中国東北には、数多くの北朝鮮女性が暮らしている。出稼ぎにやってきた女性がいる一方で、人身売買の被害者となり、中国人男性と望まぬ結婚をさせられている女性も少なくない。

深刻な人権侵害の被害者だが、中国当局は密入国者として摘発し、北朝鮮へ強制送還し続けてきた。当然、国際社会から厳しい批判を受けてきた。そのような状況に変化の兆しが現れている。

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中国に在住する北朝鮮事情通は韓国デイリーNKに対し、遼寧省のある村の派出所が最近、脱北女性数十人を集めて、3回に渡り調査を行ったと伝えた。公安局外事部の関係者がやってきて行われた調査では、女性一人ひとりに個人情報、親戚関係、北朝鮮での居住地、脱北の動機、脱北経路、脱北時にブローカーに頼ったかどうかなどが聴取されたという。

ここでまず、注目すべきは公安の担当者が、女性たちの顔写真の撮影と指紋の採取を行った点だ。中国当局は、自国民を対象に顔認証システムを導入しているが、これを脱北女性にも適用しようとしているようだ。

つまり、摘発後すぐに北朝鮮に強制送還していた従来の方針から、管理の対象とみなし、中国で引き続き暮らせる方向に転換した可能性があるのだ。ただし、これを公式に認めるか否かは不明だ。

実際、遼寧省内の各派出所には、脱北女性を対象とした調査資料をファイル化し、同居する中国人男性の戸口簿(戸籍)と共に保管するよう指示が下されたという。

派出所の調査ではまた、脱北女性に対し、子どもを戸口簿に登録する行政手続きと費用について説明がなされている。今まで脱北女性と中国人男性の間に生まれた子どもについては、男性の子どもであることを証明する遺伝子検査の結果を提出し、一種の罰金を払った上で登録するか、登録を諦めるかのどちらかしかなかった。

あるいは、同じような年格好の中国人の子どもが死亡したら、その戸籍に自分の子どもを替え玉のように載せるという方法すら取られていたが、公安は処罰を受ける可能性を指摘、警告していた。当局はこの方針を変更した可能性がある。

ただし、脱北女性を公式に中国の戸籍に登録するわけではないようだが、公民証なしで暮らしていても問題を起こしたり、1ヶ所にとどまって暮らし続けていれば、問題視しないようだ。

一方、3回目の調査で取り上げられたのは人身売買に関することだ。

公安の担当者は「人身売買はやめろ、北朝鮮国内でも中国国内でも人身売買をするブローカーがいれば通報せよ」と伝え、人身売買防止に関する教育を行ったという。これは、脱北女性らが人身売買の被害者であると同時に、加害に加担している者がいる可能性があることを意識してのものと思われる。また、ブローカーについて質問したことは、今回の取り組みをきっかけに、人身売買グループを摘発し、根絶に追い込みたいという意思の表れである可能性もある。

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それと関連して、今年12月までに公安に登録した脱北女性以外で、身分が不確かな北朝鮮出身の女性の情報があれば、すぐに通報するように呼びかけている。今いる女性は管理下に置いて滞在を認めると同時に、今後の人身売買に対しては根絶するための措置を取る方針であり、その一環としての登録作業と思われる。

調査ではまた、「韓国人と接触するな、韓国に行くな」という点も強調したという。さらに、登録された居住地から離れる場合には、公安局に知らせよとの点も伝えられた。

脱北女性が韓国に向かうために、たとえ本意ではなくとも夫と子どもを置き去りにするケースが発生しているが、それを防ぐためのものと思われる。

中国政府の態度変化を示す、具体的な事例も出ているという。

別の情報筋によると、遼寧省の村に住んでいた北朝鮮女性が、中国人の夫の暴力に耐えかねて北朝鮮に帰ろうとしたが、国境警備隊に身柄を拘束された。今までなら、一時的に勾留され、取り調べを受けた上で北朝鮮に強制送還されるのが通常の流れだった。

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脱北に失敗したことを悲観し、自ら命を絶つ脱北者も後を絶たなかった。

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しかし、今回は様子が違った。国境警備隊は女性の身柄を公安に引き渡し、公安は女性を車に乗せ、中国人の夫がいる家まで送り届けた。

国境警備隊は、北朝鮮当局にこの女性について確認を要請したが、確認できないとの回答があり、身柄を引き受けた公安が、食べ物と衣服を提供した上で、夫のいる家に戻るように説得したというのが情報筋の説明だ。

中国当局が態度を変えたことで、韓国を目指そうとする脱北女性が減少しつつあるようにも見える。そもそも、脱北者が韓国に向かおうとするのは、公安に摘発され、北朝鮮に強制送還されるリスクと重圧感から解放されるのが大きな目的のひとつだ。中国当局が対応を変えたことで、リスクを伴う韓国行きを目指す必要性が薄れたのかもしれない。

今のところ、脱北女性の処遇の方針変換について中国当局は公式に確認していないが、死刑の可能性すらある北朝鮮への強制送還が行われなくなったとしたら大きな前進と言えよう。しかし、北朝鮮にも中国にも依然として人身売買に加担する者が数多く存在することから、この問題が早期に解決される望みは今のところ少ない。

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訪朝した習近平氏と金正恩氏(2019年6月20日付朝鮮中央通信)