年明けすぐ、ノルウェーの首都オスロでの昨年の交通事故死者数についてのニュースが入ってきた。歩行者と自転車利用者で、亡くなった人がゼロになったという朗報だった。
衝突事故で亡くなった運転者が1人いたので、「すべての交通事故」とはいえないが、それでも驚くべき記録である。
このニュースは日本だけでなく、米国などでも「何か学べるはず」という姿勢で報じられた。
それではオスロはどういった取り組みで歩行者と自転車利用者の死亡者をゼロにしたのだろうか。
真っ先に挙げられるべき点は、政府が率先して交通事故を減らす取り組みをしてきたことだ。
具体的には「ビジョン・ゼロ」という交通事故死をゼロにする政府主導型の政策が功を奏してきている。
ビジョン・ゼロというのは、ノルウェーの隣国スウェーデンで1995年に始められたプロジェクトで、「交通事故による死亡者と重傷者をなくす」ことを目標に掲げたものだ。
1997年には、スウェーデン議会が国家目標として達成していくことを決定している。
しかもビジョン・ゼロは単なるキャッチフレーズや努力目標のレベルで終わらせるのではない。
発想の転換によって「交通事故は起きてしまうもの」から「防げるもの」として、また「個人が注意すべきこと」から「システムとして防止すること」へと前向きに捉えられている。
具体的には次の4つの柱で構成されている。
(1)「人間がより安全に」
(2)「道路をより安全に」
(3)「より安全なスピード」
(4)「より安全性の高い車両」
ただオスロがここまでくるまでには多年の時間が必要だった。
具体的な施策としては、オスロ市内の中心部に車を乗り入れられなくしたり、市内の駐車料金を値上げしたり、路上にあった700台分の駐車スペースを総距離60キロの自転車ルートに変換したりした。
こうした施策を耳にすると、単に市内への車の乗り入れを制限することで人間と車の接触を減らしただけとも受け取れる。
物理的に市の中心部で車を走行させなければ事故は起きない。しかし業務用車両や機動性を重視する人にとっては不便極まりないとの不満は出ていないのか。
ビジョン・ゼロの考えかたの底辺には交通事故によって人間が死亡したり、重傷を負ったりすることの理不尽さが読み取れる。
オスロだけでなく東京でも事故で死亡する人数は減っているが、背景には「起きてはならないこと」との考え方があるようだ。
「根源的な問題なのです。道路を車から人間のものにするという発想です。安全上も、健康上も、環境上も、生活の質という点からも『ウィン・ウィン』の関係になるはずです」
これは車依存社会からの脱却をも意味する。米国やオーストラリアのような広大な国土の国家では、北欧諸国よりも車からの脱却は難しくなるのではないか。
だがオーストラリアでいまビジョン・ゼロが浸透しつつある。
同国の非営利団体「ゼロ志向基金」のラーンチラン・マッキントッシュ会長は前向きだ。
「オーストリアでは毎年、交通事故で約1300人が亡くなり、3万5000人もが重傷を負っています。オスロの結果は、どの地域でも死者数ゼロにすることが可能であることを教えています」
日本国内でもビジョン・ゼロの施策を取り入れている自治体もある。環状交差点(ラウンドアバウト)と呼ばれるものだ。
東京都内には少ないが、2019年3月末時点で、31都道府県87カ所に設置されている。
信号を撤去し、交差点の中央を円状にすることで車は行きたい方向に停止することなく進むことができる。交差点での赤信号の待ち時間を無くすことで、渋滞は減らすことが可能になる。
日本とノルウェー両国を単純比較してみると、昨年オスロが交通事故死者数ゼロを達成した中で、東京は133人が亡くなっていた。
オスロと東京の人口がそれぞれ67万と1397万と開きがあるので、人口10万人あたりで眺めると実は東京の死者数は0.96人になる。47都道府県の中では最も少ない。
それでは東京のドライバーと歩行者が交通ルールを最も守っていたのかと問うと、車を運転する人の割合が他府県よりも少ないからという答えが出てくる。
電車や地下鉄、バスなどの交通機関を利用する人の割合が高いため、交通事故の発生率が自ずと下がっているのだ。
それでも国内の交通事故死は4年連続で4000人を切っており、減少傾向にはある。
ちなみに日本国内に目を向けると、徳島県が10万人あたり5.57人で最も悪く、次いで5.54人の鳥取県がきている。2019年の日本の全国平均は2.54人だった。
そうした中、ノルウェーの取り組みは国情の違いはあっても革新的と言っていいだろう。
何しろ532万の人口で昨年、15歳以下の子供たちの交通事故死はゼロだったのだ。
米国では4000人以上の子供たちが亡くなっている。人口が60倍以上であることを考慮しても、交通事故死をゼロにする取り組みの成果はでている。
車社会に慣れ親しんだ地域では脱却が困難との考え方がある。
ノルウェーやスウェーデンと同じ社会環境を踏襲することは難しい。たとえばニューヨーク市では2018年より2019年の方が、交通事故死者数が増えた。
オスロ市政府は交通事故死者数がゼロになっても、「目標達成」と小躍りしていない。
というのも、死者数ゼロからさらに目標を上げて、交通事故による負傷者ゼロへと取り組み始めているからだ。
どの国でもどの地方自治体でも、地域にあった独自のビジョン・ゼロの取り組みがきっとあるはずである。
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