(朴 承珉:在ソウルジャーナリスト)

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「衝撃的な実際の行動に移る」「世界は遠からず、朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)が保有することになる新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」「新しい道を歩むだろう」

 これらは、北朝鮮金正恩キム・ジョンウン委員長が、昨年12月28日から31日にわたって開いた朝鮮労働党中央委員会第7期5回全員会議(以下、党全員会議)で語ったとされる対米メッセージ内容のキーワードだ。朝鮮中央通信は1月1日、二万字にわたる分量でこの報告を詳しく伝えた。

全面に米国への不信感

 北朝鮮が党全員会議を4日以上開催したのは、1990年1月の金日成(キム・イルソン)主席時代以降、29年ぶり。このことを見ても、現在の北朝鮮の政治体制がいかに大きな岐路に差し掛かっているかが分かる。

 金委員長は2013年から毎年1月1日には「新年の辞」を発表するのが慣例になっていたが、今回初めて、党全員会議報告の報道で代替した。新年の辞を述べなかったのは、党全員会議ですでに今後に向けた政策を打ち出しており、その報告で中核的な対米対応方針を明確にしていることもあるのだろうが、金委員長の肉声で直接ドナルド・トランプ大統領を非難する姿を避けたかったという事情もあるのかもしれない。

 その肝心の党全員会議結果報告では、「米国」というワードを計21回も登場させ、米国の対北朝鮮敵視政策が続く場合、「朝鮮半島の非核化は永遠にない」と明らかにした。さらには、金正恩委員長が18年6月のシンガポール米朝会談でトランプ大統領に約束した、核実験大陸間弾道ミサイル(以下、ICBM)発射のモラトリアム(猶予)の破棄を示唆する表現が数回出ている。

 例えば、「われわれの対外環境が(核・経済)並進の道を歩む時も、経済建設に総力を集中するための闘争を展開している今も全く変わっていない現実で、未来の安全を放棄することはできない」「米国が我々の体制を圧殺しようとする野望に変わりはない」「このような状況の下で、守ってくれる相手もいない公約に我々がこれ以上一方的に縛られている根拠がなくなった」と主張している。「未来の安全」とは核搭載ICBMを意味するのだろう。

 これらの言葉は「米国の約束不履行によって、もはや核・ICBM開発を中断する根拠が消えた。だから、我々は再び推進する」という主張と解釈するべきだろう。

初めから北朝鮮に「核放棄」の考えなし

 また党全員会議の報告を見ると、北朝鮮には当初から核を放棄する考えがなかったことを示すくだりが少なくない。

 金委員長は、北朝鮮が保有する核兵器とICBMについて、「米国による核の脅威を制圧し、我々の長期的な安全を担保できる強力な核抑止力」と強調。「決して華やかな変身を望み、これまで命のように守ってきた尊厳(核・ICBM)を売り払うことはできない」とも語った。

 金委員長はさらに「世界は遠からず、朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)が保有することになる新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」とし、新型戦略兵器の公開が迫っていることを暗示している。「われわれは決して破廉恥な米国が朝米対話を不純な目的の実現に悪用することを絶対に許さない」とし、「これまでわが人民が受けた苦痛と抑制された発展の代価をきれいにすべて払わせるための衝撃的な実際の行動に移る」と警告して見せたのだ。

 では、北朝鮮がいう「衝撃的な実際の行動」は何だろうか?

 専門家らはみな、ICBM発射など強力な挑発の可能性を示唆したものと見ている。核実験とICBM発射に関するモラトリアムの約束破棄という分析が大半だ。直ちにモラトリアムを破棄することはないかもしれないが、これをレバレッジにして米国に揺さぶりをかけ、そこで北朝鮮にとってよい成果が得られなければ、最悪の場合、実際の行動に出るという意図と見られる。

 もう一つ気がかりなのは、北朝鮮が予告した「新たな戦略兵器」の中身だ。これについて軍事専門家らは、新型核兵器の投発手段になる可能性が高いと推定している。

 2017年11月に通常の軌道より高い軌道をとるロフテッド軌道で打ち上げられ、通常軌道での飛行ならアメリカを射程に収めるとされる「火星15型ICBM」を超えるミサイルで、昨年2回、東倉里(トンチャンリ)ミサイルのエンジン試験場で「非常に重要な実験に成功した」という発表内容をもとに、エンジンの推進力を大幅に増強させたものか、あるいは固体燃料である可能性が高いという見通しだ。燃料注入に時間がかかる液体燃料とは異なり、固体燃料ならば発射準備の時間が短く、奇襲性を高めることができる。あるいは「新たな戦略兵器」の候補として、新型潜水艦発射弾道ミサイルSLBM)などを挙げる専門家もいる。いずれにしても、このような戦略兵器で日本列島領空を通過させ、太平洋に向けて発射するのではないかという見方も出ている。

 ただしこれはトランプ大統領のいう「レッドライン」を超える実験になる可能性がある。金委員長は、そのような核実験やICBM発射の挑発を敢行するだろうか。

金正恩の言葉から読み取る「韓国無視戦略」

 一方、今回の党全員会議の報告には「韓国」という言葉は一度も登場しなかった。「先端戦争装備を南朝鮮(韓国)に持ち込んだ」とし、米国を非難する過程で一度言及されただけだった。金委員長が昨年発表した新年の辞で、「南北関係」が10回も言及されたのと対照的だ。

