底辺の世界であえぐ者たちの底力を見よ! 藤原竜也の代表作の一つである「カイジ」シリーズが9年の沈黙を破り、続編にして最終回を世に放つ。題して、『カイジ ファイナルゲーム』。泣いても笑ってもこれが最後の大勝負、相も変わらずカイジをはじめ登場人物たちのオーバーアクション&ハイテンションが、見る者の胸をザワつかせる。

そんなデッド・オア・アライブなストーリーを最高潮に盛り上げるのが、この男──福士蒼汰だ。若くして実質的に内閣を動かすキレ者・高倉浩介として、小憎らしいくらいに敵(かたき)役に徹し、映画におけるケレン味を担っている。「カイジ」シリーズへの出演と藤原との共演が念願だったという福士に、作品に参加して感じた思いの数々を熱く語ってもらった。

取材・文 / 平田真人 撮影 / 増永彩子

藤原竜也さんの“芝居の幅”に驚きました。
ーー 主人公の敵役は『ザ・ファブル』(19)や『無限の住人(17)でも演じていますが、今作ではシリーズならではの独特のテンションを加味してのお芝居だったのかな、と思います。

無限の住人』で演じた天津(影久)と『カイジ~』の高倉浩介に共通しているのは、自分自身の信念を貫いているキャラクターだということです。高倉は彼なりの正義を持っているからこそ、カイジとぶつかるわけで、悪役というよりも確かに敵役と呼んだ方が相応しいのかもしれません。ただ、敵役であるということはあんまり意識せず、まずは自分の正義を貫く青年に徹することで、高倉像を確立していったところがあります。「ドリームジャンプ(※10人同時にバンジージャンプをするが、1人だけしかロープがつながっていないという危険な賭け)」の動画を見て笑みを浮かべたり、ちょっと常識でははかれない部分も垣間見えますが、そもそも「カイジ」の世界には僕たちの普段の尺度におさまらない人間しか出てこないので(笑)、真顔というのはちょっと違うかなと。たしか台本には書いてなかったと思うのですが、彼にとっては自分の生きる世界とは別の出来事であって、ゲーム感覚で見ていたのではないかと自分なりに解釈をしてニヤつく表情にしてみたんです。そこに高倉の子供っぽさが透けて見えるというか、ちょっとネジが外れている感じを出せればと考えていました。

ーー 価値観的にはまさしく正反対の立ち位置にいるからこそ、カイジという人間像を客観視できたところもあるかと思いますが、いかがですか?

カイジは「民主的」だなと思います。もちろん、高倉も民主的ではあるのですが、資本主義が行き過ぎた果ての民主主義を標榜している印象が、自分の中にはあって。資本を動かせる者たちが利益を出すことで、民衆も救われるという考え方なんです。そこがカイジとの決定的な違いですし、だからこそ現実の世の中はカイジのような人の出現を求めているんじゃないかなと。高倉のような人も存在しつつ、カイジのような人に日本を引っ張っていってほしいと思わせるような描かれ方がされているのかな、と対峙しながら見ていたところがあります。

ーー 前作の『カイジ2 人生奪回ゲーム』(11)から、かなり間が空いての続編&最終回ですが、時代がカイジを再び呼び寄せたとも言えそうですね。

福本伸行(原作者)先生が映画のためにストーリーを書き下ろしてくださったのは、時代にマッチした物語を、という意味合いもふくまれているのではないかと思います。オリンピック後の東京〜日本を舞台にした話であることも、そういった時代性に沿うと意図したところがあったのではないかなと。

ーー なるほど。では、少し役について掘り下げていければと。高倉は「ゴールドジャンケン」のスペシャリストですが、あの不敵な感じをどのように表現しようと思われたのでしょうか?

ジャンケンっていう誰もが知っているゲームをものすごく複雑なものにアレンジしつつ、映画として魅力的に見せなければいけない…というところで、ものすごく悩みました。といっても、セットのゴージャス感や佐藤(東弥)監督の演出、そして藤原(竜也)さんの勢いあるお芝居といった要素が加味されるので、僕もそこに乗っかっていこうという心づもりで「ゴールドジャンケン」のシーンには臨みました。

ーー 今、名前が挙がりましたが、共演を熱望されていた藤原竜也さんとご一緒されて、どういった心境にいたりましたか?

藤原さんが主演されている作品に出てみたいなと、ずっと思っていましたので、このお話をいただいた時は、二つ返事で快諾させていただきました。しかも「カイジ」というシリーズですから。ご一緒できることが本当にうれしかったんです。藤原さんがどのようにして現場に臨まれているのか興味がありましたし、僕もどう対峙しようかと考えましたし、自分なりに発想をふくらませることができたので、全力で藤原さん、ひいてはカイジにぶつかっていこうというつもりでいました。

ーー 実際に手合わせされてみての感触はいかがでした?

