昨年12月23日、多くのメディアで、「養育費の算定式が新しくなる」というニュースが大きく報じられましたが、あなたの耳にも入りましたか。

 例えば、父の年収が700万円、母が300万円、子ども1人(14歳以下)の場合、今までは月5万円でしたが、これからは月7万円と、月2万円増える計算です。父の年収が800万円、母が100万円、子ども2人(1人は15歳以上、1人は14歳以下)の場合は、今までは月13万円(2人分)でしたが、これからは月15万円と、やはり月2万円増えます。

「月7万円を20歳の誕生月まで」

 ほとんどの場合、子どもは父親ではなく母親が引き取るため、大半の母子家庭では養育費を月2万円上乗せできると考えてよいでしょう。今までも、算定表という根拠があれば、夫は「裁判所のルールなら仕方がない」という感じで渋々、首を縦に振ることが多かったのですが、これは新算定になっても変わらないでしょうから、新算定表による増額分は机上の空論ではなく、実際にもらえる金額だと期待してよさそうです。

 これは夫婦が離婚する場合だけでなく、未婚出産(できちゃった婚をするつもりが途中で別れた)や不倫出産(相手が既婚者なので結婚できない)で婚外子(夫婦ではない男女の間の子)の養育費を決める場合も使うことができます。

 今回紹介する相談者は多胡桃さん。桃さんは3年前、当時の夫と離婚、一人娘(杏さん)の親権は桃さんが持ち、養育費は「毎月7万円を20歳の誕生月まで」と決まりましたが、これは当時の養育費算定表通りの金額なので、桃さんにとって有利でも不利でもありませんでした。

 しかし、離婚から3年後、市内で偏差値上位の高校に入学した娘さんは1年生の冬に不登校の状態に陥り、わずか1年で自主退学。現在はどこの学校にも通わず、フリーターとして働いています。せっかく進学校に合格した娘さんの学歴は中卒で止まってしまったのですが、すべての原因は「養育費は足りないこと」でした。一体何があったのでしょうか。

<家族構成と登場人物(すべて仮名)、属性・年収は変動なし>
多胡桃(離婚時40歳、現在43歳)、派遣社員(年収250万円)※今回の相談者
大家雅也(同43歳、同45歳)、会社員(年収900万円)
多胡杏(同13歳、同16歳)、中学生→高校退学

家庭環境から娘が問題行動、それでも進学校

「リビングのテーブルの上に、5冊の節約本が置かれていました」

 桃さんは夫との結婚生活をそう振り返りますが、娘さんが中学に入学するとき、準備金として20万円が必要なので、夫にお金を出してほしいと頼んだそうですが…5冊の節約本は「もっとやるべきことがあるだろ?」という夫からの無言のプレッシャーでした。

 夫が家計に口を挟むのはこのときが初めてではなく、そのたびに、桃さんは出費を切り詰めてきたので、これ以上削るお金はありませんでした。当時、結婚生活は15年目。多少の蓄えはありそうですが、桃さんいわく、家族の貯金はゼロだった模様。なぜでしょうか。

 桃さんの手取りは月18万円ですが、これはすべて生活費として使い果たしていました。夫は「お前が稼がないからしょうがないな」という感じで、桃さんの給料では足りない分だけお金を渡すというスタイルでした。

 例えば、娘さんが中学に入学する前月、夫が入れた生活費はわずか3万円でした。夫の年収は900万円なので、月3万円しか払わなければかなりの金額が自由になる計算で、貯金を考えれば、準備金の20万円は大した金額ではないはずです。

 しかし、夫は「20万円ぽっちもためていないのはお前が悪い!」と言い放ち、生活費を一切追加しようとしなかったので結局、桃さんが週末に日雇いのアルバイトをして、20万円を補填(ほてん)せざるを得なかったのです。せめて、義務教育を終えるまでは両親そろった家庭を維持するのが親の務めだと思い、桃さんは我慢に我慢を重ねてきたそうです。

 夫婦の間にほとんど会話はなく、会話をしようものなら、夫が意味不明な持論で論破し、妻はただただ涙を流すだけ…娘さんは、そんな劣悪な家庭環境の中で暮らしていたので、性格の形成や情緒の安定に難があるタイプに育ったのです。

「先生、のだめカンタービレを知っていますか? 娘はのだめちゃんにそっくりなんです!」

 桃さんはため息交じりにそう言いますが、例えば、「コンビニに行く」とうそをつき、夜の9時まで戻ってこない、桃さんの財布からお金を盗み、ゲームソフトを買ってくる、桃さんのクレジットカードを使ってスマホゲームに課金する。それらを問いただされると「だから何なのよ!」と大声を上げ、仏壇のろうそくをばらまき、ボヤ騒ぎを起こす。

 そんなふうに、家庭の不和のせいで娘さんが問題行動を起こすようになったのです。一方で、学校の勉学は優秀で学内トップクラスの成績でした。桃さんは娘さんが13歳のときに夫と離婚したのですが、娘さんの部屋はなく、勉強机はリビングのテーブルでした。とても勉強に集中できる環境ではないのに、高校受験は進学校を受験し、合格したそうです。

