(黒木 亮:作家)

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 これまでたびたび週刊誌などでも取り上げられながら、決定的な証拠を突き付けるまでには至らなかった小池百合子東京都知事の「学歴詐称疑惑」。アラビア語エジプト事情に疎い日本のメディアは小池氏の学歴詐称疑惑の追及に消極的で、このままでは、この疑惑は、永遠に疑惑のまま終わってしまうかもしれない。

 小池氏の「お使い」レベルのアラビア語を聞けば、カイロ大学卒業という学歴は即座におかしいと分かる。筆者はアラビア語を学び、エジプトの大学(カイロ・アメリカン大学大学院中東研究科)を卒業した者の責務として、複数回の現地取材を含む調査で疑惑を徹底検証した。その結果、小池氏がカイロ大学の卒業要件を満たして卒業したという証拠、印象、片鱗は何一つ見出せなかった。

 これまで他のメディアが報じてこなかった小池氏の「学歴詐称」を徹底検証するレポートの最終回をお届けする。

限られたメディアにチラ見せしただけの卒業証書

 小池氏の学歴詐称疑惑は、すでに述べた通り、単なる書類の問題ではなく、入学の実態および卒業に必要な学業実態の有無である。もし学長、学部長などが関与して作られた“不正卒業証書”なら、成績表など大学内の書類も正規の卒業生同様に捏造されているので、いくらペーパーを出しても説得力がない。

 ただ念のために、小池氏がテレビで“チラ見せ”している卒業証明書、卒業証書について、気づいた点を指摘しておく。

 カイロ大学をはじめとするエジプト国立大学において、卒業を証明する書類は3種類ある。卒業後1カ月以内程度で発行される「卒業証明書」、もう少し後に発行される「卒業証書」、科目別の成績が記載されている「成績証明書」である。

 卒業証明書は、収入印紙が貼られた、実務色の強い書類である。卒業証書のほうは、それよりも大きなサイズで、日本の卒業証書や賞状あるいは免状に似た書類である。前者は基本的に全部の卒業生が取得し、後者は特に希望する学生が大学に申請して入手する。成績証明書は、外国の大学院などに進むときに必要になる。

 小池氏は、政治家になって27年経つが、この間、卒業証明書や卒業証書を見せたのは、「週刊ポスト」やフジテレビなど、ごく限られたメディアに対してのみで、都議会での公開要請にも応じていない(しかも「週刊ポスト」(1993年4月9日号)の画像はごく小さなもので、文字はまったく判読不能)。また成績証明書は公開していない。

不鮮明な印影

 小池氏が卒業関係書類を、明瞭な形で一般に公開していないため、それらが本物かどうかは、唯一文字が判読できるフジテレビのスクリーンショットで検討するしかない(2016年6月30日放送の「とくダネ!」)。

 この検討にあたって筆者は、現地で会ったカイロ大学の卒業生やインターネット・サイトから20通ほどの卒業証明書を集め、小池氏のものと比較してみた。それらは1973年から2015年の間に、文学部工学部、政経学部、商学部、医学部薬学部、法学部などを卒業した人々のものである。

 カイロ大学の卒業証明書は、学部や発行年度によって署名者、スタンプ、用紙の形が少しずつ違っている。署名者は、1つの卒業証明書に3~5人で、ムハッタス(specialist)、ムサッジル(registrar)、ムラーキブ(controller)、ムラージウ(checker)などがサインし、その下に、ムディール・アーンム・アッ・シュウーニ・タアリーミーヤ(general director for educational matters)やアミード・ル・クッリーヤ(学部長)などのサインがあるものが多い。また収入印紙が貼られ、大学の総合管理部(アル・イダーラト・ル・アーンマ)や学部のスタンプが、収入印紙の割り印を含め、1~5カ所に押されている。用紙は正方形に近いものもあるが、縦長の長方形が多い。

 小池氏の卒業証明書はスクリーンショットで見る限り、証明書として通用しない代物である。なぜなら、最重要要件である大学のスタンプの印影がいずれも判読不明だからだ。

 日本の銀行でも払い戻し請求書の印影が不鮮明だと、お金を下ろすことができないのと同じである。小池氏の卒業証明書には、3つのスタンプが押してあるが、右下の1つだけが、かろうじて鷲のマークがあるように見え、残り2つは何のスタンプか判然としない。筆者が集めた他の20通ほどの卒業証明書はいずれもスタンプが鮮明で、鷲のマークも、その周囲に書いてある学部名や大学の総合管理部というアラビア語の文字も鮮明に読める。

 筆者はカイロ大学文学部の教授や日本の援助機関に管理職として勤務するカイロ大学工学部出身者に小池氏の卒業証明書を見せたが「これでは卒業証明書として通用しない」と言われた。前述の“不正卒業証書”作成業者を潜入取材したダリヤ・シェブル氏は「当時は優れた偽造技術を持った業者はいなかったと思うので、小池氏の卒業証明書は大学内部の人間が関与して作成した物だろう」とコメントした。

