(黒井 文太郎:軍事ジャーナリスト)

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 2020年1月3日、米軍の無人機イラクの首都バグダッドにあるバグダッド国際空港を攻撃し、イラン革命防衛隊コッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官と、親イラン派民兵「人民動員隊」(PMF)のアブ・マフディ・ムハンディス副司令官を殺害した。

 コッズ部隊はイラン革命防衛隊の特殊工作部隊で、主に海外での破壊工作を担当している。PMFはそんなコッズ部隊の指揮下にあるイラクシーア派民兵の集合体である。ムハンディス副司令官は、その中でも最強硬派の「カタイブ・ヒズボラ」の司令官だ。

発端はイラクの「反イラン」デモ

 カタイブ・ヒズボラは2019年12月27日イラク北部・キルクークの米軍基地ロケット砲で攻撃して軍属の米国人1人を殺害するなど、イラク駐留米軍への攻撃を繰り返していた。対する米軍は翌28日にカタイブ・ヒズボラの拠点を空爆。それを受けて、同31日からは、在バグダッド米国大使館へのデモが発生。デモ隊は大使館の壁を放火したり、大使館内への侵入を試みたりするほど激化したが、このデモもPMF支持者が動員されたものだ。

 こうした事態に、米国のトランプ大統領は対応を迫られた。米紙「ニューヨークタイムズ」によると、トランプ大統領12月29日エスパー国防長官らから複数のプランを提示されたが、31日に米国大使館がデモ隊に襲撃されたことに激怒し、民兵の拠点への爆撃以上の作戦の検討を指示。最終的に1月2日夕刻、ソレイマニ司令官殺害の命令を下したという。

 同紙によれば、ソレイマニ殺害計画はもともと、大統領の選択肢を増やす目的で、国防当局がとりあえず含めていたものだったらしい。

 ソレイマニ殺害はたしかに事件としては衝撃的だったが、当然、そこに至った経緯はある。なにもトランプ大統領が唐突に決めたわけではない。

 まず、もともとは近年、イランイラクでの影響力を拡大し、ほとんど「支配」するに至ってきたという背景があった。

 サダム・フセイン打倒後にイラクの政権を握ったシーア派政権はもともとイランとの関係は深かったが、2014年から本格化したISとの戦いで、さらにイランの影響力が拡大した。ISとの戦いにはイラク政府軍に加えてシーア派民兵が参戦している。その民兵組織「人民動員隊」(PMF)はイラク革命防衛隊コッズ部隊の指導下にあった。その工作を指揮していたのがソレイマニ司令官である。

 PMFはイラク政府の軍や治安部隊、警察に匹敵する勢力となり、IS敗走後のスンニ派地区で住民を虐待するなど、暴虐の限りを尽くした。その勢いはさらに強まり、2016年11月には、ほとんどイランの傀儡と化していたイラク国会で、PMFはイラク政府の正規の部隊と認定された。イラク政府もイランの強い影響下に置かれたが、同時に、ソレイマニ司令官はPMFを中心に強大な「支配権」を手に入れていた。

 その後、2017年7月にモスルが奪還されると、2018年から2019年にかけてISは壊滅。イランイラクでの影響力はますます強化された。

 そんななか、2019年10月、バグダッドを中心に大規模な反政府デモが発生した。その反政府デモは従来の宗派対立ではなく、腐敗したイラク政府への批判のデモだった。しかし、前述したように現在のイラク政府はイランの強い影響下にあり、今回の反政府デモは“反イラン”デモの性格も帯びた。シーア派の聖地・ナジャフのイラン総領事館も放火され、当然、イラン側も危機感を高めた。今回のソレイマニ殺害に至る緊張のエスカレーションは、そもそもはこの“反イラン”デモが発端になっているといえる。

 まず、これらのデモを、イラク政府治安部隊とシーア派民兵が実弾で弾圧し、400人以上の死者を出した。弾圧を主導したのは民兵組織PMFである。

 こうしてイランの影響下にあるイラク内の勢力が、イラク国民を弾圧する状況で、PMF内の民兵が米軍を攻撃した。当然ながら、イラク国民の関心を駐留米軍に向けるためだろう。PMFが国内での住民弾圧のみならず、米軍にまで手を出す時に、「親分」であるソレイマニ司令官の指示を仰がないということは考えにくい。つまり、少なくともここからはソレイマニ司令官が指示もしくは承認したテロ作戦だった可能性がきわめて高いのだ。

 そして、それに対し、米軍が反撃したところ、在バグダッド米国大使館襲撃デモは起きた。こうして米軍とPMF=ソレイマニ陣営との緊張は急速に高まっていた。
 

次なる作戦を準備していたソレイマニ

 以上をまとめると、構図としては以下のようになる。

イランイラク政府を事実上、牛耳る

イラク民衆が腐敗したイラク政府を非難し反政府デモ

◎反政府デモが“反イラン”デモに拡大

◎親イラン派民兵が、デモ隊を実弾で弾圧

◎親イラン派民兵「カタイブ・ヒズボラ」が米軍基地ロケット弾攻撃

◎米軍がカタイブ・ヒズボラの拠点数か所を空爆

◎親イラン派が米国大使館にデモ。大使館に放火を図るなど過激化する。

 こうした状況で米軍は、親イラン派民兵司令官と合流していたソレイマニ司令官をピンポイント攻撃で殺害したという流れである。

 ソレイマニに焦点を当てると、前述した構図解説は、以下のようにも書き換えられる。

イランイラク政府を事実上、牛耳る。イラク国内でのイラン側の工作を取り仕切ったのがソレイマニ司令官

イラク民衆が腐敗したイラク政府を非難し反政府デモ

◎反政府デモが“反イラン”デモに拡大

◎ソレイマニ配下の民兵が、デモ隊を実弾で弾圧

◎ソレイマニ配下の民兵が米軍基地ロケット弾攻撃

◎米軍がソレイマニ配下の民兵の拠点数か所を空爆

◎ソレイマニ配下の民兵支持者を中心に米国大使館にデモ。放火を図るなど過激化する

 こうした局面で、ソレイマニ司令官はバグダッドに入り、配下の民兵司令官と合流した。米軍への攻撃を繰り返している民兵のトップと合流したということは、次なる作戦の準備だろう。今回の件で米国防総省は「米国外交官や米軍に対する攻撃を防ぐためだった」と発表したが、それはそのとおりだ。

