シリア内戦イラン核問題など混迷する中東情勢、あるいは中距離ミサイル開発問題などで深刻に対立するアメリカとロシア。ところが、なぜか米軍内に"親露派"が急激に増えているとの調査結果が発表され、衝撃が広がっている。

世界最強の米軍にいったい何が起きているのか? 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが解説する。

■米軍世帯の46%が「ロシアは味方」と回答

東西冷戦期から国際情勢をウオッチしている人には信じられないような話ですが、米軍内に"親ロシア派"が急増しているとの調査結果を米国営メディア『ボイス・オブ・アメリカ』が報じました。

レーガン財団が昨年10月に発表した国防に関する年次調査によると、米軍世帯(軍人のいる家庭)の実に46%がロシアを"味方"と見なしており、ペンタゴン(米国防総省)は親露感情の高まりに危機感を覚えているとのこと。

やや乱暴ですが、日本に置き換えてみれば自衛隊員の半分が北朝鮮や中国にシンパシーを覚えているような状態に近いわけですから、この調査結果は衝撃的です。

ただ、この傾向は軍だけのものではありません。同じ調査では、米国民全体でも、ロシアを味方だと思う人が前年の19%から28%へと急増しているのです。

言うまでもなく、親露派急増の背景にはロシアによるネット掲示板やSNSを主舞台としたプロパガンダ作戦があります。その特徴は、心理戦の対象が一般人(軍の末端兵含む)であること、そして「低資本・高戦略」であることです。ロシア経済が苦境にあるのは周知のとおりですが、SNSという"ブースト"を利用することで欧米諸国の世論をかき乱し続けているのです。

その実例のひとつが、トランプ大統領が当選した2016年の米大統領選挙にロシアが介入したとの疑惑でしょう。

選挙戦当時、トランプの敵陣営である民主党有力者らのEメールが機密暴露サイト『ウィキリークス』で次々と公開され、スキャンダル化しました。主宰者のジュリアン・アサンジは一時、陰に陽にロシアの庇護(ひご)を受けており、一連の工作にロシアが深く関与した疑いは濃厚です(その後アサンジは用済みと見なされたようで、今年4月に英警察により逮捕されましたが)。

こうしたハードなハッキングのみならず、ソフトパワーも大いに使われました。ロシア政府系通信社「スプートニク」のような"一般メディアを装ったプロパガンダ機関"から、露骨に白人至上主義や陰謀論を唱える極右系サイトまで、ロシアはトランプ陣営に有利になるような記事をばらまく工作を仕掛けた。

それを一般市民だけでなく米右派放送局『フォックス』のような巨大メディアまでもが拾い上げ、拡散したことで、さまざまなレベルの陰謀論や白人至上主義的な言説が社会に浸透していったのです。この傾向は今も変わっていないどころか、むしろ加速しているといっていいでしょう。

■米軍兵に広がる反エスタブリッシュ思想

ただし、それにしても「米軍世帯の46%が親露派」という数字は、一般の米国民と比べても異様です。その理由はひとつではないでしょうが、いくつかの補助線を引いて考えてみましょう。

まず、米軍内には以前からネオナチ(反ユダヤ)、ミリシア(米政府を"影の敵"と見なす民兵組織)といった白人至上主義の流れをくむ陰謀思想に共鳴する者が一定数いたと思われます。

それでもかつてはそれぞれが「点」でしかなかったものが、SNSの登場で"布教"や"勧誘"が容易になり、トランプ旋風という強烈な追い風もあってますます広がっているのが現状ではないかと推察します。

軍人の世界はそもそも特殊な閉鎖社会である上、戦地での負傷により後遺症が残ったり、PTSD心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患を抱えたりと、一般市民以上に疲弊し、また自分の状況について政府に不満を持っていることも多いでしょうから、よりロシアの心理戦が染み込みやすいといえるかもしれません。

そんななか、昨年12月9日には米軍を揺るがす事件が発覚しました。2001年9月11日米同時多発テロを受けて開始されたアフガニスタン軍事作戦において、米軍幹部や米政府高官らは作戦が失敗していることを認識していながら、まるで成果を上げているかのような"隠蔽(いんぺい)工作"を長年続けていたことがすっぱ抜かれたのです。

この戦争ではこれまで2400人以上の米兵が死亡し、さらに多くの退役軍人がPTSDを抱え、自殺者も数多くいます。今回の隠蔽工作の発覚で、戦いに疲れた軍人やその家族がエスタブリッシュメントへの不信感を募らせることは確実です。それが回り回って、ロシアが仕掛ける陰謀論へのさらなる共感へとつながっていく可能性は否定できません。

そして皮肉なことに、トランプ大統領自身の政治スタイルはますます"旧ソ連スタイル"まっしぐらです。ロシア疑惑にしてもまともに反論するのではなく、「そっちこそどうなんだ?(What about...?)」と、白黒反転させて相手に返す。これは旧ソ連のお家芸"Whataboutism"そのものです。

リベラルメディアは「あんなものを信じてはいけない」と必死で訴えますが、トランプ支持者は馬耳東風で、まったく聞く耳を持ちません。今後、ますます陰謀論者、白人至上主義者の声がネットを中心に大きくなるでしょう。

以前ならこうした極端な意見の広がりは米社会の「コンセンサス」により押し潰されていましたが、社会が分断された現代では、こうした動きが小さなところから伝染病のように拡大していくのです。

このままいけば、今秋に結果が出る大統領選もトランプを中心に回ることは確実。2020年代も世界は混迷を深めそうです。

モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

2020年「トランプ再選」への不気味すぎる前兆とは――? モーリー氏が解説する