 もちろん金委員長のこのような態度は、多分に「意図的」と分析されている。意図的に「無視戦略」を取ることで、韓国に対し、米国が主導する対北朝鮮制裁の隊列から離脱しろと圧迫しているのだ。

 このような空気を感じ取った韓国軍の制服組トップ・合同参謀本部議長は1日、一線の部隊に送った新年の辞で、「北朝鮮が局面を打開するために戦略的・戦術的挑発をいつでも実行する可能性のある状況だ」として、「敵の挑発時には左顧右眄しないで自衛権の次元で断固として躊躇することがなく対応して、現場で作戦を勝利で終結しなければならない」と指示した。

 文在寅ムン・ジェイン)政権に入ってから、軍規律のためのメッセージとはいえ、国防部長官はもちろん制服組のトップでさえ、北朝鮮に対してこのように強硬な発言をした例はない。韓国軍も尋常でない雰囲気を感知しているのだ。

 だが、これらはこれまでの金正恩委員長の言動から、ある程度は予想できることだったとも言える。今回の党全員会議の報告で注目すべきことは別の点にある。金委員長が「新たな道を歩む」と述べた部分だろう。

 金委員長は、「私たちが仕方なく選択することにもなり得る『新しい道』が米国の将来にどんな影響を及ぼすか悩まなければならない」と威嚇した。

ソレイマニ司令官殺害作戦に怯える金正恩

 これと関連して興味深い証言がある。2016年、北朝鮮による4回目の核実験と長距離ミサイル発射に対して、同年3月、国連で対北朝鮮制裁決議案2270号が採択された。当時、この決議案は、「国連創設70年ぶりに最も強い制裁」といわれた。北朝鮮はこれに対し、「われわれの道を歩む」と宣言した。ここで、我々の道は何の道だろうか。国連で制裁をしようが、何をしようが、我々は核とICBM開発を継続する、という意味だけではないだろう。

 当時、北朝鮮の情報機関の要員らと第三国で頻繁に接触していた対北朝鮮情報員A氏(元脱北者)は、筆者に、北朝鮮がいう「我々の道」とは、「北朝鮮の核とICBM技術をイランなどに販売することもできる」という意味だと語っていた。

 その文脈からすれば、先に出てきた「これまでわが人民が受けた苦痛と抑制された発展の代価をきれいにすべて払わせるための衝撃的な実際の行動に移る」という威嚇も、「新たな道」として、イランなどに核とICBM技術を売ってやることができると、解釈できると思う。

 というのも、「抑制された発展の代価をきれいにすべて払わせるため」という意味は、国連や米国の制裁のために、北朝鮮の経済発展が強制的に「抑制」されてきたと金正恩委員長は捉えているからだ。だから、その対価をきれいにすべて払わせるために、イラン(中東)などに「核やICBM技術」を販売することもできるというわけだ。その「核やICBM技術を販売する」こと自体が正に「衝撃的な実際の行動に移る」ということになるのではないか。

「抑制された発展の代価を払わせるため」には、核やICBMの実験をするよりは、経済のためにイランなどに売るほうがより得策だからだ。

 金委員長はこのような遠まわしのメッセージを米国に送った気がするのだ。

 元在英国・北朝鮮大使館公使の太永浩(テ・ヨンホ)氏は、「(北は)イランなど潜在的顧客にICBM技術を伝えることができるというシグナルを米国に送り、新たな妥協を引き出そうとしている」と述べている。

 金委員長は昨年12月31日に終わった党全員会議の出席を最後に公の席に姿を現していなかったが、朝鮮中央通信は7日、「金正恩委員長が肥料工場の建設現場を現地指導した」と報じた。以前から、イラクなど国際情勢が緊張が走っていたときなど、金正日総書記や金委員長が数十日間も姿を現さないことがあったが、韓国メディアなどで「北朝鮮の指導者が今の国際情勢を恐れて姿を消している」などと報じると、突然、翌日に姿を現したことがしばしばあった。今回も同様の行動なのかもしれない。

 韓国の軍内外では、米国が無人攻撃機(ドローン)MQ-9リーパーを使って、イランのソレイマニ・イランクドゥスグン司令官を殺害した一件が金委員長の潜行と無縁ではないという分析が出ている。

 北朝鮮当局は、米国がイランの軍部実力者をドローンで精密空襲して殺害した事実が市民に知られることを不安に思っているようだ。一部では、金委員長の肉声の新年の辞がなく、党全員会議の写真とはヘアスタイルが違う金委員長の写真が公開されたことで、金委員長に関する「何らかの有事説」まで流れたほどだ。

 果たして金正恩委員長は「新しい道」として、イランなど中東地域に核兵器やICBM技術などの移転を試みるのだろうか。米国に反発する2つの国が軍事技術でがっちり手を組むような事態になれば、世界は一気にきな臭くなるだろう。

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