舞台「鬼滅の刃」がいよいよ開幕のときを迎えた。吾峠呼世晴の織りなす残酷ながらも読者の心をとらえて離さない王道少年漫画の世界を、脚本・演出に末満健一、音楽に和田俊輔という最高の布陣で舞台に完全移植。キャスト・スタッフが渾身の力で挑んだ絶望と希望の物語を、初日に先駆け行われたゲネプロをもとにレポートする。

取材・文 / 横川良明

◆どんなときも決してくじけるな、炭治郎
頑張れ、頑張れ、炭治郎

そうやって自分を必死に鼓舞する姿に、こちらの拳までぐっと力が入る。竈門炭治郎 役の小林亮太は冒頭からクライマックスのこの瞬間まで全編ほぼ出ずっぱりだ。アクションも多ければ、自分を極限状態に追いつめなければ演じられないシーンも多い。噴き出す汗が、荒い息遣いが、身も心も限界に近いことを教えている。

それでも彼は立ち上がる。転げ回りながら、がむしゃらに刀を振るう。そんな炭治郎の力になりたくて、観客も一緒になって「頑張れ、頑張れ、炭治郎」と唱える。まるで劇場全体がひとつになって、手と手を合わせているみたいだ。その一体感が磁場をつくり、舞台上に強烈な飛沫を巻き上げる。

それが、舞台「鬼滅の刃」。その会心のクライマックスの光景だった。

◆歌とアクションで築き上げた舞台「鬼滅の刃」の世界
累計発行部数は2,500万部(2019年12月4日時点)。今や社会現象級の人気を誇るメガヒット漫画『鬼滅の刃』がついに舞台となった。この1年で少年漫画界のトップへと駆け上がったビッグタイトルの舞台版。その世界初演に多くの人が胸を躍らせた。

はたして竈門炭治郎ら鬼殺隊と人喰い鬼の壮絶なバトルをどうやって舞台に立ち上げるか。板の上で示されたその答えは、実に2.5次元舞台らしいものだった。

ストーリーに関しては原作を忠実に踏襲し、約2時間40分(休憩15分含む)に凝縮。限られた尺の中で、原作ファンの期待に応えつつ、原作未読の観客も取りこぼさない、絶妙なバランス感覚だったと思う。膨大な情報量を圧縮しながらも、その持ち味は決して損なわれてはいない。息もつかせぬスピード感と舞台だから味わえる熱量で観客を圧倒した。

本作の魅力を語るうえで第一のポイントとなるのは、和田俊輔の紡ぐオリジナル楽曲の数々。作品の世界観を解説するための説明台詞や、登場人物の心情を語るモノローグなどを歌で表すことにより、ドラマ性が増幅。歌声からみなぎる気迫が物語のボルテージを引き上げた。また、音楽自体も箏をポイントで用い、どこか古い童歌を思い起こさせるような音階で、鬼が跋扈する民話的な世界観に説得力をもたらした。

第二のポイントは、デジタル×アナログを掛け合わせた演出手法。本作には、呼吸法や血気術など様々な技が登場する。CGもワイヤーアクションもない舞台でこれらを表現するのは困難であることが予想されたが、映像に加え、演劇の古典的な手法である黒子を多用するなど、多彩なアイデアを駆使。特に黒子に関しては「和風剣戟奇譚」と銘打つ本作の世界観にうまくマッチし、歌舞伎や文楽的な趣も。響凱の繰り出す部屋を回転させる血気術などは舞台では不可能に思えたが、ちょっとした遊び心(これは観てのお楽しみ!)と、小林亮太の体当たりの奮闘で、それを可能なものにした。

禰豆子が、善逸が、伊之助が、舞台狭しと勇往邁進!
そして第三のポイントは、キャスト陣の熱演だ。禰豆子 役の高石あかりは台詞こそ少ないものの、禰豆子のチャームポイントのひとつである蹴り技を、切れ味鋭いキックで完全再現。その強さと対照的に、普段のてくてくとした歩き方は禰豆子そのもので、原作ファンを“禰豆子かわいい”と悶えさせた。
※「高石あかり」の「高」は、はしごだかが正式表記

嘴平伊之助 役の佐藤祐吾は鍛え上げた肉体こそが最強の衣裳。美しく盛り上がったシックスパックに加え、「猪突猛進!」と唸るように叫びながら突進するさまは、伊之助らしさが全開だった。

鬼舞辻無惨 役の佐々木喜英は、こうした美しくも禍々しきボスキャラはもはや完全にお家芸の領域。歌声にも貫禄がある。冨岡義勇 役の本田礼生は「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」もさることながら、そのあとのあのフレーズが忘れられないインパクト。ここで、舞台「鬼滅の刃」の世界に持っていかれた観客も多かったのでは。
※「鬼舞辻無惨」の「辻」は、一点しんにょうが正式表記

