(北村 淳:軍事社会学者)

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 イランの軍隊はイスラム共和国軍とイスラム革命防衛隊から構成されている。よりイランの統治体制を防衛するという色彩の強いイスラム革命防衛隊に属し、諜報活動や特殊作戦を担当しているのが「コッズ軍」である。

 そしてコッズ軍の指導者として長年にわたりアメリカ側に対する様々な作戦の指揮を執ってきたことからイランでは英雄中の英雄であり、アメリカ軍にとっては最大の障害の人物だったのがガセム・ソレイマニ司令官だ。

 そのソレイマニ司令官が、1月3日イラクのバクダッド国際空港に到着し迎えのイラク民兵組織指導者たちと車列を組んで空港を出発するや否や、上空に接近してきたアメリカ空軍無人攻撃機MQ-9リーパー(空軍とCIAとの共同作戦と言われている)の爆撃によって殺害された。

「これまで多数のアメリカや同盟国の人々を殺害してきたイラク軍指導者に対する報復攻撃」(トランプ大統領)はこうして成功した。

ソレイマニ殺害に向けられる軍事的疑義

 ソレイマニ司令官殺害作戦はトランプ大統領のゴーサインによって実施されたため、作戦そのものに対する疑問の声は、軍側からは公には上がってはいない。トランプ政権高官からは、第2次世界大戦中に山本五十六海軍大将を殺害した事例を引き合いに出して、作戦の意義を強調するコメントまで飛び出しているほどだ。

 しかしながら、今回の「アメリカによる報復攻撃」に対しては「大いなる疑問」を投げかける米軍関係者も少なくない。

 なぜならば、2018年1月にトランプ政権自身が打ち出した国防方針の遂行を妨げる可能性があるからだ。

 トランプ政権が打ち出した国防方針を一言でまとめると以下のようになる。

アメリカの主たる仮想敵国は中国とロシアであり、それらの仲間である北朝鮮イランなども副次的仮想敵国である。アメリカ軍が主たる努力を傾注すべきは、それらの主たる仮想敵国との対決に打ち勝つことにあり、これまでのように中東を中心としたテロリスト集団との戦いを主眼に置いていた方針からは抜本的に転換しなければならない」

 このような国防方針に対応すべく、アメリカ軍は軍事戦略、組織構造、装備体系、教育訓練など幅広い分野にわたって抜本的な進路転換に努めている最中である。ところが、ソレイマニ司令官の殺害によってイランが報復活動を開始することになれば、中東情勢が一気に緊迫化して、中国との対決やロシアとの対決から、かつてのように中東を中心とした「伝統的な戦場」へと引き戻されることになってしまう

 トランプ大統領は、自ら国防方針の抜本的変針を打ち出しておきながら、軍の意向など意に介さずに、中東でのトラブルを激化させてしまった。自らの国防方針の遂行を阻害させてしまうとは何事だ──というのが米軍関係者の間で挙がっている「トランプ主導の報復攻撃」に対する軍事的疑義である。

再び戦闘地域と化す中東地域

 いずれにせよ、中東とりわけペルシア湾を中心とする中東地域は、ふたたび戦闘地域となる可能性が極めて高くなった。

 イラン自身は「目には目を」の原則にしたがってアメリカ軍施設(あるいはアメリカ軍高官)に対して報復攻撃を実施すると言明している。これに対してトランプ大統領は、イランアメリカに対して軍事攻撃を実施した場合には、イラン軍関係施設だけでなく文化的施設などをも含む52カ所の目標を破壊する、とツイートした。その発言を米政府高官たちは、これまで多数の米国民や同盟国国民を殺害してきたイランに対する報復攻撃は国際法に反するところは全くない、と擁護している(もっとも、文化的施設への攻撃に関しては、エスパー国防長官は否定している)。

 伝統的にアメリカの論理は「勝てば官軍」である。広島と長崎に対する原爆攻撃や日本各地やドイツ各地に対する無差別爆撃などで大量の非戦闘員を虐殺したことも、正当な行為であったと主張している。そのため、トランプ大統領の言葉どおりにイランに対して軍事施設以外への「戦略爆撃」も実施することになるであろう。

 その結果、やはり「目には目を」の原則に従い、イラン側はアメリカとその同盟国に対して無差別テロ攻撃を実施する、あるいはそのような攻撃を敢行するテロ組織の後押しをする、ことになる。中東情勢が大混乱に陥るのは確実だ。

