2019年12月、米国CDO of the Year 2018の受賞者であるFred Santarpia氏(以下、フレッド氏)が来日した。そこで、米国随一の老舗出版社であるコンデナスト・パブリケーションズでCDOを務め、同社のDX成功を導き出したフレッド氏に変革を成功させる秘訣と、CDOが果たすべき役割などについて話を聞いた。

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数年前までは「トラディショナルの園」だったコンデナスト

 フレッドサンタルピア氏の来日は、12月3日に開催されたCDO Club Japan主催「CDO Summit Tokyo 2019 Winter」での登壇に合わせてのものだったが、「あのコンデナストのDXのキーパーソンが日本に来る」という情報は、日本の出版界や広告界でデジタル変革に携わる者の間でかなりの反響を呼んでいた。

VOGUE』『GQ』『WIRED』など、世界的トップブランド雑誌を手掛けるコンデナスト・パブリケーションズは、メディア業界人ならずとも誰もが知る有名企業であり、近年では「老舗出版社でありながらDXに成功した企業」としても知られている。そのDXの立役者が元CDOであったフレッド氏なのだが、彼が参画した7年前当時のコンデナストは決して「デジタルに明るい集団」ではなかったという。

「もともと私は、ミュージック・ビデオの領域で動画共有サービスを展開して成功したVEVO(ヴィーヴォ)に関わるビジネスに携わっていたのですが、2012年にコンデナストから声が掛かり、参画することを決めました。でも、その頃の社内にはデジタルに精通している人はおろか、興味を持っている人さえごく少数しかいませんでした。

 出版業というものがトラディショナルなカルチャーを色濃く残している点は、おそらく日米で大きくは違わないでしょう。ただし、紙に印刷するメディアにばかり依存してはいられない、という危機意識を持つリーダーもいたからこそ、私に声が掛かったのだと思います」

 入社当初のフレッド氏のミッションは、動画コンテンツの発信によって新たなビジネスの可能性を追求していくことにあった。そしてこのチャレンジが成功したことから、次なるチャレンジとしてフレッド氏の提案が採用された。同社独自のデータ活用プラットフォーム「Spire(スパイア)」の開発と提供である。

「紙、デジタル、ソーシャルといったメディアから得られるユーザーデータを広告のアプローチに活用し、デジタルマーケティングによって購買行動にマッチングさせ、コンバージョンしていくプラットフォームがSpireです。

 この開発と提供によって大きな成果を得たことが話題となり、2017年ごろから多様な業種の企業からも注目され、私自身も『米国CDO of the Year 2018』など、誇らしいアワードを受賞することにつながりました。ですからコンデナストは今や米国の出版界でも突出した『デジタルマインドを備えた集団』として認知され、尊敬されているわけですが、そこまでの道のりは本当に苦労の連続でした」

デジタルとトラディショナルの間に垣根なんて無い

 動画コンテンツ事業の成功で潮目が変わったとはいえ、もともとはトラディショナルなカルチャーの集団故に、「データドリブンのプラットフォーム創出」などという先進的なチャレンジを進める上では、各方面とのコンセンサス作りに忙殺されたのだとフレッド氏。

 だからこそ、「CDO Summit Tokyo 2019 Winter」でのスピーチでも「DXで重要なのはテクノロジーの選択ではなく、あらゆる関係者たちとコンセンサスを構築していくことだ」と強調。CDOの役割を担った人間は「デジタル技術を使った変革だからといって、短期間でうまくいくと思ったら大間違い」だという認識で挑むべきだと話していた。

「実はDXという言葉が私は好きでは無いんですよ(笑)。こういうワードを使ってしまうことで、何か特殊なことをするかのような印象を多くの人に与えてしまうからです。そもそも人間を相手にビジネスをする以上、デジタルとトラディショナルとの間に垣根なんて存在しないわけです。

 コンシューマーにとって大切なのは『面白いかどうか』『買いたいと思うかどうか』。その願望を満たすため、行動を追いかけ、見つめていく道具としてたまたまデジタルを使うだけのことなんだ、という理解を焦らず時間を掛けて一人ひとりに伝達して、前向きな空気を社内に作っていきました」

 今回初めて日本に来たため「日本のビジネス領域の実態を詳しく知っているわけでは無いけれども」と前置きした上で、フレッド氏は言う。「米国のリーダーもおそらく日本のリーダーと変わらない苦労をしているんです」と。

「米国の実業界は先進性に対する感度も高いし、ロジカルに物事を捉えるカルチャーだから、DXの成功を託されたCDOは日本のCDOと違って、スムーズに事を進められるはず」などとうらやんでいるとしたら大間違い。CDOに限らず、あらゆるリーダーたちはトラディショナルな価値観とディスラプティブ(破壊的)な価値観のはざまに立って、常にコンセンサスを求めて東奔西走するものなのだという。

「“昔(トラディショナル)のやり方が最良なんだ”という思考にしがみ付くことなく、かといって“新しいもの(デジタル)だけ追い掛けていれば良い”と押し付けることもなく、双方の利点を理解し、グッドバランスを見極めながら、エンドユーザーにとってのバリューにこだわって議論していく。

 ゼロサムゲームでは無いのですから、こういう覚悟を持って粘り強く組織を動かしていくしかありません。私は米国で何年も掛けてようやくみんなと分かり合えるようになりました。日本のリーダーの皆さんにも、時間が掛かることは覚悟した上で頑張って欲しいと思います」

「やる」と決めたことは最後まで「やりきる」

「頑張る」ための秘訣を聞くと、「やる」と決めたら最後まで「やり切る」ことという何ともトラディショナルなキーワードが返ってきたため、取材の場は笑いに包まれたが、フレッド氏は「だからこそDXというフレーズに惑わされてほしくない。地道に関係者との信頼関係を作ることに注力してほしい」と真顔で言葉を重ねた。

 Spireが稼働を開始する頃には50人規模のエンジニアやデータサイエンティストが集うプロジェクトになっていたとのことだが、こうしたデジタル系人材さえ集まればうまくいくというわけでは無い。従来からのコンシューマーを誰よりも知るコンデナストのメンバーたちが、データ活用というアプローチを正しく、なおかつ前向きに理解していったからこそ、このプロジェクトは成功できたのだとフレッド氏。

「私は昨年コンデナストを去りましたが、アワードを受賞したこともあり、さまざまなところから話を聞かせてほしいというオファーをいただいています。DXを成功させようという方たちにとって、私の経験が役に立つのであれば喜んで伝えていきたいと思っていますし、私自身、非常にタフだったけれども実りの多い経験をしましたから、それを生かして次なるキャリアを追い求めていこうと考えています」

 次はCEOないしCOOの立場でビジネスに携わりたいと語るフレッド氏だが、どうやら良いオファーは少なからず届いているようだ。「DXを特別視するな。CDOに求められているのはもっと広い意味でのリーダーシップ」というフレッド氏のような存在が増え、CEOへとキャリアを進展させるケースはおそらく今後どんどん増えていくだろう。

「優秀な経営者になりたいならばCDOを経験しておくべきだ」という成功哲学が、遠くない将来の常識になるかもしれない。
 

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