珠世 役の舞羽美海の色っぽくも楚々とした声色と立ち居振る舞いは、愈史郎ならずとも「珠世さん!」と拝みたくなるほどありがたい。ちなみにそんな愈史郎を演じていたのは、佐藤永典。こちらもことあるごとに炭治郎を虐げたり、珠世に軽蔑された瞬間、「冗談です!」と即答するところは愈史郎そのもので、観客の笑いを誘っていた。

原作ファンとして嬉しかったのが、手鬼や朱紗丸、矢琶羽、さらに響凱ら炭治郎たちの前に立ちはだかる鬼たちの完璧なビジュアルだ。開幕前までビジュアルが明かされていたのはメインキャストのみだったので、興奮もひとしお。特に手鬼は人間の身の丈の3倍もありそうな大迫力。朱紗丸 役を演じた西分綾香は、アニメでCVを務めた小松未可子に声や喋り方までそっくりで、2.5次元舞台ならではの感動を生んだ。

余談だが、手鬼に扮した竹村晋太朗と、朱紗丸 役の西分は関西小劇場界で絶大な人気を誇る劇団壱劇屋の劇団員。同じく関西小劇場界にルーツを持つ末満との相性は良く、今後も2.5次元界で壱撃屋の活躍を目にする機会は多そう。今や梅棒が欠くことのできない存在になっているように、この壱撃屋も2.5次元ウォッチャーは覚えておいて良い名前だ。

が、何と言っても大車輪の活躍だったのは我妻善逸 役の植田圭輔だろう。アニメでCVを務めた下野 紘を彷彿とさせる台詞回しに、度肝を抜かされたファンも多いはず。「汚い高音」と称される善逸の怯えうろたえる台詞の数々を完全に手中におさめていた。また、声色だけでなく動きも善逸らしくて、愛すべきヘタレキャラの魅力が炸裂。植田の善逸が登場してから一気に舞台全体の馬力が上がったようにさえ感じられた。

しかも、単なる三枚目キャラに終始することなく、強くてカッコいい善逸も、臆病だけど優しくて人間味のある善逸も的確に演じ上げられるのが、植田圭輔のすごいところ。常々「2.5次元を認めてもらえる芝居がしたい」と公言している植田だが、これだけテンションを上げながらも決して台詞は聞き苦しいところがなく、緩急のコントロールも鮮やか。長年の舞台経験で培った技術が、それらの下支えになっていることは火を見るより明らかだ。善逸といえば原作屈指の人気キャラクター。そのプレッシャーに潰されることなく、持ち前の力量で舞台でも見事に善逸を輝かせた。

◆大役に挑んだ小林亮太が放つ無垢なる輝き
そして最後に、大役を堂々務め上げた小林亮太について。

なぜ主人公は戦うのか。古今東西、いろんな活劇があるけれど、この戦う目的がシンプルでストレートな作品ほど、多くの人を巻き込む力がある。『鬼滅の刃』がこれだけ多くの人に愛されるのも、主人公・竈門炭治郎が刀を振るうその理由が、人の心を揺さぶるものだから。

殺された家族の仇を討つため。唯一の生き残りであり、鬼へと化した妹・禰豆子を人間に戻すため。ごく普通の少年だった炭治郎は己を鍛え、過酷な戦いへと身を投じる。

炭治郎の行動原理には、いつも禰豆子がある。その兄妹の絆が、小林の演じる炭治郎からしっかりと感じられたことが何よりも胸を打った。誰よりもピュアで、優しくて、まっすぐな炭治郎。この純粋なキャラクターを、決してあざとさを感じさせないように成立させるには、演じる本人が炭治郎に負けないぐらい無垢でなければ難しい。屈託がなく、お芝居に対してひたむきで、心の美しい小林亮太だからこそ演じられた炭治郎だ。

冒頭で紹介したクライマックスの決闘はもちろん、「ちょっと申し訳ないけど手の目玉気持ち悪いな!! 申し訳ないけど!!」「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった」など緊迫したシーンにぽろりと飛び出す炭治郎名台詞も健在! 上演を心待ちにしている観客の期待に応える炭治郎が舞台上で生きていたことを、ここに証言しておきたい。

原作は、ここからがさらに面白くなるところ。舞台で観たい名シーンが数多く控えている。ぜひ次回作へとつなげて、2.5次元舞台の歴史に新たな伝説をつくって欲しい。

舞台鬼滅の刃」は東京公演が1月26日(日)まで天王洲 銀河劇場にて上演。さらに兵庫公演 が1月31日(金)から2月2日(日)までAiiA 2.5 Theater Kobeにて行われる。

(c)吾峠呼世晴集英社
(c)舞台「鬼滅の刃」製作委員会2020

小林亮太演じる炭治郎に胸熱!! 期待を上回る傑作がここに誕生──舞台「鬼滅の刃」開幕は、【es】エンタメステーションへ。
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掲載:M-ON! Press