本番の前に段取りやカメラテストでもお芝居をするんですけど、藤原さんの場合は最初にするお芝居が一番テンションが高いんです。もちろん本番でも相当なんですけど、藤原さんの“芝居の幅”に驚きました。まずMAXを出して、少しずつ引き算していった結果、スクリーンの中にいるカイジのテンションに落ち着くんだなと知れたことは、すごく興味深かったです。「こういうふうにして『カイジ』の世界でのテンションをつくっていくんだな」と現場で見せていただいたことで、僕自身も合わせやすくなりましたし、そういう意味では、すごくやりやすい環境を用意していただけたと感じています。もっとも、普通に演じていたら、それはもはや『カイジ』の世界の住人ではないなと。しかも今回は『〜ファイナルゲーム』と銘打たれているので、その触れ込みにふさわしいキャラクターにならなければという意識が働いていた気がします。

ーー では、藤原さんのお芝居に反射させるようにして福士さんも高倉を演じられた、と?

前2作があったので、「このテンションまで持っていっても大丈夫だろう」という限界値もわかっていたんですけど、逆に最初にご一緒したシーンから「このくらい高いテンションまで持ってこないと、カイジに見劣りしてしまう」と意識することができました。そのクライマックスと言えるのがスタジアムの中でカイジと1対1で対峙するシーンなんです。そのシーンは一番感情を露わにする必要があったんですが、藤原さんと2人で芝居を構築していっている中で、佐藤監督が「ちょっとカイジの胸ぐらをつかんで、押し倒すところまでいきたいんだよね」と、おっしゃって。そこに感情のピークを持っていくという意図を汲み取って、芝居の組み立て方をシフトしたことを、よく覚えています。スタジアムのピッチ上って、声の反響がすごいんですよ! 本編では聞きやすく編集されていますけど、実際はお互いの声がものすごく響いていて、それによって自分の感情も増幅していくような感覚がありました。

ーー 感情がむき出しになった時、高倉という人間の本質が見えたような気もしました。

バックグラウンドとして、裕福な家の子どもで超エリートとして育ってきたんだろうなというのは、容易に想像がつきますし、暴力に対する恐れがあって、すごく嫌っているんです。だから、高倉自身も激高したり、人に手を出すことをものすごく恥だと捉えていて。でも、人間性がむき出しになった時、カイジの胸ぐらを掴んでしまうという…そこがすごく面白い部分だなと思いました。絶対に暴力に訴えかけることを避けてきたのに、いざ心がむき出しになった瞬間、反射的に身体が動いてしまうという…そこを意識しての、佐藤監督の演出だったのではないかなと僕は解釈しました。

実はその前のシーンの、カイジから「おいっ、ふざけんなよっ!」と迫られるところで、ちょっとビビるという芝居を僕も足しているんです。ふだんは強気ですが、本当はすごく臆病であることが、その瞬間に伝わるんじゃないかな、と。強気の自分を保つことで本来の自分を隠しているところがあるので、そこを踏まえてセリフのトーンを調整していって、常に100%魂を燃やしつつセリフに気持ちを込める、ということを意識していました。高倉的には、若いからこそ上っ面だけの人間にはなりたくないという思いがあると思うんです。だから、腹の底から響かせるようにして、低い声で話すんです。その方が説得力があると思い込んでいるから。でも、その呼吸がふだんとは違ったので、時々、息が苦しくなったりもしました(笑)。

◆30歳になるまでの数年間が、実はすごく大事になってくる気がしています。
ーー 藤原さんのカイジに対するアプローチが、まず最大火力で少しずつ火加減を調整していくのだとすれば、福士さんの場合はクライマックスを除いて、火力を一定に保つような感じだった、と。

はい、ずっと火が弱くならないように薪をくべながら、というイメージでお芝居をしていたんですけど、カイジと対峙する時はキープしてきた火力ではまったく及ばないと感じたので、それこそエンジンを積んでオイルをガンガン注いでっていうイメージで火力を上げていくような感覚がありました。

ーー なるほど、先ほどお話にも出た、カイジと対峙するスタジアムのシーンは雨が降っていますが、台本上では特に雨中というト書きはなかったと聞いています。ただ、雨の中で撮影したことが、対決シーンをエモーショナルに見せているようにも感じられるんですよね。

当日の天気が雨模様で、どうするのかなと思っていたら…監督が「雨も雰囲気があるね」と乗り気でいらっしゃって(笑)。結果的には雨の中で高倉のメガネが濡れて、ちょっと情緒的な画になったり、すごくイイ感じに進んでいきました。嘆きのシーンとして印象的に仕上がったんじゃないかなと思っています。

ーー メタファーとして、高倉の心の涙のようにも解釈できるのかなと思いました。

あるいは、身体と心にこびりついた余計なモノを洗い流すというようにも受け取れるのかな、と自分も思いました。

ーー 確かに! では、今回の高倉という役どころをまっとうしたことによって、今後の俳優・福士蒼汰にどのような作用をもたらすであろうと考えていらっしゃいますか?

