に北京で設立された会社だ」(A氏)という。

 2017年8月に500ドットコムは日本法人を設立した。同社CEOの潘正明氏は、同じ月に沖縄県那覇市で開催されたIR計画に関するシンポジウムで、「中国の富裕層を呼び込みたい」と沖縄でのIR参入に意欲を示した。

 このシンポジウムで基調講演を行ったのが、IR担当の内閣府副大臣だった秋元司衆院議員である。報道によれば、500ドットコムの顧問が持ち込んだ現金は秋元議員に渡った疑いがあるという。カジノ産業に詳しい日本人実業家B氏は、「秋元氏は、国際観光産業振興議員連盟(IR議連)のメンバーで、カジノ誘致にきわめて積極的でした。今回の捜査報道は、やはり・・・という感じです」と語る。

 ちょうど3年前の2016年末、IR推進法(「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」)が成立した。その後の2018年7月には、IR実施法(「特定複合観光施設区域整備法」)が成立し、日本のIR開発への道筋ができた。

 安倍政権は、7割近い国民の反対の声(共同通信世論調査)を振り切って、十分な議論と検証を行わないままカジノ誘致を国策に据えた。だが、今回の事件を機に、「政治家と中国企業が結託し一攫千金を画策している」という実態が暴かれるかもしれない。

利権は外資に持っていかれる

 日本ではカジノ候補地として9つの自治体が名乗りをあげ、海外のカジノ大手が参入の意欲を示している。「多くの外国人観光客が集まり、日本経済が活性化する」としてIR開発に期待する専門家も少なくない。

 しかし、IR開発は本当に日本の国民のためになるのだろうか。

 前出の日本人実業家B氏は、「カジノの世界は、おしぼりひとつですら大きな利権になっていて、それらの利権はカジノを支配する一部の企業グループに握られています。そういう世界的企業が、日本でのカジノ利権を狙っています。日本政府は、カジノを誘致すれば日本が潤うと思っているのでしょうが、あてが外れるおそれが大いにあります」と警鐘を鳴らす。日本がカジノ誘致、IR開発のために大きな国家予算を組んだとしても、利益を手にするのは外資だけで日本にお金が落ちない可能性は大いにあり得る、というのだ。

 また、アメリカ在住の日本人ジャーナリストは、「もしもアメリカ資本の企業が日本のカジノを運営したら、トランプ政権の言うがままになるだろう」と指摘する。さらに、中国資本も“鵜の目鷹の目”で利権を狙っている。経済再生のため、地域活性化のため――政府や首長はこう述べるが、このままでは「日本企業は出る幕なし」ともなりかねない。

マカオモデルは検証されたのか

 今月、マカオは中国返還20周年を迎えたが、その歴史はカジノ発展の歴史だったといっても過言ではない。

 マカオでカジノ市場が開放されたのは2002年のこと。翌2003年に大陸客の自由旅行が解禁されると、カジノ産業が飛躍的な成長を遂げる。2018年にはマカオの財政収入は1342億パタカ(約1.9兆円)となり、返還当時(1999年)の195億パタカからおよそ7倍に増えた。財政収入の79.6%を占めているのがカジノ産業だ。

 そしてカジノの経営を支えるのが、富裕層によるバカラ賭博だ。マカオのカジノは、1回の滞在で5000万円~1億円を賭ける“ハイローラー”と呼ばれる富裕層の存在が大きい。

 だが、日本のカジノは「平場(ひらば)」と呼ばれる“一般向けモデル”で運営しようとしている。「どの道やるのなら“ハイローラー”に特化してやった方がいい。ギャンブル依存症を含め、国民に及ぶ被害が少なくて済むからだ」(カジノ経営に詳しい地方公務員)という意見は、検証の余地があるだろう。

 また、マカオでは、カジノの売り上げを基に、減税や教育費の15年間の無償化、高齢者の年金補助などの施策を実施している。さらに売り上げの一部を文化、社会、教育、科学などの発展に投入するなど、さまざま形で市民に還元している。ディーラーマカオ市民を起用するというのも、地元の雇用創出と経済活性化のためだ。

 日本はそうしたマカオモデルを十分に研究して取り入れようとしているだろうか。マカオ在住の日本人からは、「日本のIR議連の政治家は視察に来てもマカオモデルに関心を向けず、飲み食いだけして帰る」との声も聞かれる。

中国人がマカオでマネーロンダリング

 一方で、マカオにはカジノがもたらす問題も数多くある。地元民の就職先がカジノ産業に限定されてしまうこともその1つだ。

 中国メディア『南方周末』は「マカオの若者は、生活がもはやカジノと切り離せない」(2019年12月8日)と論じ、マカオの一般家庭の働き先が両親も子どももカジノしかないという現実を伝えている。また、「青少年の価値観に大きな影響を与える」(BBCニュース、2014年)ことも問題視されている。

 筆者は2018年春にマカオを訪れ、カジノと街が一体化している様子を目の当たりにした。カジノホテルの周辺には、高級時計、モバイルやパソコン、高級乾物の「燕の巣」などを売る店が軒を連ねている。質屋や宝飾品店、さらには不動産屋まである。中国人の観光客はこうした店舗を利用し、ギャンブル資金を調達する。

 2018年にマカオを訪れた観光客は3580万人。うち7割は大陸客が占め、その大半がカジノ目当てである。筆者が訪れたIR「ギャラクシーマカオ」は「8割近くが中国人客だ」という。

 一方で、中国政府は中国からの外貨持ち出し制限を強化しており、「大金を儲けたい」と望む中国人の間で、不正を助長させることになっている。また、中国での不正蓄財を海外に逃避させるマネーロンダリングにもマカオのカジノが利用されている。いずれ日本にカジノが誘致されたら、中国人を中心とした地下経済が生まれ、中国化した独特な産業チェーンが構築されていくに違いない。

製造業の一大拠点になるはずだった夢洲

 現在、日本でカジノ誘致に名乗りを挙げている都市は、横浜、東京、幕張、名古屋、大阪、和歌山、長崎などである。有力地の1つとなっているのが、大阪だ。関西の経済活性化を狙い、人工島の『夢洲』にIRを誘致しようとしている。

 大阪で自動車部品工場を経営する河野豊さん(仮名)によると、夢洲は、大阪の大手電機メーカーが元気だった1980年代には製造業の一大拠点としての利用が計画されていたという。ところが、「電機メーカーの経営悪化や、工場の海外進出の加速とともにその話は立ち消えになり、IR開発にシフトしていくようになりました」(河野さん)。

 大阪の製造業は衰退の一途をたどり、今や「工場で働く若者は、あまりに薄給で結婚もできないのが現実。土日もアルバイトをして生活をしのいでいる工員が少なくありません」(河野さん)という。もしも大阪にカジノができれば、そうした若者も将来に夢を描けるようになるのだろうか。だが、河野さんは「地元民には還元されないでしょう。国民の税金が投入されて終わるだけではないでしょうか」と悲観的だ。

 IRは本当に日本の未来を明るくする産業といえるのだろうか。中国企業や外資が群がり、一部の連中だけが暴利をむさぼる──。日本のIRにはこんな未来しか見えてこない。

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