小池氏の卒業証書にある「乱れ」

 スタンプ以外にも、小池氏の卒業証明書には、他の正規の卒業生のものと異なる「乱れ」がある。

 第1に、小池氏の卒業証明書の文章が男性形で書かれていることだ。すなわち敬称に「サイイダ」(Ms.)ではなくサイイド(Mr.)が、生年月日を示す「生まれ」にも「マウルーダ(女性形)」ではなく「マウルード(男性形)」が、学位を「取得した」という語にも「ハサルト(女性形)」ではなく「ハサラ(男性形)」が、「(~の)求め」にも「タラブハー(彼女の求め)」ではなく「タラブフ(彼の求め)」と、すべて男性形で書かれている。

 アラビア語では書類に男女の別を記載しなくても、語形でそれが分かるのである。他の卒業証明書でこのような性別の不一致があるものは1枚もなく、2通ある女性のものもきちんと女性形で書かれている。

「乱れ」の第2は、4人の署名者のうち、スクリーンショットでは、2人の署名しか確認できないことだ。同氏の卒業証明書の署名者の肩書は、右から「ムハッタス(specialist)」「ムラーキブ(controller)」「ムラーキブ・アーンム(general controller)」のサインの欄があり、サインがあると確実に言えるのは、真ん中の「ムラーキブ」のみである(そのさらに下には学部長のサインがある)。他の20通ほどの卒業証明書では、4つの署名のうち1つだけが欠けているものが1通だけあるが、それ以外はすべての署名者の欄にサインがある。

「乱れ」の3点目は、小池氏の卒業証明書には大学の収入印紙が逆さまに貼られていることだ。他の卒業証明書には、そういう例は1つもない。スペースの都合上やむなく、収入印紙を横に貼ったものはあるが、小池氏のものは、スペース確保とは関係なく逆さまに貼ってある。

 第4に小池氏の写真がピンで留めてあることだ。筆者が集めた他の卒業証明書の写真はすべて糊付けかホッチキスである。就職活動等に使う大切な書類なので、しっかり留めるのは当然だろう。小池氏のものは別ルートで作られたという印象を受ける。

 全体として、小池氏以外の卒業証明書は、スタンプの押し方、署名、収入印紙の貼り方など、非常に丁寧に作成されている点が印象的である。これで就職活動等をする重要な書類なので、当然だと言える。ところが、小池氏が卒業証明書だとしているものは、ずいぶんと杜撰に作られた印象を受ける。

 小池氏が、卒業証明書と卒業証書はごく一部のメディアにしか見せず、成績証明書はいまだ誰にも見せていないというのも奇妙である。

 筆者が取材で会ったカイロ大学の卒業生たちは、依頼すれば、全員、卒業証明書や卒業証書の画像を送ってくれたし、小笠原良治氏や中田考氏(1992年カイロ大学から博士号を取得)の卒業証明書はネット上で公開されている。

 本当に正規ルートで卒業したというのなら、これは実に奇妙な態度である。もし筆者自身がカイロ・アメリカン大学の卒業(大学院中東研究科修士課程)を疑われたら、即座に、卒業証書、成績表、卒業生名簿、卒業式の写真、同ビデオ(業者が撮影し、各卒業生に売っていた)、派遣元である当時の勤務先(三和銀行)に毎月送っていた研修報告書の控え、当時の講義ノートなどを公開し、場合によっては名誉棄損訴訟を提起する。これは誰しも同じだろう。ましてや小池氏は公人で、かつ気に入らないことには強硬に反論する性格の人物である。ひたすら逃げの姿勢に終始しているのは、下手に喋れば卒論の件のようにボロが出ると思っているのかもしれない。

「卒業証書」についても、フジテレビのスクリーンショットで見る限り、正式な文書である要件のいくつかを欠いている。また裏面の記載も見ないと、真贋は判断できない。この点については、裏面も含めてきちんと公開された時点で指摘する。なお、石井妙子氏は文春オンラインに寄稿した「小池百合子都知事のカイロ大学『卒業証書』画像を徹底検証する」で、『振り袖、ピラミッドを登る』の扉に掲載された卒業証書のロゴとフジテレビで放送された卒業証書のロゴが異なることを指摘している。

 筆者も2つの画像をカイロ大学の文学部の教授に見せたが「確かにロゴが違う!」と驚いていた。小池氏は定例会見で「卒業証書は1枚しかない。大学が正式に発行した唯一のもので、それ以上のものはない」と答えたが、そのようには思えない。

(参考記事)https://bunshun.jp/articles/-/8551

小池氏への質問と回答

 これらの疑問点について、筆者は小池氏に書面で質したことがある。

 2018年11月にある雑誌の編集部を通じて小池氏に送った質問とそれに対する小池氏の回答は以下の通りである。

①貴殿は著書『振り袖、ピラミッドを登る』の奥付で、「1971年カイロ・アメリカ大学・東洋学科入学(翌年終了)」と書かれていますが、私どもの調査では当時(現在も)東洋学科というものは同大学に存在せず、貴殿が在籍したのはCASA(Center for Arabic Study Abroad=海外アラビア語学習センター)の初級(未修者)アラビア語コースであると理解していますが、この理解は違っているでしょうか?