同級生は全員、大学受験用の塾に通っており…

 桃さんは、守銭奴の夫が途中で難癖をつけて養育費の支払いをやめることが予想できたので、養育費の約束を公正証書に残したのですが、離婚1カ月目から振り込まれていないのは予想外でした。

 公正証書があれば、元夫の給与を差し押さえるための申し立てをすることが可能です。差し押さえが成功すれば、職場は元夫へ給与を支払う前に直接、桃さん(または娘さん)の口座に養育費の未払い分を振り込んでくれます。いわゆる給与天引きが可能で、しかも、一度手続きを踏めば、最終回(今回は20歳)まで自動的に天引きされるので便利です。

 桃さんは、元夫の給与を差し押さえることで安定的に養育費を手に入れることができたのですが、今度は養育費が足りないという別の問題が発生したのです。

 学歴が「専門学校卒」の桃さんは知らなかったのです。娘さんの高校は進学校とはいえ、大学受験対策は高校の授業だけでは不十分だということを。同級生は1年生のときから受験用の塾へ通っており、娘さんも同じように通いたかったのですが授業料は少なくとも毎月3万円。桃さんの収入と元夫からの養育費では無理な金額でした。

 しかも、所得制限を超えており、児童扶養手当(一人親家庭に支給される手当)が望めないのでなおさらです。もちろん、中学入学時のように桃さんが週末に副業をするという選択肢もありますが、桃さんは長年の過労がたたり、肝機能障害を患っていました。少しでも無理をすると倒れて寝込んでしまうありさまで、自力で何とかするのは不可能でした。あとは、元夫に養育費を増額してもらうしかありません。

 本来は親権者である桃さんが直接、元夫を説得すべきですが、結婚生活の出来事がトラウマになっており、元夫の存在を思い出すだけで頭は真っ白になり、手は震え、汗ばんでくるので、LINEを一通書くのも無理な状況でした。

 そこで、娘さんが桃さんになりかわって夫にLINEを送ったのですが…いまだに給与差し押さえの件を根に持っているようで、「お前らのせいでクビになりそうだぞ! 話は天引きをやめてからだ!!」と逆上したり、受験事情には無知なのに、「東大受けるんだろ? そうじゃなきゃ○○高校に行った意味がない!」とまくし立てたり、「そんなことより俺とデートしようぜ!」と酔っぱらった感じで思春期の娘さんへセクハラまがいの暴言を吐いたり…。

 娘さんは、ただでさえ情緒が不安定で他の子より傷つきやすいのに、実の父親から罵声を浴びせられたら平静を保つのは無理です。結局、元夫を説得できず、養育費の増額が実現できないどころか、娘さんの心に永遠に消えないだろう傷が残る結果に。同じクラスで塾に通っていない生徒が娘さんだけという状況で、娘さんは次第に学校から足が遠のいたのです。

通信制にも希望を見いだせず、高校退学を決断

 娘さんは、金銭的に苦しむ桃さんを助けたい一心でアルバイトを始めたのですが、進級に必要な単位が足りず、このままでは留年せざるを得ません。桃さんはそれでも、高校を卒業させてあげたいので、授業料を払えそうな通信制へ転入を提案したのですが、大学進学が絶望的な通信制に希望を見いだせず結局、高校を退学する決断をしたのです。

 ところで新算定表によると、離婚時(13歳)の養育費は毎月9万円が妥当な金額です。桃さんの場合(月7万円)より2万円多ければ、娘さんは塾に通って大学へ進学し、正社員として就職する道が開けていたのでは、と残念でなりません。

 もちろん、算定表は14歳以下、15歳以上で金額が分かれています。娘さんは離婚時13歳、相談時16歳でした。旧算定表でも、13歳時の養育費は月7万円、16歳時は月9万円が妥当な金額です。

 法律上、事情変更による見直しは認められているのですが(民法880条)、桃さんのように、精神的な理由で元夫へアプローチできないケースも多いです。途中で増額するのが至難の業なので、離婚時、どのような金額を設定するのかが極めて重要で、今回の改正で救われる一人親、そして子どもが増えることを願うばかりです。

 なお、「うちは子どもがいないから関係ないでしょ」と人ごとのように素通りするのは危険です。今回、養育費算定表だけでなく婚姻費用算定表も改定されました。婚姻費用は、別居中の夫婦の生活費のことです。例えば、夫の年収が900万円、妻が専業主婦の場合、今までは月13万円でしたが、これからは月15万円なので、子どもがいないのに月2万円増額されています。

 報道では増額の理由として、「子どものスマートフォンの普及」「子どもの教育費の増加」を挙げています。なぜ、子どもがいない家庭でも増額されたのか定かではありませんが、いずれにせよ、子連れの妻だけでなく妻がもらえる金額も増えたのは確かなのです。

露木行政書士事務所代表 露木幸彦

離婚に伴い問題となる「養育費」