テロ・弾圧・殺人の張本人だったソレイマニ

 殺害されたソレイマニ司令官は、20年以上にわたりコッズ部隊を率いてきた破壊工作のプロである。イランのハメネイ最高指導者ともしばしば直接会見するなど、ハメネイの子飼い的な立場にあり、海外でのテロ作戦などの謀略・破壊工作の全権を任されていたものとみられる

 コッズ部隊はイラクシリアで数々の工作を行ってきたが、多くのケースでソレイマニ司令官が直接現地で指導していた姿が目撃されている。後方のオフィスから指示と出すというより、現場で工作を直接指揮するタイプなのだ。配下の民兵が今回のように駐留米軍へのテロ攻撃を仕掛けるなら、直接その監督に出向く。つまり、彼本人が超大物のテロ工作員といえる。

 今回の攻撃は、米国側からすれば、イラクで合法的に活動している米軍が、自らに対するテロ作戦を指揮していたイランのテロ工作員を、自衛のためにピンポイント攻撃で殺害したことになる。米国側は「差し迫った脅威があった」「米国の外交官や軍人に脅威がある以上、何もしないわけにはいかなかった」としている。

 また、ソレイマニ司令官は、イラクシリアで多くの人々を弾圧し、殺害してきた、まさに張本人であるイラクでは配下のシーア派民兵がISと戦う過程でスンニ派住民を大規模に虐待・殺戮してきたが、そうした作戦自体をソレイマニ自身が指揮してきた。

 また、シリアでは一般住民を虐殺するアサド政権を、イランの勢力圏をシリアに拡大する目的で、一貫して支え続けた。アサド政権の戦力が脆弱な戦線に配下の民兵「ヒズボラ」を投入。さらにアサド政権が劣勢になると、ロシアと共謀して大規模介入し、アサド政権を死守した。いくつもの町を封鎖して住民に飢餓地獄を強いた残酷な作戦も、コッズ部隊が主導している。イラクではたしかにISと戦うという名目もあったが、シリアで戦ったのはISより、もっぱら反IS系の反政府勢力である。

 敵対する軍事組織よりも一般の住民を攻撃したこうした戦争犯罪を、ソレイマニ司令官が直接、指揮してきた。生きていれば、今後も彼の手によって多くの人々が殺害されることになっていただろう。今回のソレイマニ殺害に対し、イラクシリアの各地では祝福する声も多く聞かれる(下のツイートを参照)。

 なお、イランによるイラクシリアでのこうした戦争犯罪行為は、ハメネイ最高指導者が細かく立案・指揮してきたわけではない。そのほとんどが、ハメネイ最高指導者の承認の下で、ソレイマニ司令官が立案・実行してきた。彼がいなければ、イランがここまで近隣国に露骨に介入して多くの人々を殺害することもなかったかもしれない。ソレイマニ司令官の罪はきわめて重い。

ハメネイ最高指導者は報復を示唆

 ただ、米軍の今回の作戦への懸念もある。イランによる対外テロはトップの殺害で大きなダメージを受けるだろうが、ソレイマニ司令官はハメネイ最高指導者の子飼い的な大物であるため、革命防衛隊が報復に動くことが必至だからだ。

 実際、ハメネイ最高指導者はこの事態を受けてさっそく、報復を示唆するコメントを発表した。イランでは、ハメネイ最高指導者の言葉は重い。

 当面、イラク国内での米軍と親イラン派民兵との戦いは激しくなるだろう。

 このように、今回のイラン軍人殺害は、イランと米国の衝突のエスカレーションに繋がる危険があり、その評価には賛否両論ある。しかし、論点はまさにその部分だけだ。

 ソレイマニ司令官がこれまでどれほどテロ活動を主導してきたかを知れば、単に米国が一方的に理不尽な攻撃をしているとの批判はあたらない。前述したように、今回の攻撃への流れは、ソレイマニ司令官の配下の民兵組織が、反イラン・デモの高まりからイラク国民の目を背けるために米軍を攻撃したことから始まっている。

 また、彼がどれほど多くの人々の殺戮に直接手を染めてきたかを知れば、人道的にはソレイマニ司令官を排除したほうが、さらなる虐殺を防げることになるとさえいえる。

 1月3日、英国のラーブ外相は次のような声明を発表した。「われわれは常に、ソレイマニ司令官が率いたイランのコッズ部隊による好戦的な脅威を認識してきた」「ただし、彼の死後、すべての関係者に緊張緩和を要請する。さらなる対立は誰の利益にもならない」。

 日本のメディア解説では、中東専門家の多くが反米スタンスのため、とかくトランプ政権批判が中心になりがちだが、基本的にイランの問題は、核開発やテロ支援、宗派弾圧や独裁国支援のための戦争犯罪など、国際社会の安全に対して問題だらけの国家であるイランを、いかに封じるかの問題である

 つまり、ソレイマニ殺害でイランを追い詰めることが、イラン対策上、戦略的に妥当か否かということで、そこは議論があるところだろう。

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