 たとえイランが報復攻撃をアメリカ軍関係だけに限定したとしても、アメリカを敵としている世界各地の反米テロリストグループなどが今回の騒動をきっかけにアメリカとその同盟国に関係する施設、船舶、航空機、そして人物などにテロ攻撃を加えて、アメリカダメージを与えようとする可能性がある。

 このような状況に鑑みて、ソレイマニ司令官殺害作戦を支持すると表明したイギリス政府は、ホルムズ海峡やオマーン湾での自国船舶へのテロ攻撃を警戒し、海軍艦艇によるイギリス関連タンカーの警戒を実施することにした。また、アメリカの同盟国であるが故にテロ攻撃のターゲットとなりかねないと判断したフィリピン政府も、中東諸国からフィリピン国民を退避させるための作戦準備を軍に命令した。

「調査研究」で海自艦を派遣する論理

 ところが、昨年(2019年オマーン湾で自国のタンカーがテロ攻撃を受けた日本はというと、1月7日時点では政府による中東情勢に対する公式な声明や日本船舶に対する防御策などは発せられていないようだ。

 それどころか、このような状況下で、来る2月には海自艦を「調査研究」(?)のためアラビア半島周辺海域に送り出すことが決定している。

 オマーン湾で日本関連タンカーが攻撃された直後から、筆者は海自駆逐艦アラビア半島周辺海域に日本として独自に派遣せよと主張しており(本コラム2019年6月27日海上自衛隊をアラビア半島周辺に派遣すべき理由」、8月1日ホルムズ海峡は海の生命線、安倍政権が迫られる決断」)、海自艦の派遣そのものには賛成である。しかし、「調査研究」という名目は現状から乖離しすぎていると言わざるを得ない(本コラム2019年10月31日「『調査研究』派遣で命の危険にさらされる海自隊員」)。

 そもそも日本政府による海自駆逐艦派遣の論理は、「日本はアメリカの同盟国であるが、イランとも友好関係を維持してきた。日本船舶の安全確保の調査研究のためにアラビア半島周辺海域に軍艦を派遣するが、イランとの友好関係も損ないたくないので、アメリカ主導の有志連合には加わらない。ただし、海自駆逐艦が単独で出かけていっても何の調査研究もできないため、アメリカ主導の有志連合に連絡将校を派遣し、情報の共有を図りたい」というものだ。

 しかし、このような日本政府の論理はトランプ大統領によるソレイマニ司令官殺害作戦により完全に破綻してしまった。

「日本はアメリカ側」と見なされる

 トランプ政権は自らの国防戦略で中国とロシアを「主たる仮想敵国」と明言し、イランは「副次的な仮想敵国」と位置づけている。しかし、今回のソレイマニ司令官殺害によって、アメリカイランと実質的な戦争状態に突入してしまった。アメリカにとってイランは「仮想敵国」ではなく「実質的に戦争中の敵国」となったのだ。そしてアメリカが「主たる仮想敵国」と名指ししている中国とロシアは、イランを全面的に支持することを表明しているのである。

 もっとも日本はアメリカの完全なる属領ではないため、アメリカの「仮想敵国」や「敵国」を日本の「仮想敵国」や「敵国」に据える義務はない。そして日米安全保障条約には「アメリカの戦争や戦闘において日本は必ずアメリカ側に立たなければならない」といった規定もない。

 しかしながらアメリカによって「仮想敵国」に指定されたり「実質的に戦争中の敵国」としての立場に立たされた中国、ロシアイランなどが、「日米安保条約が存在しても、イラン問題に関しては日本はアメリカの仲間ではない」と考えるであろうか?

 それどころか、近年日本政府は見苦しいほど卑屈な態度でアメリカの軍事的支援に頼り切っているのが現状だ。それにもかかわらず、「イランと日本の関係は特別であるから、アメリカイランと戦争状態になっていても、日本はイランとの友好関係を損ないたくない」などというのは、あまりにも手前勝手な論理であり、国際社会では全く通用しない。

 2月にアラビア半島周辺海域に派遣する海自駆逐艦は、「調査研究」のためではなく「戦闘状態とみなしうる危険なアラビア半島周辺海域を通航する日本関係船舶の保護と、場合によっては日本船舶に脅威を加える勢力との戦闘」という目的で出動させなければならない。その状況を日本政府は正しく認識する必要があるだろう。

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