岡山県で活動しているローカル地下アイドル「ChamJam」のメンバーで、グループの中で最もファンの少ない市井舞菜。舞菜を単推ししている唯一のオタク(ファン)で、収入のすべてをオタク活動のために費やしているフリーターのえりぴよ。
この二人を中心に、アイドルとオタクの近くて遠い不思議な関係を描いていく漫画「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(推し武道)

2018年のアニメ化発表以来、多くのファンが待ちわびていたが、いよいよ本日、1月9日(木)の深夜、TBSで第1話が放送される(BSーTBSでは11日深夜放送)。

エキレビ!では、原作者の平尾アウリインタビューに続いて、本作の監督を務める山本裕介へのインタビューを実施。第3期まで制作されている「ヤマノススメ」など数多くの作品で高い評価を集めてきた人気監督に、本作との出会いから語ってもらった。

アイドルという存在は、自分の中では縁遠いものだった
──「推し武道」の監督を勤めることになった経緯を教えてください。

山本 「ヤマノススメ」などもそうなんですが、(制作スタジオの)エイトビットにいると葛西(励)社長がなにかしら仕事を持ってきてくれるんです。僕の適性をわかってくれていて「山本にはこういう作品が合うだろう」というものを選んで声をかけてくれるんですね。「推し武道」もそのパターンで監督のオファーをいただきました。とは言っても、どんな仕事も受けているというわけではなく、別の原作で以前「山本さん、アイドル物ってどうですか?」と声をかけてもらったこともあったのですが、その時には「原作はすごく面白いのですが、僕の中にはアイドル物のスイッチが無いみたいです」とお断りしたことがあります。だから、「推し武道」も最初コミックスの表紙を見て「アイドル物かあ…」と思って構えていたのですが、タイトルからして変わっていたし、「推し」という単語に引っかかったんですね。それで中身を読んでみたら、いわゆるアイドル物というくくりとはかなり違うんじゃないかと。アイドルを推す人たちが主役の作品ですし。推されるアイドルも地方で活動している地下アイドル。しかも、コメディ。これなら自分でもやれるかもしれないと思って、葛西社長に「面白い仕事になりそうなので、やってみたいです」と返事をしました。

──別の作品を「アイドル物のスイッチが無い」と断った経験もあるということは、元々、アイドルが好きだったり、興味があったりしたわけではないのですね。

山本 どちらかというとアイドルという存在自体、自分の中では縁遠いものでした。それに、アイドル物のアニメには並み居る強豪というか、すでにすごく良い作品がいっぱいありましたから、それに対抗するものを今から追いかけて作れるのかな、というプレッシャーも大きかったです。それと、業界の中でアイドルアニメにはまりすぎて仕事をしなくなった人の話を聞いたことがあったので(笑)。自分はそうならないようにしよう、と意識的に距離を置いていたところはあります。

──「推し武道」は、先行するアイドル物とは、また違う方向性の作品ということで、興味を持ったわけですか?

山本 はい。原作を読ませていただいて、明らかに普通のアイドル物とは違うと感じました。昔から少しひねったところのある原作に惹かれてしまうんです。

ファンタジー的な部分とリアルさとのバランスを大事に
──「推し武道」という作品の中で、特に面白いと感じたポイントを教えてください。

山本 やっぱり、オタクが主人公というところと、そのオタクがむくつけき男子ではなくて、見た目的には美女と言って良いえりぴよであるというところですよね。だから、見ようによっては百合物でもあるんですけれど、それが不思議といやらしく感じられない。けっこうエグい言動でも、えりぴよは見た目がああなので許されちゃうところが得だなあ、と。

──握手会で舞菜にどうやって気持ちを伝えるかを考えすぎて、最終的には奇行に走ったり、本当に自分の人生を推しに捧げている姿もギャグに見えます。

山本 そうなんですよね。そういったところがすごく上手く作られている原作だと思いました。際どい行動でも生々しくならず、えりぴよだとギャグになる。そしてそれはあくまでもギャグなんだけど、舞菜に対するえりぴよの思いは本物だから、いつでも切ない方向、エモい方向にもドラマが振れるんです。その振り幅の大きさがこの作品最大の魅力だと思っています。特にアニメでは、そこをより強調して演出しています。笑いがあったと思ったら、直後に急に泣かせのシーンが来るみたいな。えりぴよの行動はオタクじゃない人から見たら「バカだなあ」ってギャグにしか見えなくても、アイドルに思い入れのある人にとっては、一緒になって泣けるものだったりもするんです。そういう、同じシーンでもいろんな感じ方のできる作品にしたいと思っています。

