中学校3年生の時に第79回日本音楽コンクールで第1位に輝き、その後も数々の受賞を重ねてきたヴァイリニス山根一仁(やまね かずひと)。24歳になった彼は、現在も第一線を走り続けている。華やかな経歴の裏で、音楽への揺ぎない信念をもち、自らの演奏に貪欲に打ち込んできた。2015年からはミュンヘン音楽演劇大学へ留学し、新たな才能を開花させつつある。来年2020年2月に、埼玉、静岡、京都、東京の四都市を巡る『山根一仁 ヴァイオリン・リサイタル』は、海外での経験を踏まえた新しい山根の音楽を聴く、またとないチャンスになりそうだ。リサイタルでは、スイス在住の新鋭ピアニスト小林海都こばやし かいと)を迎える。二人は、初共演以来、共に音楽の高みを目指してきた。二人の若き才能の躍動感を聴きたい。山根に、リサイタルに込める想いや共演者小林との絆、そしてドイツでの生活を訊いた。

「今やるべき曲」を追求したプログラム

――今回のリサイタルは、全国4カ所を巡るツアー公演ですね。

会場ごとに、毎回、違う演奏になることは間違いありません。そこが、特に楽しみな部分です。今日の演奏と明日の演奏が違うように、その場でしか作れない音楽があります。また、共演するピアニストの海都君は、僕にとって、唯一無二の存在。その彼とどのような音楽をみなさんに届けることができるのかを、とても楽しみにしています。

山根 一仁

山根 一仁

――ベートーヴェンの「ヴァイオリンソナタ 第5番 ヘ長調 《春》」を演奏される予定ですが、なぜこの曲を選んだのですか。

リサイタルが行われる2020年は、ベートーヴェンの生誕250周年に当たります。そのことを意識しました。同時に、ドイツ留学によって自分の演奏がどう変わったかを知ることの出来る曲なのではないかとも考えました。

――山根さんにとって、ベートーヴェンはどのような存在なのでしょうか。

ベートーヴェンは、とても大切にしてきた作曲家です。もちろん、これまでにも彼の作品を演奏会で取り上げてきましたが、とても偉大で遠い存在であるベートーヴェンには、なかなか手を出せないとも感じていました。ヴァイオリンソナタ第5番は、名曲と言われるだけあって、音楽じゃない場所が一カ所もない。意外性もありますが、その意外性が必然だと思えるくらいにナチュラルで素敵な曲です。

――名曲といえば、フランクの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調」も抒情的で美しい作品ですよね。

一番の決め手になったのは、海都君と演奏していく過程で、「僕らに合っている」と強く感じられた点です。ドイツの作品を軸にプログラムを作ることもできましたが、敢えて、自分達が「やるべき」曲という観点から選曲しました。

山根 一仁

山根 一仁

――小林さんの音楽的な魅力はどのようなところなのでしょう。

海都君は、優しくて、柔らかくて、人間性があります。彼の人柄は、演奏にも出ています。優しく包むような、それでいて、一緒に流れていく…。音楽は、その人がどういうものを見てきて、何を求めているのかといったことが、全て出ますから。

彼とは音楽の話に没頭することも出来るし、友達としても一緒に過ごすこともできます。こういう素晴らしい共演者に出会えたことは、とても嬉しいです。

――深い信頼関係が伝わってくるお話ですね。普段のお二人はどのような感じなのでしょうか。

3年前に初めて会ったときから、すぐに意気投合できました。その時は12月でしたが、気温が20度ぐらいある暖かい日で、一緒に上野のかき氷屋さんに行った後、ラーメンを食べにいきました。昨日も一緒にファミレスに行ったのですが、15分ぐらいメニューを見ても、全然決まらない…「自分たちにとって最高なのは、どれか?」っていう話になっちゃうんです。美味しいものを追求するところと、優柔不断なところが、お互いに似ているのかもしれません(笑)。​

ドイツの空の下には当たり前のように音楽がある

――現在、ドイツミュンヘンに留学されていますが、ドイツでの生活はいかがですか。

ドイツに留学して5年目になるところです。演奏活動のために、日本とドイツを行ったり来たりしているので、「ドイツ在住です!」と胸張って言える状況ではありませんが、ヨーロッパの土地には、僕が根底で求めているものがあると思っています。ドイツの空の下には、当たり前のように音楽があるんです。家で音楽をさらっているとき、ふと窓から外を眺めると、青空が見えて鳥が飛んでいたり、落ち葉が落ちたりする情景がある。こういう環境で音楽に向き合えることはいいですよね。音楽家は、生活を音楽に委ねておくべきだと強く感じるようになりました。そういった意味で、ドイツでの留学生活が、成長するチャンスになっていると感じます。

山根 一仁

山根 一仁

――ドイツでは、自炊をされているのですか。

70歳近いドイツ人ご夫婦のお宅にホームステイしていて、家庭料理を作ってくださいます。ただ、僕の食べる量が半端なく多いので自分でも作っています。夜、一人で250グラム、多いときには300グラムくらいのパスタを作って食べています(笑)。ドイツベーコンは素材も良くおいしいから、カルボナーラを作ったりすると美味しいんですよ。

――ミュンヘン音楽演劇大学では、クリストフ・ポッペン氏に師事されていますね。どんなレッスンなのでしょうか。

ポッペン先生は、とても細かく教えてくださり、多くのものを受けとってきました。

留学する以前から、僕は先生とはスタイルの違う音楽家だと自覚していました。自分とは異なっているけれども、素晴らしい音楽家である先生から、新たにどういったことを学べるかを考えてきました。言葉にすると簡単そうかも知れませんが、実に難しいんです。だけど、そういう経験を重ねて、やっと少しずつ分かってきたこともあると感じます。自分の目指す音楽家への道は、一生続いていくのだと思います。

――ポッペン氏は、指揮者として忙しくされていますが、レッスンはどのようにされているのでしょうか。

先生も僕も公演があってミュンヘンにいないことも多いので、スケジュールを調整してレッスンをお願いしています。ですから、急遽、3日連続(!)なんていうこともありました。先生のご自宅やオーストリアにある別荘で、休日にレッスンして頂くこともあるので、とてもありがたいです。

山根 一仁

山根 一仁

――来年以降は、どのような活動をお考えですか。

ヨーロッパでの研鑽を、もっと積み重ねたいと思っています。ミュンヘンに居続けるのか、違う国で学ぶのかを迷っています。ドイツに住んで、習いたい先生を訪ねるという選択肢もありますね。

――今後、挑戦していきたいことはありますか。

色々な作曲家の作品を弾いていきたい!そして、心から好きだと思える作曲家を紹介していきたいですね。音楽家人生の中で、今後、何度も同じ曲を弾く機会があると思いますが、その時々に真正面から向き合って音楽を伝えていきたいと思っています。それが、僕の役割なのかもしれないと感じるようになってきました。

室内楽やオーケストラとの演奏も大好きですし、機会を頂いたとき、全てのことにオープンでいたい、色々なことに挑戦したいと思っています。やったことのないことをやる時には、恐怖心が勝ったりもしますが、勇気や挑戦する心を常にもって進んでいきたいです。​

――最後に、2月のリサイタルを楽しみに待つお客さまに向けての一言をお願いします。

音楽を愛してやまないヴァイリニストとピアニストが、「自分たちの心を素直に音にできたら」という想いで演奏会に臨みます。2人で準備を重ね、最高のものを生み出しにいきます。気軽な感覚で、足を運んでいただけたら嬉しいです。

山根 一仁

山根 一仁

取材・文=大野はな恵  撮影=安西美樹 

山根 一仁