この作品はちょっと珍しいパターンだったと言いますか、オファーから決定するまでの時間がすごく短かったので、自分の今後にどんな作用があるかを考える間もなく、まず「やります!」とお返事させていただきました。なので、決まってからいろいろと考えたんですけど、一番大きかったのは、やっぱり藤原さんとご一緒したかったという望みが叶ったことです。実際、思っていた以上に得るものがありました。おそらく、対峙・対決するシーンがあったからだと思います。もし、カイジの仲間役だったら、こんなにも藤原さんの魅力を感じとることはできなかったんじゃないかなと思っていて。ご自身の全力を自分にぶつけてくださったからこそ、藤原竜也という名優の凄味をダイレクトに感じとるができましたし、なかなかできない体験だったなと。そういう意味では、想像していた以上に収穫があった現場でした。撮影前は、とにかくカイジに追いつき、追い越すということで頭がいっぱいで必死でしたが、そうやって必死に振る舞うことが自分にとってはいい成長へとつながっていくはずだという期待も、僕の中には当初からありました。

ーー 今回の『〜ファイナルゲーム』の特徴としては、若者だったカイジが大人になって、次世代に何かを継いでいくという構造が挙げられます。そこについて、何か思うところはありますか?

過去2作との大きな違いが「カイジと若者たち」という構造で、僕もそこが面白いなと思っているんです。僕やマッケン(新田真剣佑)や関水さんだったり、若い世代もたくさん出ているんですけど、カイジ=藤原さんとの対比がコントラストとして浮き立ってくるのも興味深いなと。先ほど、「今の時代はカイジのような人が求められている」と話しましたけど、過去2作では純粋に大人たちに対するチャレンジャーだったカイジが、今作では若者たちを諭したり、生きざまを見せたりするという描かれ方がされているのも、そのように思った一因なのかもしれません。福本先生や監督も、おそらくそういった世代間の対比を少なからず意識なさったんじゃないかな、と僕は思っています。

ーー それこそ手元の資料によると、キャスティングの基準としては、「カイジ藤原竜也と誰を対峙させたいか」というのがあったらしいです。

あ、そうなんですか! 今、初めて知りました(笑)。もしかすると対決するという画の見せ方も考えてのことかもしれないなと、ふと思ったりもします。監督はドラマの演出も数多く手がけられているので、映画的な見せ方に新たな視点をプラスして、いろいろと探っていらっしゃったのかもしれないなと。

ーー 佐藤東弥監督の演出を受けて、改めてどんなことを感じましたか?

僕自身の感覚としては、自由度の高いお芝居をさせていただいたと思っています。藤原さんとは『カイジ』だけでも10年以上の付き合いがあるので、お互いに通じ合っているような関係性なのかなと、傍からは見ていて感じました。監督がすべてを説明しなくても、「あ、こういう感じですかね?」と動き出して、さらにお互いにカチッと歯車を合わせていく、といったような──。そういう感じは、第三者からしても心地よかったです。

ーー そういった“盟友”的な監督さんと出会いたいという思いも強まった感じでしょうか?

そういう関係性には憧れます。ただ、付き合いが長いからといって常に一緒にいるわけでもないでしょうから、ほどほどの距離感というのは、当事者同士の知らないところでちゃんと保たれているんだろうな、と。僕自身も、佐藤信介監督(「図書館戦争」シリーズなど)や三池崇史監督とも3回ご一緒させてもらっているので、言葉ですべてを説明しなくても汲み取れるという感覚は何となくわかるんです。それは何回もご一緒しているからこその積み重ねだろうなぁと。

ーー 役者さん同士ではどうですか? 初共演の方と手合わせする新鮮味もあると思いますが…。

やっぱり、何度もご一緒している方だと安心感はありますし、お芝居の感じもわかっているという意味では、確かにやりやすさはあります。でも、初めての方とお芝居する時のワクワク感だったり、意外性のある表現に出合った時の驚きというのも、同じくらい魅力的だったりもするんです。なので、どなたとご一緒するにしても、僕の中ではそれぞれに楽しみがあります。

ーー では、お時間もありますので…2020年も明けて、福士さんご自身も20代後半の熟成期に入るということも含めつつ、抱負をお聞かせいただければ、と。

自分の中でも、なぜかずっと20代前半という感覚があるんですけど(笑)、気がつけば30代の方が近くなっているんですよね。でも、30歳になるまでの数年間というのが、実はすごく大事になってくる気がしていて。人としてどう生きていくか、役者として何を感じて、どんなふうに大きくなっていけるかによって、30歳からの新たなスタートに影響してくると思っているので、常に“今”を大事にしながら、ていねいに日々を歩んでいきたいです。

(c)福本伸行 講談社/2020映画「カイジ ファイナルゲーム」製作委員会

カイジ ファイナルゲーム』福士蒼汰、名優・藤原竜也の凄みを実感。念願叶って初共演を果たした心境を熱く語る!は、【es】エンタメステーションへ。
(エンタメステーション

掲載:M-ON! Press