──「推し武道」という作品を作る際、特に大事にしていることを教えてください。

山本 地下アイドルさんやオタクさんについては、もちろんいろいろと取材はしたんですけど、あまりにも深いところまで踏み込んで、生々しいドラマに行き過ぎちゃうと方向を誤るなと思っていました。取材で自分が得た感覚を持ち帰ってリアルな「見せ方」は目指すけれど、そこで描かれる「ドラマ」は、オタクと地下アイドルの理想的な関係をある種のファンタジーとして描いていこうと。そのリアルとファンタジーのバランスを大事にしたいなと思っています。

──ライブや握手会など、いわゆるアイドルやオタクの「現場」の取材もしたのですか?

山本 はい。握手会や劇場(ライブハウス)の様子とか、アイドルやオタクさんの振る舞いなどは実際に観てきました。でも、さっき言ったこととも重なるんですけど、リアルさを追求しすぎるのも良くないんだろうなと思っています。

──実際にアイドルとオタクが触れあう現場の取材をしてみて、特に印象に残ったことを教えてください。

山本 元々、アイドルに疎かったので、なにもかもが新鮮でした。アイドルが4人、5人いて握手会をやっていても、誰も並んでない列があったりして。

──えりぴよがいない時の舞菜のようですね。

山本 ああいうところを見ると、やっぱり胸が痛いですよね。人気の差というものをこれ以上ない形で見せつけられる、なんて厳しい場所なんだ、と。それに耐えてまで、アイドルをやっている子たちはすごいなと思いました。自分はお目当ての子がいるわけではないので、空いているところに並んでしまうのですが、そうするとすごく喜ばれるんです。でも、こちらは実は取材として行ってるから胸が痛くって……(笑)。

──何となく舞菜列に並んだら、神対応されたオタクのようです。

山本 まさに、そうでしたね。でも、神対応というのは、こういうことなんだと思って。みんな本当にすごく対応が良いんですよ。もちろん、こちらも失礼なことを言ったりはしないのですが。それにしても、すごくいっぱい話しかけてくれて、嬉しそうにしてくれるんです。こういう経験を何回もやっていると、応援したくなるだろうなと思いました。

──監督が懸念していた、アイドルにハマり過ぎてしまった人の入口を見てしまったと。

山本 ええ、これ以上行くと引き返せなくなってしまうかもしれないなと(笑)。

えりぴよを演じる上では、フレッシュさも必要だと思っていた
──アイドルやオタクに対して、取材の場を設けて話を聞いたりはしたのでしょうか?

山本 握手会とかで話を聞いたりはしましたが、「自分は監督で、取材に来ました」ということを明かした上での取材は基本的にはしていません。アイドルさんに対しても、オタクさんに対してもそうですね。ただ、今回アイドル(ChamJam)のライブシーンに関してはCGではなく、実際のステージでChamJamに見立てた7人のアイドルやダンサーの人たちに踊ってもらって、それを収録してライブアクションで起こす(実写映像を参考にしながら作画する)というやり方をしているんです。その7人も、ただダンスのできる人に集まってもらったわけではなくて。一応、身長の対比はChamJamのメンバーに近いと有難いみたいな希望は伝えていたのですが、こちらの想像以上にChamJamのメンバーのイメージに寄せた人たちを集めてもらえたんですよ。自分も収録に立ち会ったのですが、髪型やルックスだけでなく、ダンスの技量まで考慮して、そう、まさにキャスティングされていて。例えばダンスが上手いという設定の(水守)ゆめ莉役の人は実際にダンスがかなり上手い方が担当されていました。

──そこまで、キャラクターの設定に合わせてくれていたのですね。

山本 そうすると段々、その7人が本物のChamJamに見えてくるんですよ。自分は普段、その年代の女の子に会う機会も無いですし、アイドルの日常などもっと縁遠いので、すごく参考になりました。休憩中とかにその7人が車座になって座っている風景も、実際のChamJamもこういう感じなんじゃないかなと思えて来て。その佇まいは、ChamJamを描く時のイメージの源になっているし、あの収録に立ち会えたことはライブシーンだけでなく、作品を作る上でかなり役立ったと思っています。