また同アラビア語コースでは各コース(レベル)の修了者に修了証と成績表を与えていますので、もし修了されたのでしたら、それらを拝見・写真撮影させて頂きたく存じます。

カイロ大学に入学したのは1972年10月でしょうか。 それとも1973年10月でしょうか?

カイロ大学を卒業したのは事実でしょうか。卒業された場合、それは何年何月でしょうか?

カイロ大学を卒業された場合、首席だったというのは事実でしょうか?

カイロ大学の貴卒業証明書には、テレビのスクリーンショットで見る限り、署名者欄にサインがない箇所があり、スタンプの印影がいずれも不鮮明で、貴殿に関わる敬称・動詞・形容詞・人称代名詞がすべて男性形で書かれているようですが、この証明書はいつ、どのような経緯で取得したものでしょうか?

 また上記の諸点を考慮した場合、卒業証明書としての有効性に疑義があるように思われますが、どのようにお考えでしょうか?

カイロ大学の卒業証明書、卒業証書、成績証明書を拝見して、写真撮影をさせて頂けないでしょうか?

カイロ大学卒業後、貴殿は大協石油などで「アラビア語の通訳をされていた」というインタビューの記事がありますが、「アラビア語の通訳」というのは事実でしょうか?

 果たして小池氏は、これに対してどう応じたのか。

 同年11月9日付で、小池氏から弁護士を通じて次のような回答があった。

「小池氏は、カイロ・アメリカン大学にてアラビア語を学んだ後、1976年10月にカイロ大学を卒業しました。同氏は、帰国後、官庁はじめ、企業の依頼により、アラビア語通訳を務めておりました。以上」

結論

 以上述べた諸点の評価を踏まえ、小池氏がカイロ大学を卒業していないという同居女性の証言を疑う理由はないと筆者は考える。弁護士を通じて卒論がなかったと回答しているのは、同居女性が証言するとおり、4年生になれていなかったので、卒論の存在を知らなかったのだろう。

 小池氏は学歴に関する嘘が非常に多い。都議会で、教授の一人から成績はトップなので大学院に進んだらどうかと言われたので、著書に首席卒業と書いたと答弁しているが、仮にチラ見せしている卒業証書が本物であったとしても、成績は合格点の下から2番目の「ジャイイド(good)」なので、明らかに嘘である。

 小池氏は、24歳でカイロから帰国したとき、政治家になるなどとは思っておらず、マスコミが物珍しさで飛びついてきたので、調子に乗って嘘の経歴を話したというのが事の始まりなのかもしれない。その後、テレビキャスターになるにあたり、大学を出ていないのでは恰好がつかないと思い、嘘を上塗りし、政治家になってからは後戻りできなくなって、卒業したと強弁しているように見える。

 もちろん許される話ではない。事実なら犯罪である。小池氏がアラブ諸国の大使などが集まった席で、一言か二言初歩的なアラビア語で話し、「今のは〇〇という意味のアラビア語です」と日本のメディアに向けて得意げに語っている姿には赤面を禁じ得ない。このような人物がカイロ大学を卒業したと自称するのは、懸命にアラビア語アラブ文化を学び、きちんと試験を受け、卒論を提出してカイロ大学を卒業した人々に対する冒とくであろう。

 取材で会った小池氏を知る複数の日本人は「小池さんは自分の利益になる人としか付き合わない」と言う。石井妙子氏による『小池百合子「虚飾の履歴書」』(「文藝春秋」2018年7月号)にも一時期結婚していた男性が「はじめから利用されるとわかっていた」と顔をこわばらせたという同居女性の証言がある。その小池氏が、今もエジプトに出かけ、ターリク・ハーテム氏とのコンタクトを続け、来日したエジプトの高官やカイロ大学関係者に会うのは「ほら、彼らも何も言わないでしょ? だから私はカイロ大学を出ているのよ」と言っているように見える(事実、都議会でそういう趣旨の答弁をしている)。小池氏は、東京とカイロの友好都市協定30周年の行事にも乗り気で、昨年11月頃、その調査のためなどに都職員をカイロに派遣しているが、これもそうしたデモンストレーションを兼ねてのことのようにも感じられる。

 筆者には小池氏がカイロ大学の条件を満たして卒業したとは到底思えない。

 小池氏は本件につき、公人として事情を詳しく説明する責任があるのは当然だ。繰り返しになるが、手紙やメモという証拠にもとづいた同居女性の証言が存在し、”不正入学”と"不正卒業"の可能性がある限り、「卒業証明書も卒業証書もある。カイロ大学も認めている」では、誰も永遠に納得しない。疑惑を払拭したいのなら、疑問点にきちんと答えるべきである。そういう基本的なこともできないのなら、学歴詐称をしているということだ。

(了)

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昨年11月、東京国際映画祭での小池百合子・東京都知事(写真:2019 TIFF/アフロ)