──原作者の平尾アウリさんとのやり取りで、特に重要だったこと、印象に残っていることなどを教えてください。

山本 当然、顔合わせを兼ねた打ち合わせはしたのですが、先生の方からしゃちほこばって「こうしてください」みたいなお話があった記憶はありません。でも、お会いしたのはその1回だけではなくて。シナリオ作りの段階で、毎回、編集さんを通して気になる部分のご指摘はいただいていましたし、アフレコにはほとんど毎回いらっしゃっていましたので。総論として何かやり取りをしたというよりも、細かい部分に関して、その都度ご意見をうかがった形です。それが結果的に、綿密にアニメに反映されていると思います。特にアイドルのコスチュームのデザインや、キャラクターの着ている服の色に関しては、先生が一番明確なイメージをお持ちなので、それを最優先しました。こちらから出した設定案などに関してリアクションがあれば、それをそのまま使わせていただく形で作業を進めています。やっぱり、そうすることによって、作品がどんどん「推し武道」っぽくなっていくんですよね。自分の中で一番印象に残っているのは、第1話冒頭のえりぴよの服の色のイメージ。さくら祭りの場面で、舞菜と出会う前のまだお洒落をしている頃のえりぴよが出てくるのですが。

──第3弾PVにも収録されているシーンですね。

山本 その時の服の色設定は、最初、コミックスのカラーページから色彩設計さんが色を拾って原作に忠実に色を作ったのですが、自分としては少し弱いなと思っていたんです。とはいえ、アニメスタッフは原作を尊重するのが常ですから、「原作がこの色だから」と言われると強く反対もできずに、そのイメージでいったんOKを出したんですね。そうしたら、平尾先生の方から、「この頃のえりぴよはもっと派手で、パンクな感じなんです」ということで、別の色をご提案いただいたんです。実際、その色にしたら、一番しっくり来たんですよ。そういった判断はやっぱり我々には出来ないし、さすが原作者だなと思いました。

──主人公のえりぴよを描く際、山本監督の中で特に意識していることはありますか?

山本 行動や喋る内容がけっこう過激なんですよね。「臓器を売るしかない」とか、人によってはドン引きするようなことを本気で言ったりもするんですけれど、それが見てる人に嫌われないように見せていきたいと思っています。やっぱり何よりも第一に愉快なアニメであることが大前提なので。キャラクターデザインを下谷(智之)さんにお願いした理由も、端正な絵が描ける方、絶対に下品にならない絵を描ける方だからなんですよ。この内容でキャラデザが下品だったら、目も当てられないアニメになっていたかもしれません(笑)。だから、役者さんについても、えりぴよを演じる上では、(芝居の)達者さとか振り幅だけが重要なのではなくて。ある種の清潔さというか、フレッシュさも必要だと思っていました。そういう意味でも、ファイルーズ(あい)さんに出会えて良かったです。
(取材・文/丸本大輔)

後編に続く

(C)平尾アウリ・徳間書店推し武道製作委員会

■アニメ放送情報■
2020年1月9日(木)深夜1:28〜TBS
2020年1月11日(土)深夜2:00〜BS-TBS

≪staff≫
【原作】平尾アウリ(徳間書店 リュウコミックス)
【監督】山本裕介
【シリーズ構成】赤尾でこ
【キャラクターデザイン】下谷智之、米澤優
【CGディレクター】生原雄次
【色彩設計】藤木由香里
【美術監督】益田健太
【美術設定】藤瀬智康
【撮影監督】浅村徹
【編集】内田恵
【音響監督】明田川仁
【音響効果】上野励
【音楽】日向萌
【アニメーション制作】エイトビット

【OPテーマ】ChamJam『Clover wish』
【EDテーマ】えりぴよ(CV:ファイルーズあい
『※桃色片想い※』(※はハートマーク)

≪cast≫
【えりぴよ】ファイルーズあい
【市井舞菜】立花日菜
五十嵐れお】本渡楓
【松山空音】長谷川育美
【伯方眞妃】榎吉麻弥
【水守ゆめ莉】石原夏織
【寺本優佳】和多田美咲
【横田 文】伊藤麻菜美
【くまさ】前野智昭
【基】山谷祥生
【玲奈】市ノ瀬加那

アニメ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」最新キービジュアル。7人組の地下アイドルChamJamと、彼女らを応援しているオタクたちがライブハウスで記念撮影している風景が描かれている